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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第7話:闇夜と制裁「N」
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45:闇夜の制裁「N」

 覚悟を決めた冬真は幻装・夜刃穏杖を纏ったままに、一気に黒杖を振り下ろす!


「――ふッ!」


 全身に力を篭めつつも(りき)まず、全力で降り抜かれた黒杖は、複合幻影の媒体全てを一太刀にて断ち斬った。


「ァガァアァアッ! ……――」


 複合幻影(プラティス)は短い叫び声を上げ、その後はピクリとも動かなくなる。


 ――これで本当に、被害者達は助かるんだろうか? 


 多くの疑問を抱いたままに、冬真が眼下に転がっている肉塊をじっと見据えていると、例により小さくなっていく。

ようやく複合幻影(プラティス)の呪縛から、全ての幻影(ファントム)達が完全に解き放たれたのだ。

幻影(ファントム)達が元の姿に戻るのであれば、きっと星ヶ峯壇の理論通りに被害者達も生き返る事が出来るに違いない。


 ――今はただ「救えた命がある」と、それだけを喜べば良いのだ。


 冬真は緊張の糸がぷつんと切れた様に、安堵の息を零してその場に座り込む。


「おーいッ!」


 遠くからは星ヶ峯壇の声。

冬真が視線を向ければ、やけに遠い場所から手を振りながら走って来るのが分かる。

被害に遭った幻影(ファントム)達を保護しに来たのだろう。


先程見た天使・エンジェルは(てのひら)サイズだから良いものの、隣の異様な植物――妖樹(ようじゅ)・ザックーム――は見るからに大きい。


朱い人頭を象った果実を多数に生やし、根に当たる部分は人の足を模している。

走って来るのは構わないが、ぐったりと力なく横たわっている三メートルを超える巨体を、壇はどうやって運ぶのだろうか。


その上、大きい躯体を持つ幻影(ファントム)は他にもいる。

冬真が目を凝らして詳しく見ようとする矢先――鏡の砕ける凛とした音が、静まり返った夜空に響き渡った。


それと同時に駆け寄る壇の姿、事態を把握できていない野次馬達、横転した数えきれない程の車輌の数々――ありとあらゆるモノが一瞬にして消失する。

多重混鏡世界(テスカトリポカ)からようやく解放され、鏡世界(ヴェリタス)へと戻って来たのだ。


消失した全てのモノは、現実世界(ヴァニティ)から混鏡世界(テスカポリカ)若しくは多重混鏡世界(テスカトリポカ)に進入したのだろう。

暑苦しい黒のコートのフードを外した冬真は、黒杖を自身の傍らにそっと置いた。

すると黒杖は粒子となって再び女性型の幻影(ファントム)・ノートの姿を形成する。


そんな彼女の事は見向きもせずに、上体を倒して冬真は横になった。


「……、……」


 事態を収束に導いた達成感や充実感は元より、無事に任務を遂行出来た安心感は一切として感じられず、代わりに重く圧し掛かってくるのは多大なる「疲労感」だけ――。

疲れた、という一言を呟く事でさえ億劫に感じてしまう程だ。

ノートはその場に腰を降ろして横座りで休み、冬真の側頭部を両手でそっと抱えると、愛おしそうに自らの太腿(ふともも)に乗せた。


「まずは「済まぬ」と、言っておこうかの」


 声調を落としたノートがおずおずと言う。

二人の隣にいたアリアンロッドはノートの隣にちょこんと座り込み、彼女に同調するように浅く頷いた。


「あン? なに言って……?」


 幻影(ファントム)二人の行為に疑問を抱いた冬真は、二人が謝った意図を聞こうとするが、突然に――視界がぐにゃりと歪み――強烈な睡魔に襲われる。


「っっっ!?!?」


 気を抜けば一瞬にして意識を根こそぎ刈られてしまうような凶悪性のある睡魔は、一切の躊躇も慈悲も無かった。

普段から昼寝の好きな冬真にとっては「寝られる事」こそが(むし)ろ褒美のようではあるものの、今は寝るべき時ではない。


その寝られる幸福と寝てはいけない現実の葛藤の中、冬真はあっけなくも意識を半分ほど手放してしまった。

本能に従順な冬真が、快楽を前にして抗える筈も無い。


「まさにソレじゃ。今、ヌシは猛烈に眠いじゃろ?」


 ノートは表情を曇らせて、反応の薄い冬真の返答も待たずに続きを語る。


「ヌシが眠くなるのは、器である肉体に幻影(ファントム)が二体も存在するからじゃ。本来であるならば一つの器に幻影(ファントム)は一体であり、特A潜在であったとしても条件は変わらん。しかし運悪く、ソレは起こってしまったんじゃ」

