03:トクベツな依頼(3)
そうなると院内にこれ程の包囲網を敷いてまで、冬真にその事を伝える必要があったのか?
――いや、ないな。ただの嫌がらせだ。
思わず自身に問いただしてみては即答する冬真。
五月初旬に被害者達を救助したのは分かる。
けれど今日は、病み上がりの状態で病棟をわざわざ移動しては、礼を言われる訳でもなく凶報を聞かされたのだ。
これを嫌がらせと呼ばずに、なんと呼べばいい?
今回のこの強制的な招集を掛けるにあたり、理由付けとしては余りにもお粗末なものである。
少なくとも、今話した事とは別に本題――招集を掛けた真の理由――があるのならば話は別だが……。
――真の理由、ねぇ。
冬真ははたと、今までの経験を思い起こす。
事件関係者達の真剣な話に於いて“変に長い前置き”がある時は、面倒事に巻き込まれる為のただのフラグでしかない。
アリアンロッドに始まり、坂本真琴に然り、名護総司に然り、だ。
つまるところ、厄介な上司どもである。
「そか。もう話は済んだよな? ンじゃ――」
悪い予感が頭を過ぎった冬真は腰を上げてバッグを肩に担ぐと、足早に出口へと向かいドアノブに手を伸ばす。
とにかく、変な事を口に出される前に退散しなくては!
「ちょっと待ってくれ!」
ドアを押し開ける手前、タッチの差で冬真は芥川副院長に手首を掴まれた。
「んン……何ね?」
「君に頼みたい事がある」
真剣な眼差しで冬真を見つめる芥川副院長殿。何か一つの信念を抱いている様な、はたまた大切な何かへの覚悟を決めた様な、漢の目だ。
一方の冬真は諦めきれないのか顔を顰め、両手で髪をわしゃわしゃと掻きむしると、大きく肩を竦める。
「へぇ、どンな?」
「娘を殺した犯人を見つけて欲しい」
「娘? 殺した?」
「君が助けてくれた被害者の中に、僕の娘もいたんだ。名前は翔子と言ってね……面識は無いだろうけど」
会ってすぐに分かった彼の酷く疲弊しきった身体と、悲壮感ダダ洩れの表情は、きっと今言った事が原因なのだろう。
それにしても被害者である芥川翔子――聞き覚えがあるも何も、その子の家には五月の大型連休に一度だけ訪問した事がある。
自宅に飾ってあった写真を見る限り、両親思いの活発な少女であったに違いない。
そんな娘を殺された父親の心情なんて分かったものでは無いが、今の彼の言動と他言厳禁への処置を考えると――推測される答えは大凡見当が着いた。
――……犯人を見つけて終わりなど、生温い結果で終わりではなく、きっとその先がある筈だ。
但し「それ」は冬真の口から訊く訳にはいかない。
本人の口から直接訊かれなければならないのだ。
「ふーん? まァ、犯人は必ず見つけて、法廷に突き出す。それを報告すれば良いと?」
「報告はしなくて良い。けれど見つけたら……」
そこで話を区切った芥川は視線を落としてしまった。
余りにも人道を逸脱した行為であるが故に、高校生に対して口にして良いものか、と再び自問自答しているに違いない。
冬真からしてみれば何をするにしても、はっきりと言って今更だと言うのに。
だとすれば心の内に仕舞っているもやもやを吐き出して、さっさと気持ちを楽にした方が良いに決まっている。
そもそも芥川副院長自身も薄々気付いている筈だ。
犯人を見つけて法廷に突き出した所で犯行を実証する事は、現代科学の水準では到底不可能なのだ。
鏡世界を始めとして、幻核や複合幻影など、稀人ではない「人類」には永遠に未踏の技術なのだから。
つまるところ、仮に犯人を法廷に突き出した所で、人間の法で裁ける範疇を裕に超えているのだ。だから、正当な法に依る裁きを与える事など出来はしない――故の「その答え」なのだろう。
「――殺して……、……欲しいッ!」
切実な声で絞り出した言葉は、冬真の耳へと確かに届いた。
結果は分かっていた事ではあるが、やはり直に言われると遣る瀬無くなるものである。
第一、冬真はまだ高校生なのだ。
それを大の大人が机に頭を擦り付けて“人殺し”を懇願するなど、世も末と言うべきか……。
「まァ、犯人は捕まえるさ。ケド、ウチはそういう集団じゃないンでね。殺しは……断る」
柴田夏希の受け売りではあるものの、冬真はジプスの総意を芥川副院長にはっきりと告げる。
そして今度こそ冬真は、出入り口のドアノブを回して戸を押し開けた。
診察室の外へと出ると、冬真を拘束していた医師達はいなくなっている。
てっきり逃げ出さない様に、廊下で見張っているものだと思っていた冬真は、少しばかり拍子抜けしてしまった。
「あー、そうそう。だからって、誰かにこの事を言うつもりも無いし、安心して良かよ」
一旦は外に出た冬真であったが、診察室を再度覗き込んでは芥川副院長に声を掛ける。
依頼を断られたショックでやや放心状態ではあるものの、きっと聞こえているのだろう。
冬真はそう勝手に結論付けて、その場を後にするのだった――。