12:黒猫(5)
「ンな事言ったって、本当の事だろ? ン……信じろとは言わねぇけど、捕まる事は無い。これだけは言える。事情を聴きたいだけなんだ」
すぐさま華がフォローアップに入るが、あまり効果的とは言えない。
次いで恭平が弁明する。
「分かりました。少し待っていて下さい」
先程までとは打って変わり、語調を弱めた事が功を奏したのか、翠子は静かに頷いた。
そう言った彼女が胸のポケットから取り出したのは、見覚えのある小さな箱型の人工物。
緑の半透明ボディの中には基板と、端部には銀色のUSB接続端子と、もう一端には小さなボタンが見える。
「えっ!? それは……幻核!?」
隣りにいた華が驚きの声を上げるが、当の本人である翠子は全く意に介していない様子でコアのボタンを押した。
瞬時に鏡が割れるような澄んだ音と共に、異様なまでに「重い」空気と紫色の濃い霧が晴れる。
同時に、華の手元からは幻影である翠子の対物小銃をはじめ、麒麟や朱雀までもが消え去った。
混鏡世界が完全に解除されたのだ。
ようやく普段の夜空の下に帰って来られた事に対する安堵感と、鏡世界特有の倦怠感が同時に襲ってくる。
「やっぱ、まだ慣れねぇな……って、ンな事はどうでも良い。どこでコレを手に入れたんだ!?」
幻核を元の胸ポケットに戻そうとする翠子の手首を掴みながら、恭平は彼女を問い詰めた。
そもそも、これ程に物騒な物を一体どうして一般人が持っているのだろうか?
一番の疑問はそこにあった。
窃盗? 強盗?
――とてもそんな罪を犯す人間には思えない。
ならば自作?
――(あくまで第一印象だけではあるが)それもあり得ないだろう。
だとすると――?
「これは頂き物です」
彼女はきっと今笑ったのだろう。
長過ぎる前髪で依然として表情は見えないが、口調からして嬉しそうである事を、二人はそこはかとなく気付いてしまった。
幻核を……貰った? 一体、誰に?
そんな事は実際に有り得るのだろうか?
とは言え、恭平と華には想像すらも出来なかった。
これは、事情を詳しく訊かなければならない。
クラスメイトが鏡世界に関与している事と、普段から(成り行き上ではあるが)リーダー的な立ち位置の敷宮冬真が不在である事もあり、恭平と華の二人は妙な使命感に囚われた。
――コイは、俺(私)達が解決せなんとッ、と。
「頂きものって言ったって、一体だ――っと」
一体誰から貰ったんだ?
恭平はそう訊きたかったのだが、どうにも間が悪く携帯電話の着信音が響いた。
今はそれどころではないのに!
ややイラついた様子の彼は、登校用のエナメルバッグから乱雑に電話を取り出して通話に受け応える。
「遅っせぇええー!」
「~~、~~ッ!? う、ぁあぁ」
その瞬間、ハンズフリー機能すら使用していないにも関わらず、怒声が恭平の耳を貫いた。
余りの声量に、恭平は思わず携帯電話を落としてしまう。
落ちた電話からは、続け様に怒鳴り声が響いた。
「一体いつまで掛かっているんだ! さっさと戻って来いッ!」
声の主はJP's室長である名護総司のものだ。
きっと彼は今、無線機の子機の様に携帯電話の送話部に大声量を叩きこんでいるに違いない。
「は、はぃいっ!」
これには素直に従うしかない。
耳を強く抑えつけながら、恭平は携帯電話を拾い上げた。
余りの衝撃に片目を瞑り、口を半端に開けながら恭平は言う。
「てなワケで、否応なしにJP'sに行く事になった」
耳鳴りが続く中、恭平は乾いた笑いを浮かべながら携帯電話をバッグに戻す。
「通話がダダ漏れで聞こえていたって。あはっ、意外と名護さんって声張れるんだね。びっくりしたぁ」
その様子を横目に、華も恭平に笑いを同調させて胸を撫でながら言った。
「だ、誰ですか……?」
危機感を覚えたのか翠子の猫背は更に酷くなり、彼女は姿勢を二人に対して低くして身構える。
まるで本物の猫にでもなったかのように「シャーッ!」と威嚇でもしそうな勢いだ。
「んー、さっき言っていたJP'sの室長だよ。まぁ、行けば分かるかな? あはは……はぁ」
苦笑いしか出て来ない華は何とか翠子を宥め、三人はJP'sへと向かうのだった。