「ソレ?」


 朦朧(もうろう)とする意識の中、冬真は必死で彼女の話に耳を傾ける。

ノートは口にする事を躊躇ったのか、冬真から一旦視線を外した。

けれど、このまま秘密にしておいても何の解決にもならない。

一拍置いた彼女は再び口を開く。


「転生事故じゃ。極稀に、転生の際に幻影(ファントム)が消滅や暴走、拒絶や乖離(かいり)等の不具合を起こす。それらを総称して俗に「転生事故」または「事故死」と呼ぶ。事故死と呼ぶのは、殆どの不具合において人間と幻影(ファントム)の両方が死に至るからじゃ。不幸中の幸いで、おヌシの場合は乖離ではなく「分離」じゃった。


転生は本来、前ランクに今回のランクが上書きされる事を指すのじゃが、この分離は上書きされずに前ランクが残ってしまう現象。結果として、二つの幻影(ファントム)が混在してしまう。無論分離は、人間と幻影(ファントム)のどちらも死ぬ事は無いが……厄介な問題が一つだけ、一生付いて回る事になる」


 重要なポイントだとでも言いた気に、ノートは冬真の目の前で人差し指を立てた。

けれど冬真の視界に移るその指は、徐々に霞んでいくばかり。

彼の目はもう殆ど開いてはいなかったからだ。


 冬真の脳は睡魔と戦いながらギリギリで活動を続けている為に、彼女の言っている事は理解しているつもりである。

ただ今は、話を理解していると言う事を、反応として示せる程の余裕は無かった。

猛烈な睡魔の所為(せい)である前に、先の戦闘による疲弊がここに来てじわりと滲んできた事もあり、身体が思う様に動かないのだ。


 こうなってしまっては自力で起き上がる事も叶わない。

全ての感覚・神経が遠退いていく中、冬真は聴覚だけに意識を集中させた。


「厄介……?」


「そうじゃ。転生のメカニズムを考えれば分かり易い。転生はアルファベットのLから始まり、Aまでの十二回と、数多く繰り返す。ここからは数学の勉強じゃ。

仮にLの力量を1として転生の度に1ずつ増やしていくと、通常の転生では上書きされる訳じゃから、ランク最大のAになった時点で12まで上がる。

けれど「特」の転生は全ての累積じゃ。


そもそも幻影(ファントム)の種族が違うのじゃから、こんな単純な計算で表せるモノでも無いが、ランク最大の特A潜在で考えると1+2+……+11+12で78となり、常人より6倍以上も能力が高くなる」


 A級潜在の「上書」と特A潜在の「累積」について、これまでは深く考えて来なかった冬真。

しかし、よくよく冷静に考えてみればノートの言う通りである。

A級潜在と特A潜在には、これだけ能力の大きな「開き」があったのだ。


「それらを踏まえると、今回の分離は大きな意味を持つ。一瞥(いちべつ)、分離した事によって体への負担も減るようにも思えるが、実際はその真逆で二倍となるのじゃ。

人を一人担いで走るのと、二人担いで走るのでは大きく違うからの。

能力が通常の特A潜在の二倍である……と言う事は78×2=156となる。

通常のA級潜在の力を数値化した場合が12であるのに対して、冬真の場合はその13倍の能力となるワケじゃ。その代償として――過度の疲労蓄積が発生する。これが厄介な問題の正体なのじゃよ」


「過度の、疲労……。最近やたらと眠いのは、ノートが覚醒し始めていた所為か?」


「無論じゃの。じゃが、こればかりは妾にはどうする事も出来ンのじゃ。それにヌシが動けなくなった際には、(わらわ)の力で咄嗟に体の疲労や痛みを麻痺させたからの。その麻痺もそろそろ切れるころ。


今日のこの睡魔は色々な要因が重なり過ぎておるわい……って、寝ておるのか? ふふ、そうじゃの。今はゆるりと休め」


 ノートの話を聞き終える前に、冬真は意識を手放してしまう。

そんな彼を柔和に見つめる二人の幻影(ファントム)だったが、この先の行く末を案じ、その瞳には「憂いさ」を宿していた――。



第七話:闇夜の制裁「Note」 了

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