42:複合幻影VSタナトス(14)
――それでも、これは理屈じゃない。
義理と人情は貫き通す!
必ず貫いてやるさ。
「フン、素直に「助けたい」と言えば良いものを。理由付けしなければ動けないとは、主は真に面倒な生き物じゃな」
降下途中でノートからそんな皮肉を投げ掛けられたが、冬真は頑として無視を通し――漸く煉に追い付いた。
冬真は煉の襟首を鷲掴みにして、自身の足に急ブレーキを掛ける。
とてつもない速度で急降下したのだから、足には相当な加速度が負荷しているに違いない。
それでも冬真が平然と地上へと着地できたのは、偏にフリンファクシのお陰なのだろう。
冬真は「義は返したからな」と言わんばかりに、煉の襟首から手を放した。
「はっ、はっ……あンた、楽しそうじゃね―か! 仲間に入れろよ!」
すると煉は乱れた呼吸を整えながら、冬真に話を持ち掛ける。
これは別に「共同戦線を張ろう」などと甘い考えからのものでは無い。
煉の性格上、単純に楽しそうだから、だ。
そうそう性格は変わるものでは無いと理解はしているものの、遊び感覚の煉に対して冬真はげんなりとした表情を浮かべる。
これが真正の戦闘狂という者なのだろう。
「何故あの時、防御しようとした? 妾にもあれくらいの芸、ワケないぞ?」
そんな事を考えていると、声を大にしたノートが棘のある事を言う。
無論、煉に聞こえる様に言ったに違いなかった。
「あンだ、文句あんのか?」
案の定、面白い様にすかさず噛みつく煉。
一方のノートは彼の反応に対してハンと一笑し、続けて煉に断言する。
「ハッキリ言おう。主は制裁の邪魔じゃ。早急に失せろ」
「おまっ、俺を誰だと――」
「そうじゃな、勿論主の事は一切知らぬ。じゃが、未だ小言を続けるのなら……複合幻影の前に、先ずは主を叩き伏せようぞ?」
ぞくっと背筋を凍らす程の威圧が、黒杖から煉へと向けられた。
言葉一つ一つに、殺意さえ感じられる。
ったく、本当に狂っているのはどっちだよ、と冬真もツッコミを入れたくなる程だ。
煉にこれ以上の言葉は要らなかった。
身を縮こませる勢いで幻影の武器化を解いた煉は、少し遠い細い路地に身を潜める。
冬真からしてみれば、あれだけ大口を叩く奴が……大概に惨めだなと言わざるを得なかった。
「これでよい。さ、各部位の媒体を叩き斬って終わりじゃ」
既に殺意を胸の内に仕舞い込んだノートは、ケロッとした口調で難しい事を簡単に言ってくれる。
「ンな簡単に言うな」
「好機を逃していた奴が良ぉーほざく台詞じゃな。ほれ、また好機じゃ。これも逃すのかえ?」
言うが早いか、冬真を覆う大きな黒い影が一つ。
形状から察するに複合幻影の足だろう。
上を見上げれば、複合幻影が冬真を再び踏み潰さんとしていたのだ。
目前に迫る蒼白で巨大な足。
「チッ! またこれか!」
一番堅実な対処法は、今までも行なってきた「つっかえ棒作戦」だ。
銀杖と黒杖が座屈しない限り有用――。
「阿呆! 引いてどうする! 圧せ! 叩き斬れ!」
ノートの一喝に驚き、冬真は反射的に黒杖を振るった。
「く、そ!」
利き手下段から遠心力を活かしながら、頭上まで一気に振り上げる。
どういう立ち位置でも比較的出しやすい技、二十二の段・月跡だ。
黒い軌跡で半弧を描くその一撃は、さながら黒い三日月の様。
ザシュッ
――迫る巨大な足を斬り裂く!
「ギャァア……た……アァアアァアアッ!?」
その瞬間、赤黒い血を辺りにボタボタとぶちまけた。
足を両断――とまでいかなかったが、それでも薄皮一枚で繋がっているような状態だった。
今までは本の数センチ切りつける事が関の山であったのに、急激な良い変化だ。
とは言え、それに対して疑問が残るのもまた事実である。冬真は少しだけ小首を傾げた。
「今……なんで?」
「よう見てみ。刃渡りが伸びているじゃろう?」
ノートに言われて気付く。
手元の銀杖と黒杖が、夜刃穏杖の形状はそのままに刃渡りが四倍程になっていたのだ。
杖を取り巻く靄も色濃く、長い尾を引いている様な印象を受ける。
性能が変化した、とでも言うのだろうか?
「ふふっ、知識不足じゃな。夜刃穏杖の性能は、使用者である「冬真の手腕」と「夜更けの度合い」に比例するんじゃ」
「へぇ、こうなる事が分かっていて突っ込ませたってワケか」
ようやく合点がいった。
高々五十センチメートルの刃渡りで一体何が出来るのかと思っていたが、そういう事だったのか。
納得をしている冬真に、ノートは更に快弁する。
「まぁの。それと、夜刃穏杖の最も恐ろしい特徴、それは――」
ノートが話を続ける中、複合幻影が懲りずに右腕を振り下ろしていた。
また蟻の様な存在を潰しに掛かるのだろうが……攻撃が効くと判れば、後は攻め有るのみだ。
何度も見た複合幻影の攻撃モーションは、既に身体と感覚の両方に刻み込まれている。
故に反撃のタイミングは完璧だ。
冬真は黒杖と銀杖を、逆手側下段で二本を沿えるように素早く構え直す。
二刀流でもなく、ましてや両利きでもない冬真の初の試みだ。
今までの様に突くのではなく……奴の戦意ごと、叩き斬る!