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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第7話:闇夜と制裁「N」
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35:複合幻影VSタナトス(7)

 すると複合幻影(プラティス)も漸く冬真の存在に気付いたのか、踵を返して彼に標的を定める。

荒れきった舗装の上は、やはり走り辛い。

幾度となく蹴躓(けつまず)き、転びそうになる。


 けれども静かに歩き出した複合幻影(プラティス)を横目に、冬真は立ち止まらずに走り続けた。

とにかく奴を引き付けて一般人と距離を空け……さて、どうする?


 壇の話では「関節部を破壊すれば」との事だったが、如何せん払い技は効かないし突き技は安全マージンが取れない。


「とーまー? ちゃんと頭を使っています?」


 銀杖もといアリアンロッドが、浮ついた口調で話し掛けて来た。

今にも笑い声が口から零れそうな彼女の表情が目に浮かび、冬真の額には青い筋が薄っすらと浮かび上がる。


「あ? お前、なに言って――」

「さっきも言いましたけど、何だかんだで聞き流されちゃったじゃないですか。幻術の更新、です!」


 そう言い切ったアリアンロッドは、得意気に「へへん」と短く鼻を鳴らした。

彼女の云う通り、冬真は幻術をまだ一種類しか使った事が無い。

対象を巨大な氷の監獄に閉じ込めて完全に凍結させる――蒼氷大監獄(コキュートス)だ。


 この幻術自体が強力な為に、過去その他の幻術を試そうという気にならなかったのが、そもそもの発端なのだが……確かにこれは良い機会なのかも知れない。

ふと記憶を辿り、幻術についての知識を思い浮かべると――あった。

普段見慣れている「蒼氷大監獄(コキュートス)」の横に一つだけ。


「えへへ、有りました? さぁ、えいしょーです!」


 彼女の言う通り、試してみるのもまた一興、か。

冬真は目を細めて複合幻影(プラティス)を見据えると、静かに言葉を紡ぐ。


「――荘厳たる白銀の波涛よ。凍てつく運河となりて、の者を無慈悲なる冥府へと誘え――」


 素早く詠唱したのち、銀杖の端部を複合幻影(プラティス)の股関節に狙いを定めると、急速に力が満ちていくのが分かった。

まるで氷水の張ったプールに足先から浸かっていくような、そんな不思議な感覚だ。

加速度的に頭は冷えるが思考は活発化し「冷静さ」が洗練されていく。


体全体が完全に冷え切ると、一拍置いてから冬真は最後の一文をそっと口にする。


蒼月大氷河(グレイシア)


 刹那、周囲の外気温が急降下を始めると同時に、銀杖の先端と複合幻影(プラティス)の関節部を繋ぐように一本の細い線が見えた。

青く透き通るようなそれは、パキパキと音を立てながら瞬く間に太さを増していく。

ものの数秒にして直径二メートルを超える氷の結晶となる。


 その姿はまるで氷河。

対象である複合幻影(プラティス)と術者である冬真を繋ぐ大氷河そのものだ。

けれども外観的な変化は早々に収束を迎えてしまう。

一体これが何だと言うのだろうか?


 複合幻影(プラティス)を見ても銀杖を見ても、これ以上の変化は期待出来なさそうだ。

一つ言えるとしたら、複合幻影(プラティス)がピクリとも動かない所だろうか。


 ――って、ちょっと待てよ? 仮に動かないのではなく動けないのなら、対象を凍結させて行動に制限を与える術という可能性も――。


「ねーねー、冬真のアレ! なんでこんなに太いんです?」


 複合幻影(プラティス)が動かない状況を良い事に、長考しているとアリアンロッドが問題発言と言う名の手榴弾を投げて来た。

あまりにも唐突ではあったが、これが初めてではない冬真は無言で問題発言をひらりと躱す。


「……、……」

「えへへ、“見た目”はもの凄く硬そうで……それでいて、貫いた所なんてもうイきそうじゃないです?」

「……、……んン……」


 この発言だけを聞いたヒトは高確率で勘違いを起こすに違いない。

まったく、この()はどうして、こうも人を苛立たせるのが上手いのか。

本当は極限まで堪え、無視を貫き通したかった冬真だが、このままでは発言がエスカレートしてしまう……って、ン?


アリアンロッドの「なんでこんなに太い」発言は、彼女が予想していたサイズを軽く凌駕していた、って事なのだろう。

では何故にそれほどまで太くなったのか。


 そもそも氷が肥大すると言う事は、気温の低下は元より、材料である水が大量に必要で――。


 パキッ


「あン? ……こりゃ氷晶、か?」


 足元から小さな音が聞こえ、冬真は視線だけを落とす。

そこには自然の神秘ともいうべき氷晶が、言葉通り無数に生成されているではないか。

氷晶は通常一ミリメートルにも満たないのだが、ここにあるソレは全てが規格外で、平均にして七〇ミリメートル程。

大きいモノでは百ミリメートルにも及ぶ。


 これだけ肥大すると言う事は、大気中の水分を全て凍らせても足りな……いや、足りるのか。

今年は梅雨入りが早かったし、昨日の東京(ここ)は雨が降ったせいか、むしろ湿度は十分過ぎる程だ。


 それにこの蒼月大氷河(グレイシア)って幻術、幻装で扱う氷とは大違いで見るからに脆そうだ。

ちょっと小突いただけでも、すぐにひび割れてしまいそうだった。


 ――もしかしなくともこの幻術・蒼月大氷河(グレイシア)って……なるほど、な。


 一つの確信を得た冬真は、銀杖を持たない左拳を振り翳す。


「えへへ、正解です! さぁ、()っちゃって下さいッ!」


 そう、この幻術は全て脆い氷なのだ。

だから複合幻影(プラティス)は本能に準じ、動くのを躊躇ったんだ。

こうなる事を恐れて!


「砕けちまえ」


 冬真は握る拳に力を込め、蒼月大氷河(グレイシア)に向けて一気に振り抜いた!

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