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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第7話:闇夜と制裁「N」
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38:複合幻影VSタナトス(10)

 静寂に包まれる闇夜の中に、不気味な笑い声がイヤに響き渡った。


「――なんと低俗な笑い」


 振り下ろした複合幻影(プラティス)の拳の傍で、静かに佇む女性がぽつりと零す。


 一体、いつからそこへ居たのだろう……?

何かのパーティの帰りだろうか、と疑問視したくなる程のエンパイアラインのドレスは洗練されている。

黒を基調としたシンプルなそれは驚くほどに装飾が少なく、唯一の光物と言えば両耳のピアスくらいだ。ヘッド部分が銀色に光る三日月を(かたど)っている。

(はた)から彼女の容姿を見れば、人はこれを「場違い」と呼ぶのだろうが――彼女は一般人のそれとは一線を画していた。


 彼女はか細く白い腕を胸元で組みながら、複合幻影(プラティス)に対して「疎ましい」と言わんばかりの眼光を放っていたからだ。

得体も知れず、規格外の巨大な躯体を持つ怪物に対して、一般人ならばこう(・・)は出来ないだろう。


「もう()いぞ、フリン」


 艶のある長い黒髪を夜風に揺らしながら、彼女は再び口を開く。

すると女性の合図が聞こえるや否や、一瞬にして複合幻影(プラティス)の拳が弾き飛ばされた。


「グがぁアあッ!?」


 突然の出来事に複合幻影(プラティス)も焦りの声を上げ、吹き飛ばされた自身の拳を一点に見つめる。

けれども外傷は無く、返り血一つ付いてはいない綺麗な拳だった。

それもその筈。これは攻撃では無く、彼女の牽制行為だったのだから。


「まったく、漢の癖にこれほどまでに足腰が弱いとは。仕様が無いの」


 黒髪の女性が不服そうにぼやくと、先程の黒い霧が女性の元へと集まり出す。

そうして徐々に形成する黒い霧は、競走馬を彷彿させるシルエットをゆらゆらと映し出した。


 先程、女性の言い放った「フリン」とは、この黒い霧の馬の事だったのだろうか。

女性はまだ何かを言いたそうな表情を浮かべながら、ボロボロな姿の冬真の表情をじっと覗いている。


「立つ事が出来ぬのなら、立たせてやろうて。その代り、これは一種の麻酔じゃ。効力が切れた先は阿鼻叫喚――無間地獄じゃろうが……“今”はどうでも良いがの」


 彼の前でしゃがみ込むと、片手を冬真の胸に押し当てながら女性は静かに言い放つ。


「ほれ、これで動く事は出来ようぞ?」


 言うが早いか、先程の黒い霧「フリン」とは違う(もや)の様な物質が、音も無く冬真の身体を纏わり付いていく。

すると指先がぴくりと反応を示し、ゆっくりと冬真は瞼を上げた。

どうやら意識が戻った様だ。

幾分痛みの薄れた頭を押さえながら、冬真がゆっくりと上体を起こすと五体満足の四肢が視界に入る。


 俺は確か、複合幻影(プラティス)の拳に潰された筈。それが……どうして?

数分前の状況を思い起こした冬真は、掠り傷程度の外傷に納得が出来ない反面、体の至る所がぐちゃぐちゃになっていなくて良かったと安堵の息を零した。


「ッつつ。一体、何がどうなって……」

「ようやっと目覚めたか、冬真」

「? あんた誰?」


 冬真がその場に立ち上がると、脇でしゃがみ込んでいる女性が視界に入る。

長い黒髪に薄紫色の瞳、ふっくらとした唇と色白の柔肌、露出度の高い妖艶な衣服を纏う女性――そんな美女を目前にしても尚、冬真は普段通りの対応を取った。


 数分間ショートしていた脳が漸く再起動した冬真は、隣に居る初対面の女性に問う。

対する女性はしゃがみ込んだ態勢で膝に頬杖を付き、悪戯な笑みを浮かべていた。

けれども冬真の質問を聞いた途端、彼女は不思議そうな表情を浮かべて口元に人差指を(あて)がう。


「はて、誰とな? ぬしから契約を持ち掛けたのじゃろうて。(わらわ)は|主の幻影(ファントム)。名をノートと申す」

「って事は、あんたが……」


 先程アリアンロッドと復唱したにも拘わらず、すぐに出て来なかった冬真のもう一つの幻影(ファントム)・ノート、と言う事か。


「ふふっ、御明察。但し“あんた”では無くノート、じゃ。さて、肩慣らし(ついで)に、()のデカブツを早々に潰すかの」


 その場でスッと立ち上がった自称幻影(ファントム)のノートは、良い“悪い”顔を浮かべながら複合幻影(プラティス)を指差した。

そして古き良き日本人女性の代名詞である大和撫子の様な淑やかな容姿に相反して、存外彼女は涼しい表情で少々強気な発言をする。

いや、きっと彼女には余裕があるのだろう。

だからこそ、これ程までに自信に満ちた振る舞いが出来るに違いない。


「それは(俺も)同感だ」

「ならば、為す事を為そうぞ」


 ノートはそこまで言うと爪先から頭頂部に向かい、黒い微粒子となって消えていく。

アリアンロッド同様に武器化するのだろう。

微粒子化したノートが冬真の左の掌に集まり再形成をする行為は、アリアンロッドとなんら変わりはしなかった。


 そうして完成した姿は――洗練された丈長の黒杖。

細身で断面が正八角形のソレは、マットな質感も相まって手によく馴染む。

装飾としては金色の細いラインが、黒杖の両端部に二本ずつ刻まれていた。

重量は銀杖のアリアンロッドよりも数グラム重いが、差して気にならない程度だ。


「フリン、加勢してやれ」


 彼女がそう言うと、先程の黒い霧の競走馬・フリンが大気にゆらゆらと浮遊するように現れては、形状を変化させて冬真の足元に纏わりつく。


「紹介するかの。妾の愛馬・フリンファクシじゃ。活動出来るのは夜中のみじゃが、赤兎馬の如く速く、霧の如く浮遊して“夜空を”駆ける」


 ノートが言い終える頃には、冬真の足に纏わりついたフリンファクシの姿が馬の蹄の様になっていた。

まさか、これで「夜空を駆けろ」とでも言うのだろうか?

いや、まさかな。

冬真は内心自嘲しながら、右手の銀杖と、左手の黒杖を固く握り直す。

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