05:都市伝説(5)
このノートを書いた人物「坂本真琴」が何故こんな体験をしているのか、と言う事だ。
例え従姉弟であっても、冬真は彼女からこんな話は聞いた事もない。
ただ単に話さなかっただけなのかは分からないが、とにかく本人に訊くのが一番適切だろうと考えた。
「便所行ってくる」
そう考えた冬真は、二人にそう言い残して席を立つ。
勿論、本気で便所に行く筈もない。
「だ、大?」
華が恥じらい気味に冬真にそう訊くが、本気では無いからこそ冬真は「恥ずかしいのなら訊くなよ」と激しく思ってしまった。
ただ、受け答えすら億劫だった冬真はそのまま無視して、図書室のすぐ近くの男子便所に直行する。
そして誰も居ない事を確かめて個室に身を潜めた。
手早く携帯電話を取り出して、アドレス帳から「真琴姉」を見つけた冬真は通話ボタンを押す。
が、長い電子音の末に電話に出た相手はコールセンターの無人音声。
どうやらお留守番サービスに移行したみたいだ。
「やっぱ、仕事で忙しいか……ん?」
そう諦めかけた矢先、ポケットに戻した携帯電話が微震動した。
サブディスプレイの真琴の文字を見れば、掛け直してきたとすぐに解る。
「おー、久しぶりー! 元気しとった? 昨日ね、ちょうど伯父さんとあんたの噂したトコ。どう? 上手くやって行けそうね?」
「あぁ、まぁ、多分。それより訊きたい事あんだけど」
やはりこの人は苦手だ。冬真は顔を顰めながらそう思った。
他人の領域にずかずかと入って来ては、他人のペースを簡単に崩してしまうからだ。
「お、恋の悩みね? 大丈夫、お姉さんがしっかり解決して――」
「いつも言っとっけど、そいはもう良か。真面目な話しよっと(=しているんだ)。魔の領域って知っとる?」
「げ! あんたその情報どっから引っ張ってきた訳ぇ!? 冗談じゃない、あんた今すぐそれから手を引きなさい! じゃないと――」
冬真が鎌を掛けると、受話器の向こうの声はまんまと取り乱した。
お陰で一つはっきりとした。魔の領域は実在するって事が。
「へぇ? じゃないと……何だよ。あのノートに書かれとっとは事実だから?」
「おっと、そこまでは調査済みって訳ね。……ま、良いわ。信じない人が多かったし、あのノートも実際は万が一、信じて試そうって輩の為の保険だったから」
とうとう観念したのか、真琴は声調を落として真面目に答え始める。
一方の冬真も昔の感覚を取り戻し始めたのか、やや方言と訛りが増えた。
「まだ全部読んどらんとよ(=読んでないんだ)。てか、真琴姉から「ノートの話」を聞いた事無いとやけど?」
「そりゃそうよ。教えとらんもん。ま、その話は追々するとして――話は戻るけど、夜の学校に行っちゃ絶対ダメだかんね? おーけー?」
「……、おーけー」
気圧され気味の冬真は、為されるがままに返答した。
流石とも言うべき、姉の発言力と言う名の圧力である。
斜に構える冬真でさえ、例え電話越しだとしても実際に腰が引けていた。
「よろしい! じゃ、またね」
冬真の返答に満足したのか、真琴は一方的に通話を切る。
「やっと終わったか」
冬真は倦怠感を顔面に貼り付け、その場にへたり込んでしまった。
確かに冬真から掛けた電話であったが、訊きたい事を訊くだけでこれほど疲れるのかと思わずため息が零れる。
ただ、いつまでも便所に篭っていると華と恭平が囃し立てない訳が無い。
下ネタで騒げるのは若者の特権だろうが、節度は守って欲しいと願う冬真だった。
「……戻るか」
ゆっくりと立ち上がって便所を出る。
図書室に戻ると華達はノートの続きを読んでいた。
恭平はさっきより幾分マシな面構えになっていたが、華は何故か泣いている。
「どした? 何が書いてあった?」
「その後の事。妹さんの葬式も無くて、悼んでくれる人も居なくてさ……悲し過ぎだよこん物語」
何か重要な事が書いてあると期待したのだが、考えが外れて冬真は肩を竦めた。
出鼻を挫かれた感があるが、気を取り直してずっと前から考えていた事を口にする。
「……んじゃ今夜行くか」
冬真が二人の顔を見てそう言うと、頭の上に疑問符を沢山つけて「どこに?」と訊き返してきた。
そもそもこの集まりは何を意図している?
そう考えればすぐに理解できるだろう。
冬真はさも当然事に言う。
「決まってんだろ、魔の領域だ」
「え!? 冬真、この文章ちゃんと見んかったと? この世から居なくなっちゃうかもなんだよ?」
「そだそだ! 俺は行かねぇぞ!」
冬真が焚き付けたにも拘らず、どうやら二人は行く気が無いらしい。
「宿神探索隊を立ち上げたのはてめぇらだろ?」と言う負の感情を込めて冬真が睨むと、渋々ながら二人は首を縦に振った。
否、振らせるに至った。
こうして三人は夜の学校に忍び込む事になるのだった――。