31:複合幻影VSタナトス(3)
親戚と言うだけで、別に血は繋がってなどいないのだ。
第一、あの鬼と似てなどいるものか!
冬真は溜息混じりに短く鼻を鳴らす。
そんな冬真の様子を見ていた真琴は、心外だったようで短く呻き声を零した。
自由な言動が飛び交っている中、珍しく真面目なアリアンロッドが冬真におずおずと声を掛ける。
「冬真、対象がこちらに気付きましたよ? 一度身を潜めて様子を見ませんか?」
「そうだな。向こうの目的も分からないと、動きようも無い」
すると冬真も珍しく素直に、アリアンロッドの声に耳を傾けた。
地響きが徐々に、そして確実に冬真達の元に近付いてきている。
あまり時間も無いと悟った冬真は音のする方へと、急いで細い路地に入った。
敵の死角(であろう場所)から、アリアンロッドの言った通りに観察する為だ。
案の定、遠くに大きな人影が見える――複合幻影。
「ン? まだ(一般)人が……って、正気か!?」
複合幻影とは別に、騒がしい声が地上で聞こえる。
ふと視線を向けると裕に六十人は居るだろうか、一般人が複合幻影を野次っていた。
そりゃあ突然にこういった事態に巻き込まれれば、気は動転するだろうが……まさか、あの怪物に近づいて写真を撮ろうなど、当の本人の気が知れない。
自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長線上の出来事として捉え、事態を過小評価する現象――正常性バイアスが集団的に働いてしまっているのだろうか?
それ故に、きっと特撮映画のロケか何かと勘違いして――思い込んで――いるのだろう。
とは言え――いや、だからこそ危ないのだ。
こんな非常事態でさえ居座り続ける彼らが、素直に避難指示を聞くとは思えなかった。
さて、どうしたものか。
短く溜息を吐いた冬真は、ふと壇の方に視線を向ける。
ここは先人の知恵でも借りるべきなのだろう。
「あ、あいつだ……やっぱデけぇな」
指を差してカタカタと歯を震わせる壇を見て、思わず冬真は「あ、こいつ駄目だ」と思ってしまった。
少しでも期待した俺が馬鹿だった、などと単に愚痴と溜息が増えるばかり。
「……、ん……」
痺れを切らした冬真は、表通りに飛び出した。
要は、この複合幻影を身動き出来ない様にすれば良いだけの事。
だがしかし、言うは易いが為すは難しなのだろう。
さて、この巨体をどう攻略するか。
何しろ規格外の大きさなのだ。
「グ、ぐぉオォぉおオッ!」
複合幻影のけたたましい咆哮が衝撃波となり、周囲の空気を激しく震わす。
冬真と壇は、鼓膜が裂けんばかりの声量に思わず両腕で耳を塞ぎ、目を瞑った。
十数秒間の咆哮が止んでからゆっくりと、そしてしっかりと目を見開いて奴を再び視界に入れる。
背後上空から照らす満月の月明かりは、釈迦如来像の後光にも捉えられそうなのだが――寧ろその蒼白の光は逆の効果を担っていた。
同じ光でも対象が違えば、こうも受ける印象が違うとは……つくづく人の感覚は分からないものである。
元々蒼白の肌がより一層透き通り、血管がはっきりと見える程に蒼白な肌をしているソレは、例え様の無い異様さを放っていたからだ。
一応はヒトの形――もっと言えば胸に膨らみもあるようなので女性の裸体の形――をした異形な幻影であり、周囲の高層ビルと同等の身長を有する巨大さ。
目測でも裕に百五十メートルはありそうだ。
しかしながら女性の様な容姿からは想像も出来ない程の醜い顔である。
醜いと形容すれど、勿論ブスの類ではない。
吊り上がった目は大きく、浮き出る程に血走った赤い目玉二つが周囲を見渡している。
今にもケタケタと笑いだしそうな程に頬骨までパックリと裂けた口は、火傷した様に酷くただれていた。
顔の中心である鼻は削ぎ落とされたように真っ平らであり、穴が二つだけ開いている状態。
血の様に赤く長い髪は、重力に逆らうこと無くだらりと腰の辺りまで垂れさがっている。
殆ど肉も無く華奢な体つきをしていて、長短様々な棘が体中から突起していた。
「ぐげぇ……」
時折発する声は単に呻き声なのか、はたまた何かを伝える言葉なのか。
まぁ、今考えていても仕方が無――いっ!?
「ゴガァッ!!」
突如動き出した複合幻影は冬真を踏み潰さんと、もの凄い勢いで右足を振り降ろしてきた。
複合幻影の視線が冬真を向いている事を考えると、完全に補足されているようだ。
――この速度、避け切れない!
即座に判断した冬真は、素早く銀杖を地に突き立てて構え、姿勢を低く取った。
その直後に体が数メートル吹き飛ばされそうな程の風圧と衝撃が冬真を襲う。
「ぐギャぁあア!?」
けれど次の瞬間には、複合幻影は悲痛の叫びを短く上げながら素早く足を退かした。
巨大な足の裏――推定される大きさは二十五メートル相当のプールの大きさ――には細長い氷柱が伸びている。
「……っ、痛み分けか?」
事前に発動していた幻装・氷蒼燕架が剣山の役割を果たしたのだろう。
そして刺したと同時に絶対零度の刃が一瞬にして、滴る複合幻影の血を凍らしたのだ。
とは言え、冬真も無事では済まない。
身動きの取れない状態で全身に衝撃波を受けるのだ。
直接的な物理ダメージは無いものの、全身を均一に殴られた様な感覚を覚える。