表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第8話:貪欲の代償「M」
157/266

03:トクベツな依頼(3)

 そうなると院内にこれ程の包囲網を敷いてまで、冬真にその事(被害者の死)を伝える必要があったのか?


 ――いや、ないな。ただの嫌がらせだ。


 思わず自身に問いただしてみては即答する冬真。

五月初旬に被害者達を救助したのは分かる。

けれど今日は、病み上がりの状態で病棟をわざわざ移動しては、礼を言われる訳でもなく凶報を聞かされたのだ。


 これを嫌がらせと呼ばずに、なんと呼べばいい?


 今回のこの強制的な招集を掛けるにあたり、理由付けとしては余りにもお粗末なものである。

少なくとも、今話した事とは別に本題――招集を掛けた真の理由――があるのならば話は別だが……。


 ――真の理由、ねぇ。


 冬真ははた(・・)と、今までの経験を思い起こす。

事件関係者達の真剣な話に於いて“変に長い前置き”がある時は、面倒事に巻き込まれる為のただのフラグでしかない。

アリアンロッドに始まり、坂本真琴に然り、名護総司に然り、だ。


 つまるところ、厄介な上司どもである。


「そか。もう話は済んだよな? ンじゃ――」


 悪い予感が頭を過ぎった冬真は腰を上げてバッグを肩に担ぐと、足早に出口へと向かいドアノブに手を伸ばす。

とにかく、変な事を口に出される前に退散しなくては!


「ちょっと待ってくれ!」


ドアを押し開ける手前、タッチの差で冬真は芥川副院長に手首を掴まれた。


「んン……(なン)ね?」

「君に頼みたい事がある」


 真剣な眼差しで冬真を見つめる芥川副院長殿。何か一つの信念を抱いている様な、はたまた大切な何かへの覚悟を決めた様な、(オトコ)の目だ。

一方の冬真は諦めきれないのか顔を(しか)め、両手で髪をわしゃわしゃと掻きむしると、大きく肩を竦める。


「へぇ、どンな?」

「娘を殺した犯人を見つけて欲しい」

「娘? 殺した?」

「君が助けてくれた被害者の中に、僕の娘もいたんだ。名前は翔子と言ってね……面識は無いだろうけど」


 会ってすぐに分かった彼の酷く疲弊しきった身体と、悲壮感ダダ洩れの表情は、きっと今言った事が原因なのだろう。

それにしても被害者である芥川翔子――聞き覚えがあるも何も、その子の家には五月の大型連休に一度だけ訪問した事がある。


 自宅に飾ってあった写真を見る限り、両親思いの活発な少女であったに違いない。

そんな娘を殺された父親の心情なんて分かったものでは無いが、今の彼の言動と他言厳禁への処置を考えると――推測される答えは大凡見当が着いた。


――……犯人を見つけて終わりなど、生温い結果で終わりではなく、きっとその先がある筈だ。


 但し「それ」は冬真の口から訊く訳にはいかない。

本人の口から直接訊かれなければならないのだ。


「ふーん? まァ、犯人は必ず見つけて、法廷に突き出す。それを報告すれば良いと?」

「報告はしなくて良い。けれど見つけたら……」


 そこで話を区切った芥川は視線を落としてしまった。

余りにも人道を逸脱した行為であるが故に、高校生に対して口にして良いものか、と再び自問自答しているに違いない。


冬真からしてみれば何をするにしても、はっきりと言って今更だと言うのに。

だとすれば心の内に仕舞っているもやもやを吐き出して、さっさと気持ちを楽にした方が良いに決まっている。


 そもそも芥川副院長自身も薄々気付いている筈だ。

犯人を見つけて法廷に突き出した所で犯行を実証する事は、現代科学の水準では到底不可能なのだ。


 鏡世界(ヴェリタス)を始めとして、幻核(コア)複合幻影プラティスなど、稀人ではない「人類(ヒト)」には永遠に未踏の技術なのだから。


 つまるところ、仮に犯人を法廷に突き出した所で、人間の法で裁ける範疇を裕に超えているのだ。だから、正当な法に依る裁きを与える事など出来はしない――故の「その答え(・・・・)」なのだろう。


「――殺して……、……欲しいッ!」


 切実な声で絞り出した言葉は、冬真の耳へと確かに届いた。

結果は分かっていた事ではあるが、やはり直に言われると遣る瀬無くなるものである。


 第一、冬真はまだ高校生なのだ。

それを大の大人が机に頭を擦り付けて“人殺し”を懇願するなど、世も末と言うべきか……。


「まァ、犯人は捕まえるさ。ケド、ウチはそういう(・・・・)集団じゃないンでね。殺しは……断る」


 柴田夏希の受け売りではあるものの、冬真はジプスの総意を芥川副院長にはっきりと告げる。

そして今度こそ冬真は、出入り口のドアノブを回して戸を押し開けた。


 診察室の外へと出ると、冬真を拘束していた医師達はいなくなっている。

てっきり逃げ出さない様に、廊下で見張っているものだと思っていた冬真は、少しばかり拍子抜けしてしまった。


「あー、そうそう。だからって、誰かにこの事を言うつもりも無いし、安心して()かよ」


 一旦は外に出た冬真であったが、診察室を再度覗き込んでは芥川副院長に声を掛ける。

依頼を断られたショックでやや放心状態ではあるものの、きっと聞こえているのだろう。


 冬真はそう勝手に結論付けて、その場を後にするのだった――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