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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第8話:貪欲の代償「M」
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17:歪んだ死導(1)

 森山が幻核(コア)のボタンを押せば、どこからともなく紫色の霧が立ち込める。

そうして瞬く間に辺り一帯を覆ってしまう――混鏡世界(テスカポリカ)が一瞬にして展開したのだ。


この紫霧は混鏡世界(テスカポリカ)特有の産物であるのだが、名護をはじめとしてJP’s(ジプス)が掴んでいる情報はただのソレだけである。

無論、情報検索(レファレンス)は既に実施済みではあるのだが、ものの見事に検索項目にヒットしなかった。


十分な調査を事前に行えない状態での混鏡世界(テスカポリカ)突入は、一種の人体実験ともとれる。

それでも幾度となく混鏡世界(テスカポリカ)には入り浸っているし、少なくとも今のトコロは人体に影響は無い。


単に『自覚が無いだけ』ならばそれこそゾッとする話ではあるけれど、きっと毒ガスの類では無いのだろう。

冬真の勘がそう告げていた。


霧の影響は特筆すべき点は無いが、強いて言えば視界と視距が狭まる事だろうか。

それでも(たい)した影響とは言い難いのだが。


「ぐぅ……ぐがぁあぁぁああ」


 混鏡世界(テスカポリカ)が展開してすぐ、苦痛に顔を歪める森山は頭皮へと爪を立て、大きな声で呻き始めた。


「ン? 何を……て、あっ」


 鏡世界(ヴェリタス)及び混鏡世界(テスカポリカ)に入る際の影響と言えば、もう一つある。

冬真はすっかり慣れてしまった故に忘れていた、あの脳を直接的に揺さぶられる様な感覚だ。


アリアンロッドの話によれば、あれは脳震(のうしん)現象と言うモノらしい。

なんでも、世界を移動する際に脳細胞を強制的に活性化させ、今いる世界に最適な構造へと造り替えているそうな。


その過程では猛烈な痛みと不快感が生じるらしく――更に言えば一般人に対してのその効果は稀人の何倍にもなる――眼前で悶えている教諭は床を転げまわっていた。


 ――ったく、面倒臭いなこの(じじい)。何も知らない素人が扱いやがって。


 冬真は悪態を吐きつつも、握って離さない森山の手中から幻核(コア)を取り上げようと近づく。

そうして無理矢理にでも森山から幻核を取り上げようとするのだが、彼は両手を振り回して必死に抵抗し、簡単には手放してくれそうもない。


森山は血の気の引いた面に皺をめいいっぱい刻み込ませ、歪んだ口元からは唾液がだらしなく垂れていた。

きっと、あまりの苦痛に身の振りなど構っていられないのだろう。


「一応訊いとくけど、あんたソレが何か知ってンのか?」


 徐々に落ち着きを取り戻す森山に、冬真は対等の目線で訊く。

現実世界から離れたこの世界(テスカポリカ)ならば、便利な事に一般人のみの「記憶の改竄(かいざん)」が行なわれるからである。それは「良い事」も「悪い事」も、だ。


「嗚呼、知っていル。貴様みたいなクソガキを掃除でき(ころせ)る便利な道具ダ」


 高まった鼓動を必死に抑えつけながら、森山はその場へと立ち上がる。

そうして歪んだままの口角を吊り上げ、酷く気味の悪い笑みを見せた。


 ――これではまるで、悪霊に憑りつかれた廃人みたいだな。


「って、なんだ……ありゃあ?」


 冬真がそう考えていると、森山の口元から黒い霧のようなものがチロチロと出入りしている事に気付く。

さながら蛇が獲物を品定めするかのように、舌を出しているのと同じ光景だ。


「人間の欲望は多種多様であり、全く同じ物など存在しない。大罪で唯一決まった体を持たぬ者がおる。貪欲を司る悪魔・マモンじゃ」


 冬真の隣で解説するノートは、まるでゴミムシでも見るかのような酷く冷めた視線を森山に突き立てていた。

もしかして、そのマモンとやらが嫌い、なのだろうか?


そうこうしている内に、森山の体は変異を始めた。

右手の指全てが一瞬にしてドロリと溶けると、それは数秒を掛けて再形成する。

細長く伸びては薄く・鋭利になっていくそれは、一振りの長刀となった。


間合いで言えば冬真に分はあるのだろうが、それは本の数センチの差でしかない。

故に、気の抜けない状況へとなってしまった。


「ほぅ……刀、とな。先程も言った通り、マモンは特定の身体を持ち得ぬ。その代わりにヒトの強い欲望を汲み取り、憑依した人間の身体へと反映させる事が特徴じゃな。つまり、どうやらア奴はおヌシを斬り刻みたいそうじゃな」

「ハンッ、解説どーも。でもそりゃ、ごめんだ」


 どうにもこの状況を楽しんでいる様子のノートは、クスリと笑うと自ら粒子化しては冬真の手元に収まる。


 ――にしても、自分の望み通りに作り変える事が出来る身体、ねぇ。


 冷静に状況を判断できれば、自身の弱点さえも補うことは容易なのだろう。

ただし自身の欲望に呑み込まれなければ、の話だ。

今の森山はマモンに憑りつかれ、理性を完全に吹き飛ばされている。


「ふふっ、自身の考え・願いの叶わなかった時代の人間というものは、さぞかし欲求が溜まっているンじゃろうて」

「溜まりに溜まって、その積み重なった欲求が俺に向けられている、と?」

「あぁ、そうみたいじゃな」

「とんだ役回りだな」


 ケラケラと笑う黒杖(ノート)の表情を見る事は出来ないが、内心腹を抱えているに違いない。

そもそも、そんな奴が教職に就けば、嫌でも昔と今の環境を比較してしまうに決まっている。

そんな単純な事にさえ、気が付かなかったというのだろうか?

いや、それはない。


二十年以上も同じ仕事を続けているのに、気が付かない筈が無いのだ。

だとすれば逆の発想で、自分が受けた教育・境遇を現在の生徒達に強いる事が目的だったのだとしたら、どうだろう。


憶測の域を出る結論ではないものの、辻褄は合致した。

昔も今も「生徒はこうあるべきだ」と自身の理想を押し付ける森山――貪欲の悪魔・マモンの信条と似通った部分があったからこそ、きっと彼は憑依されたのだろう。

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