11:黒猫(4)
黒猫から聞いた話によると、新手の通り魔のターゲットは帰宅途中の女子高生である。
それも、比較的身長の低い娘が狙われやすい。
これは察するに抵抗された時を危惧し、安全圏を狙っているものと考えられる。
そして犯行時刻の多くが、放課後から夜に掛けての帰宅時間。
更に言えば、帰宅の際に一人の生徒だ。
次に犯行手口だが、犯人は目を付けた女子高生に対して優しい口調で道を訊き、手帳やメモ帳等に地図を描いてもらうよう頼み込む。
暗がりと言う事もあり、手帳に顔を近づける生徒が大半である。
女子高生が手帳に意識が注がれて視界が極端に狭まった瞬間、手帳で刃物を遮蔽しつつ手帳ごと刃物で女子高生の顔面を突き刺す、のだそうだ。
親切な行為を無下にする、何とも残忍で人道を逸した行為である。
大抵の生徒は亡くなってしまうが、刃物の当たり所が奇跡的に良くて生き残った被害者も数名居る。
けれど顔面の傷は酷いあり様であり、目覚めた瞬間にショック死する、又は口が利けなくなってしまうようだ。
そして後日談ではあるが犯人の動機を聞いたところ、愉快犯である事が判り、再度世間を騒然とさせた事は言うまでもない。
――事件の真相を知った二人は戦慄する。
事実、華に至っては顔を急速に青ざめさせる程だ。
一方の女生徒は別の意味で驚いていた。
よくもまぁ、これ程に重要な事をろくに把握せず死地に飛び込むなど、自殺行為も甚だしい。
無知な二人を捉える女生徒の冷め切った視線が物語っていた。
「ご理解頂けました? それではコレを……」
女生徒は自身の手首を縛る華のスポーツタオルを二人に向けて言う。
経緯と理由がどうであれ、命の恩人に対して、まさに恩を仇で返す行為を働いたのだ。
罪悪感に満たされた華は即座に女生徒からタオルを解いた。
女生徒は自信が猫背と言う事もあり、縛り方が些か窮屈だったらしい。
忌々しそうに手首を擦りながら、次の二人の行動を待った。
「ご、ごめん! あたし、てっきり幻影の力を乱用しているのかと……」
「俺も悪かったよ、疑ってさ……」
二人から発せられた謝罪の言葉に納得したのか、女生徒は「ふぅ」と短く溜息を吐く。
「もう、気にしないで下さい。幸村さん」
「ンなっ!? 何で知っとっと? 俺の名前」
いきなり名指しされた恭平は、思わず素っ頓狂な声を上げた。
これ程に暗くて黒い女生徒など、知り合いに居ただろうか?
彼の頭上に疑問符が大量発生する中、彼女はクスリと笑みを浮かべて言う。
「四月に自己紹介しましたよ。私の名前は天音翠子」
「あまね、みどりこ? その名前どっかで……あっ!」
どうやら女生徒もとい翠子が名乗った事により、恭平の思考回路が漸く繋がったらしい。
そう、彼女は恭平のクラスメイトにして、四月の頭に「魔の領域」について話をした人物である。
見た目のインパクトだけでは誰にも負けない――にも拘らず、恭平の頭からはすっぽりと抜け落ちていた。
その理由は、翠子自身が休憩時間も殆ど動かない事、実習等のグループ作業では殆どが溢れ組であるなど、他者との接点が限りなく少ない事が起因するだろう。
見た目だけならば見なければ良いし、話さなければその場に居ないも同じだ。
そうして彼女は(恭平の脳内で)群衆化してしまったらしい。
「ようやく思い出したみたいですね。「自称」ASさん」
「うぉい! なんで俺の3chアカ名知って……て、もう止めて! 「自称」を必要以上に強調するの止めたげて! 分かったから! 俺が悪かった!」
慌てふためく恭平を他所に、次から次へと俺の情報を漏洩する翠子。
これ程までの(個人的な)情報量は、目を見張るものがある。
勿論、漏えいされた方はたまったものでは無いが。
急いで彼女の口を塞いだのだが、時既に遅し。
「へぇ、自称だったんだぁ、アレ」
白い目で見る華には既に生気が宿って居なかった。
大きい目が半分以下に狭まり、一瞬誰だか分からなくなる程だ。
「ち、違……自称じゃねぇし!」
勿論、恭平が言っている事は嘘ではない。ただ、指摘を受けた時期が違うだけだ。
エースストライカーは、あくまでも「中学校在学時」に限る。
現役ではないから、恭平曰く許されるのだそうだ。
恭平への華の好感度は愕然と下がったのは、言うまでもない。
「阿呆はほっといて……あたしは一年二組の愛染華。よろしく! 早速だけど翠子ちゃん、ちょっとついて来てくれない?」
翠子の名を聞いてからの華は、目付きを変えていた。
彼女が今日ここに来たのは、混鏡世界に迷い込んだ、とある人物を探して保護する事。
とある人物――「天音翠子」が目の前の少女だと判ったからこそ、華は居ても立っても居られない訳だ。
か細い声でたどたどしく返事する翠子に、二人は文字通り耳を傾けながら訊いた。
「え? 一体、どこへ?」
「日本幻影犯罪対策課、通称JP'sってトコ。 あたし達の本拠地があるんだけど、そこで今までの経緯とか、詳しい事が聞けたらなって思って」
「それはもしかして警察に行くって事? 私、捕まるんですか?」
不安気に眉をひそめて顔を強張らせる翠子は、おずおずと華に訊く。
それはまるで、雨に打たれて弱った子犬の様だ。
「そんなつもりじゃなくて……ちょっと恭平! あんたが取り締まるって言ったから、完全に怯えてんじゃないの!」