19:新人二人(5)
◇ ◇ ◇
「オイ、てめぇ誰に口訊いてんだ! ぁあ!?」
それが、JP's本部で声を荒げる少年の第一声だった。
余りに唐突過ぎる展開に、流石の冬真も頭が付いていかない。
全く、そもそもこんな面倒事を誰が持ってきたのだろうか?
その場に居るJP'sメンバー全員の腹立たしさは治まらないが、取り敢えず頭を冷やして状況の整理を最初からしてみるか――。
◇ ◇ ◇
それは、その日の放課後の事。
冬真は丁度日直当番であり、雑務を淡々と終わらせてからいつもの場所へと向かう。
いつも……とは言いつつも、授業以外で殆ど使われる事の無い、実習棟一階の家庭科室前の大窓だ。
この日も、同様に鏡世界を経由して本部へと向かうつもりだった。
けれど窓に入る直前で電話の着信音が響く。
着信相手はどうやら夏希の様だが、通話ボタンを押しても、暫く何も聞こえなかった。
そして漸く聞こえたと思った矢先には、比較的大きなノイズ音が数秒間続き、数名の悲鳴が上がった所で通話が切れる。
「これは、つまり……何かに襲われている?」
冬真はすぐに窓に飛び込んで本部へと向かったのだが――本部の窓を│潜った先は、異様な光景が広がっていた。
一番に視界に入ったのは天音翠子だった。
丁度冬真が現れた窓の際に立っている。
そして辺りに散乱した長机とパイプ椅子を踏み躱す様にいつものJP'sメンバーが怯えた表情を浮かべていた。
そして異様に目立つ、高校生らしき人物が一名。
勿論、冬真達が知った顔では無い。
ただでさえ備品が散乱して足の踏み場もないのに、大きな躯体の彼が、冬真の行く手を阻んでいる。
「あんた、部外者でしょ? 邪魔なんだけど」
「オイ、てめぇ誰に口訊いてんだ! ぁあ!?」
こうして現在に至るわけだ――。
冬真がぼそりと呟いた瞬間、男の怒りは更に加熱した。
冬真の反応に、周囲のメンバーは冷や冷やモノだ。
固唾を呑んで見守るしかない。
態度を凄ませようが、声を荒げようが、冬真にしてみれば知った事では無かった。
逆立てたミディアムヘアを真っ赤に染めた巨漢。
服装で判断するならば高校生なのだろうが――如何せん、大き過ぎる。
きっと上級生に違いない。
白の半袖カッターシャツの胸元を開けさせ、色黒で黒光りしている地肌。
そして隆々とした上腕二頭筋。
両腕にはローレット加工された金のブレスレットと、耳には高そうな同様なピアス。
凄ませた吊り上がった目には真っ赤なカラーコンタクト、ときたモノだ。
そんな彼の容姿を見てしまったJP'sメンバーは、既に目を白黒させている。
そんな彼らの反応を見る限りでは、誰の友人って訳でも無さそうだ。
つまりは――部外者。
「図体のデカいあんただよ。しかも※聾ときた」
※聾……差別用語で重度の難聴の人を指す言葉
「て、め……ゴラァアア!」
冬真の言葉が相当に頭に来た少年は、体に捻りを加えて殴り掛かろうと右拳を突き出す。
おいおい、喧嘩腰も大概にしろよ、ボケ。
目を細めて男の動きを見定めた冬真は、下半身の揺れが大きい事に気付く。
どうやら、体幹能力は低そうだな。
そう感じ取った冬真はじっと身構え、上半身を傾けて鈍重右ストレートをひらりと躱した。
「効かねぇな、と」
躱すだけでは済まさないのが、冬真の良い所であり悪い所である。
男のお留守の脛を爪先で思いっっっきり蹴り上げたのだ!
「っぅぅううッッッッ!!!!」
途端に男は、声にならない悲鳴を上げて崩れ落ちた。
筋肉量では明らかに冬真よりも大きい彼が、中肉中背の冬真の蹴り上げ一撃で沈んだとあっては、見掛け倒しにも程がある。
そんな彼を横目に、冬真は溜息が一つ零れた。
冬真から喧嘩を仕掛けた訳では無かったし、結果的にそうなってしまった今でも、冬真自身が悪かったとは思っていない。
詰まる所、部外者である男のどうしようも無い騒動をスマートに鎮静化した――冬真の認識は正直その程度だった。
「で? 誰だよこのヤンキー」
そう指を差しながら夏希、華、翠子、恭平……次々と顔色を窺うと、皆がふるふると首を横に振る。
どうやらこの部屋には、この男を知っている奴が居ないみたいだった。
まぁ、それもそうだな。
そもそもJP'sには│こういう系統の《ヤンキー気質な》人種との関りが縁遠いメンバーしかいないではないか。
冬真は自己解釈し、ポケットの携帯電話に手を伸ばす。
こういう時は、上の人間に対応を│委ねれば《押し付ければ》良いと、昔から相場は決まっているのだ。
「アア? 誰がヤンキーだ、ゴラァアアッ!」
「一々│煩いな。騒ぐしか能の無い熊か何かか?」
冬真は手早く名護の名を探して通話ボタンを押し、携帯電話を耳に強く押し当てる。
そして、これ見よがしに男を一瞥した冬真は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ちょ、冬真……流石に言い過ぎじゃ」
焦りの色を顔に浮かべた夏希が、おろおろと目を泳がせながら二人の男を交互に見つつ仲裁に入る。
とにかく余りにもずかずかと物言いする冬真に、他のメンバーも気が気では無かった。
「別に? 事実だし……あ、名護さん。本部に不審者が居るんだけど?」
対する冬真は特に気に留めた様子も無く、淡々と名護に連絡を取る。