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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第8話:貪欲の代償「M」
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07:黒猫の悲鳴(1)

 ◇ ◇ ◇

 そうして三人の通学路でもなく、ましてや自宅とは全く逆方向へと歩き続ける事、十数分が経っただろうか。

先導する恭平は、とある場所で足を止める。


「ここって……」


 そうして見上げる華の視線の先には、木製の看板に「天音屋」の文字が行書体で大きく彫り込まれていた。

昔ながらの木造二階建て家屋の前には、古びた自販機とアイスクリームを抱えた冷凍庫が現役で構え、昭和の風情を想起させる――創業百六十年の老舗和菓子店兼駄菓子屋である。


「おう、もちろん天音屋だ」

「でもなんでまた?」


 全く理解できないでいた華は、再び小首を傾げて恭平に問う。

すると恭平は得意気に通学鞄から、クリアファイルぱんぱんの数十枚の配布プリントを取り出して二人に見せた。


「これをな、実は担任から渡すように頼まれてさ」

「うーわー。わっぜ(ものすごく)溜まっちょンね」


 華は目が点になりながらも、恭平から手渡された資料にざっくりと目を通す。

どうやら伝達事項を纏めた学級通信や、授業中に配布された資料が殆どである。


この数量だと、軽く二週間分くらいは溜まっていそうだ。

それは裏を返せば、二週間も学校に来ていないという事になる――恭平のクラスメイトであり、JP’s(ジプス)の新メンバーでもある天音翠子が。


冬真も華も噂程度にしか耳にした事は無かったのだが、こうして実際に軒先にじっと立って見ると――……あぁ、どれだけ店の外観を見たところで、やはり想像など易々と出来ようものか。

月に一回は茶請けの買い出しに来る華にとって、ましてや毎週土曜日に一度は訪れる冬真にとって、元より無理難題なのだ。


「そもそも、今の時期に風邪って……どうよ?」


 冬真は配布プリントに張り付けてあった付箋(ふせん)を指して二人に問う。

そこには「風邪で休んでいる天音さんに届けて下さい」と、乱雑な書体で走り書きされていた。

ただの風邪で二週間も休むワケがないし、第一今は夏本番に向けて徐々に日差しが強くなる真っ只中だ。

翠子と接したくない担任教師の嘘だという事は、流石の三人もすぐに理解していた。


担任教師の言い分としては――大方、厄介な生徒の事情には首を突っ込みたくないのだろう。

ともかく、今はこの配布プリントを渡さない事には始まらないし、JP’sの古参メンバーとしては看過出来ない所である。


「まァな。それは俺も思った。とりま入ってみようぜ! ごめん下さーい!」


 恭平は先陣を切って、店舗正面玄関から中に入っていく。

冬真と華も彼の後に続いて入ると、すぐに奥からおばあさんが出て来た。


「いらっしゃいませぇ」


 物腰の柔らかい声と、御年七十一歳とは思えない程の立ち振る舞いが印象的の彼女は、ここの店主である。

名前は天音トメさん。

顔馴染みの華と冬真の姿に気付いた彼女は柔和な笑みを浮かべて小さく手を振った。


「あらあらあら……華ちゃんに(ふゆ)ちゃん! それに、えーっと……学校帰りね? いつもので()か?」


 トメさんは普段見ない恭平に視線を向けた瞬間、一瞬困った表情を浮かべる。

数瞬考えた末、恭平が自分の記憶にない人物だと理解すると、それとなく話を逸らした。

決してアルツハイマー型認知症ではない――これは、ただの年の功だ。

恭平だけ名指しされなかった理由が分かってしまったからか、華は顔を伏せてクスリと笑ってしまう。


「いや。今日は俺達、客じゃないんだよ、トメさん。翠子って|おっと(居るの)?」


 あまり顔を合わせる機会の少ない恭平にとっては、無論仕方のない事である。

トメさんの質問には冬真が答えた。


「翠子? ええ、()りますよ。ただ、あん子ぉ、今はあんまり元気が無くてねぇ。良かったら会って行かんね」


 そう言ったトメさんは一旦外に出ると、三人に向かって手招きをする。

冬真達が彼女の後を付いて行くと、店舗の裏口から家屋の中へと案内された。


裏口から家屋に入ると広い土間が広がっており、奥には二階へと続く階段。

左右には幅広い式台が設けられ、上がってすぐに障子で間仕切られていた。


入口入ってすぐの右手に、コンクリート造りの階段を見つける。

薄暗い地下階段の奥にぼやっと人影が見えた――先導していたトメさんだ。


 階段の(へり)には「みどりこ」と、小さく名前が掘られている。どうやら、ここが翠子の自室なのだろう。


こっちやっど(こっちですよ)ー?」


 下からのトメさんの声が響いた。あまり大きく声を張り上げたつもりは無いのだろうが、この狭い下り階段でコンクリート造だ――イヤでも反響するのだろう。


今度は冬真を先頭に、キツい勾配の階段をゆっくりと降りる。

照明は小型の白熱電球が一つだけという、戦時中の防空壕を彷彿させる至極質素な造りだ。

先進国である日本に住む現代人にとっては、この上なく不便と言わざるを得ない。


 そうこう考えている内にトメさんに追い付いた冬真達は、地下一階の扉もとい翠子の自室へと足を踏み入れる。


「翠子ぉ? 入っどぉ?」


 扉を押し開けて中に入ると存外広く、大凡二十畳はあるだろうか。

但し昔の様式である事に変わりはなく、いかんせん強度を得る為の柱が酷く多い。

その割に明器具と言えば、天井中央で雑にビス留めされた橙色の蛍光灯が一本のみ、ときた。

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