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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第7話:闇夜と制裁「N」
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37:複合幻影VSタナトス(9)

 自分で言った「夜でnight」がそれ程に面白かったのだろうか。


「一々言い直すな。それに、夜には夜ってどういう――」

「冬真、復唱して下さい」


 冬真がアリアンロッドの言いたかった事を問いただそうとした矢先、急に声のトーンを落として彼女は言う。

以前にもあったが、表情筋が全く仕事をしない無感情な表情で、機械の様な無機質な声を発するさまは、さながら精神疾患患者(メンヘラ)状態の女性を彷彿とさせる。


 現在のアリアンロッドは銀杖の状態ではあるのだが、如何せん冬真の右手を伝って情景が容易に想像出来てしまった。


「ア? こんな時に復唱?」

「……、……」


 冬真が問い掛けても反応は無い。

どういった経緯かは皆目見当も付かないが、どうやら現在の彼女は必要最低限の反応しか示さない様になってしまったらしい。

つまり、彼女が反応するには冬真が肯定するしかない、と言う事だ。


「ぉおオオォォオオッ!!」


 本日何度目かの、複合幻影(プラティス)の咆哮が轟く。

流石の複合幻影(プラティス)も暫くじっとしていたからか、少量なりとも体力を回復させたのだ。


 けれど、破壊された接合部が戻る気配は無かった。

後付けの細胞なんて、大体そんなものだ。

複合幻影(プラティス)を作成した施設でなければ、接合部の完全回復など出来はしないのだろう。

もう余り時間も無いし、奴に時間を与えてはいけない――複合幻影(プラティス)を叩くなら今の内だ。

そう考えた冬真は首を縦に振り、彼女の言葉を待つ。


「分かった」

「では……――闇夜の女帝を冠する者よ。我と契りを結び、力を解き放て。汝の名は――」


 静かに言葉を紡ぐアリアンロッドに合わせ、冬真も後追いで契約の言葉を発する。


 ――いや、まて……彼女には「復唱しろ」とは言われたが――別の幻影(ファントム)契約(・・)だって?

一体、誰と?

復唱した契約の文面にもある「闇夜の女帝」と?

そもそも二体の幻影(ファントム)と契約など出来るのだろうか?


 ともいえ全く腑に落ちないが、ここまで来たのなら契約するしか道はなかった。


「ぐがぁアァあアァアアアッ!」


 最後の言葉――幻影(ファントム)の名を口にすれば契約は完了するのだが、邪魔者の複合幻影(プラティス)が咆哮を上げるだけでなく拳を天高く(かざ)していた。

きっとまた、その巨大な拳を地に叩き付けるのだろう。


 その前に、早く契約を済ませなければ――ッ!


「汝の名は――ノート」


 冬真は静かに新たな幻影(ファントム)の名を口にする……のだが、特別目立った変化は無かった。

契約の言葉を間違った訳では無いともすれば、不発?

そもそも別の幻影(ファントム)が居るのでは無く、アリアンロッドの単なる妄言だった?


 どちらにしろ可及的速やかに対処しなければ、大きく振りかぶった複合幻影(プラティス)の拳の餌食にされてしまう!


「ゴォぉぉオオォおッ!」


 雄叫びを上げながら、複合幻影(プラティス)が体重を乗せた右拳を振り下ろしてきた。

更に追撃を図る様に、左拳も振り翳す挙動に入っている。

こんな攻撃を連続で叩き込まれたら、生身の人間が垂直に落下する大型旅客機の真下で、ただ呆然と立ち竦んでいるよりも危険ではないか!


 その上、迫り来る拳を見る限りでは、威力は全くと言って良い程に落ちてはいない。

このままでは冬真の体力の方が先に尽きてしまう。


「……、……」


 やっぱり他の幻影(ファントム)に頼ろうとした俺が馬鹿だったよ。冬真は不機嫌に鼻を短く鳴らして、銀杖を固く握り直して構えた。

複合幻影(プラティス)の振り下ろし攻撃は確かに強力だが、氷蒼燕架を纏わせた銀杖の突きならば防げない事は無い――今までがそうであったように。


「十六ッ!」


 複合幻影(プラティス)の拳にタイミングを合わせ、十六の段である衝を真正面から叩き込む!

確かに物量は桁違いに差があるけれど、それでも生存確率の高いこの方法が現状で最善の策だった。

風を切る鈍い音と共に繰り出された拳を防ぎ切り、冬真は続いての二撃目に備える。


 複合幻影(プラティス)も「痛みを伴うという事」を初撃から理解していたのか、殆ど怯まずに二撃目を振り下ろしてきた。

迫り来る拳は唸りを上げ、速度も初撃よりも早い――つまり威力も必然的に高いのだろう。


迎え撃つ冬真も、再び「十六の段・衝」を放とうと両足に力を篭め、銀杖を利き手後方に大きく引く。

いや、実際には引こうとした。


「あ……?」


 冬真の思いに反して、銀杖が手からするりと落ちたのだ。

そこで漸く冬真は気付く事になる。

度重なる複合幻影(プラティス)の攻撃を受けた事と、冬真自身が極低温の幻装や幻術を扱う事により、疲労が通常よりも急激に蓄積していた事に。


 そして、いつの間にか手の感覚が麻痺していた事に――。

感覚が全く無くなる程に両の腕を酷使した挙句、冬真の身体はカタカタと小刻みに震えていた。

既に二撃目の巨大な拳が目前まで迫っているというのに、何の解決策も無いままに冬真は前のめりに崩れ落ちる。


「な……」


 どうやら冬真の腕や足は……――当の昔に限界を迎えていたようだった。

そしてこんな最悪の状況になって漸く気付く、人の愚かさ。

頭が良いといくら称賛されようとも、所詮は人の子。

どれだけ耐えようとも、どれだけ力を振り絞ろうとも、(いず)れ限界は来るのだ。

どう足掻いても、現状では起き上がる事すら叶わない。

冬真が最後に見えたのは、愉悦に浸る複合幻影(プラティス)の歪んだ口元だった――。


 ゴッ


 鈍い音と共に、地面が大きく割れた!

蒼月大氷河(グレイシア)の影響で周囲の物質の脆弱化による所は大きいが、明らかに複合幻影(プラティス)の力が強くなっている。

戦闘を重ねる事に、力の使い方を学んでいるとでも言うのだろうか?


「げぇっ、げぇっ、げぇぇ」


 複合幻影(プラティス)はどうやら勝利を確信したようで、今までの咆哮とは違う……奴にとっての「笑い声」が涎と共に、辺りに飛び散る。

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