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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第7話:闇夜と制裁「N」
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29:複合幻影VSタナトス(1)

 ◇ ◇ ◇

 この短時間で、何があったのだろう?

既に半壊状態の街を、都会と称するには少々気が進まない。

すぐ近くの高層ビルの壁面は奇怪な形の傷が目立っている。

もの凄い力を加えられて圧潰したような跡や、ものの見事な切断面が露出していた。


 冬真はビル街から視線を落として辺りを見渡す。

街路樹や信号は見るも無残に根元からへし折られて、当然ながら交通の妨げになっている。

いや、既に車道には車両など一台も走ってはいなかった。

多くの車両自体が横転していて、とても走れる状態では無かったからだ。


 横転している幾多の車両からは黒煙が立ち上っている程であり、近づくのは極めて危険な状態だった。

周囲から聞こえる悲鳴や泣き声は、無情にも普段の雑音と差ほど変わらないらしい。


「うぅ、助けて……」

「一体何が起こったんだ……?」

「痛いよぉ、痛いよぉ」


 けれど、しっかりと耳を澄ませれば聞こえてくる、助けを呼ぶ声、生きたいと願う声。

瓦礫がれきや倒木の下敷きとなっても、呻き声を上げつつも懸命に這い出そうと足掻く人々がいる。

関係の無い人達が傷付いている様を見て、冬真はハッとした。


 ――こんなもの、一種のテロリズムと変わらないでは無いか。


「これは、酷いですね」


 言葉を失った冬真の心を代弁するかのように、アリアンロッドが声を震わせて呟いた。

普段考えの読めない彼女でさえ、現状を気に病んでいるのだ。

そんな中、震える手で携帯電話を手にしている一般人もいる。

きっと警察車輌や救急車を、懸命に呼ぼうとしているのだろうか?


混鏡世界(テスカポリカ)及び鏡世界(ヴェリタス)では電子機器の外部通信機能は全く機能しないと言う事も知らずに。

とにかく今は、一刻も早く巨大複合幻影(プラティス)を対処しなければならない。


 そんな時だ。

不意に冬真の名を呼ばれたのは。


「あ、キミキミ! 冬真君だよね? 助けてくれよ!」


 冬真のすぐそばで横転していた軽自動車の窓から声が掛かった。

冬真から四、五メートル程離れた距離で、二十代前半の男性が助けを求めている。


 視線を向けると、横転している車の運転席から覗く小さな両目が視界に入った。

その弱気な目と冬真の目が合った瞬間、更に声調を上げるのは男性の方。

おそらく不運にも残業で帰宅が遅くなった、帰宅難民――むしろ帰宅被害者――だろうか?


「ン? ……俺?」

「そうだよ、早く助けてくれよ!」

「ガキの俺にそんな馬鹿力は無い。救援を呼ぶから待ってな。てか、何で名前知ってンの?」


 唐突過ぎる救援に思わず「助けよう」という心理が働くが、すぐに方向修正する。

と言うのも、この現状では絶対に目立つ事は許されないからだ。

仮にそんな事をして正体がバレようものなら、ただでさえ指名手配されている冬真――実際はタナトスと揶揄された外見の方――がこの世界で生きていく事など出来なくなってしまう。


「そ、そんなこと言わずに! さぁ! 手を取って!」

「……、なぁ。あんた演技下手だよな?」


 男性が嬉々として、冬真へ手を伸ばした。

そんな男性に対して、冬真は冷めた目で観察を続ける。

この男――明らかに不審だ。


 そもそもこの男は辛うじて原型を留めている車――廃車確定――の横転した車内に、取り残されているにも関わらず、余りにも冷静過ぎる。

もう少し取り乱してもおかしくはない状況で、明らかに場慣れしているように思えてならないのだ。


 そう考えると、案外これくらいの状態ならば、自力でも脱出くらいは出来るのではないか? とさえ思えてくる。

詰まる所――この男性の行動は全て演技である、と冬真は判断したのだ。


「え、演技?」


 すると当の本人は眉をハの字につり上げて、素っ頓狂な声を上げた。

これだけ露骨で大きな反応だ――きっと図星なのだろう。


「だって、自力で出られるだろ?」

「えぇえっ!? そんなわけないじゃ――」


 男が冬真の言葉を否定しようとする折、とある女性が男の声を遮った。


だん? あんたこんなトコで、なに油売ってンの?」


 予期せぬ背後からの声に、冬真はおそるおそる振り向く。

すると声を掛けた本人は目頭を摘まんで、(あからさま)な呆れ顔を冬真達二人に向けていた。


「ぅえ、真琴先輩!? 何でココに? 先日、鹿児島県警に異動されたんじゃ――」


 軽自動車の割れた窓から上半身だけを外に出し、冷たい道路に這った状態の男は、どうやら壇と言う名の警察関係者らしい。

警察関係者――それも幻影(ファントム)稀人(まれびと)の存在を知っているのなら、この現状を知っているのも頷ける。

とは言えそれならば尚更、自力で横転した自動車から脱出も出来そうなものだ。


 もしかして、それ程までに非力な男だとでも言うのだろうか?

いや、まさかな……。

冬真は、「もしや」とも思ったのだが、即座に否定した。

全ての稀人(まれびと)が怪力――とは言わないが、少なくとも常人を超えた基礎的な身体能力は十分にあるからだ。


「臨時よ、臨時。それはそうと、何で事故ってんの?」

「そ、それが……あり得ない大きさの幻影ファントムに襲われたんすよ!」


 壇は必死な形相で真琴に釈明を始めた。

彼女はそんな壇の目の前に立ち、顎を引いてじっと見据えると、静かに口角を釣り上げる。


「へぇ? それでまんまと逃がした、と。そう始末書に書くワケね?」

「いやいやいや……もう! 相変わらず意地悪っスね。俺の幻影(ファントム)じゃ無理っすよ」


 壇はそう言って大きなため息を吐いた。


「なーんだ、鍛え方が足りないって言いたいのね? だったら鍛え直してあげる! でもその前に、この事件を片付けたら飲みに行くわよ?」

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