06:通り魔(1)
◇ ◇ ◇
指示書の場所の欄にはアルファベットでXとY、その横に五桁程の数字が書いてあった。
一体、何の事を謳っているのだろうか?
華が朱雀に書面を見せると、どうやらコレはこの地域一帯の座標を指している、との回答を得た。
ともあれ、さっそくその場所へと繋がる場所から入る事にする。
けれど――。
「あだっ!?」
鏡世界を経由して窓を潜った瞬間、華は盛大に尻餅をついた。
上を見上げれば、古びたカーブミラーが眼前に聳え建っている。
――あぁ、あたしあんな所から落っこちたんだ。
足が地面を捉えた感覚が無かったから、通りでおかしいと思ったよ。
けれども気落ちする間も無く、ある事に気付いた。
それは今回の「仕事場」が、彼女が住む近所の細い道だという事だ。
彼女自身、通学路としては使わないが、休日等にショートカットとして使う裏道でもある。
――それにしても、どうしてココなんだろう?
最近この辺りで混鏡世界化が発生したという報告は受けていない。
被害者は何処かで遭って、知らず知らずの内にここまで来てしまった――なんて事もあるのだろうか?
華がそう考えていると、朱雀が静かに首を横に振って、続けざまに口を開く。
基本的に稀人以外は、混鏡世界では一切自由に出入り出来ないのだそうだ。
と言う事は……今まで華達稀人が体験していた「いつの間にか混鏡世界に入っていた」という現象は稀人以外の人間には無いって事なのかな?
彼女がそう考えると朱雀は深く頷き、そして補足として口を開く。
「混鏡世界は稀人だけが乗り越えられる、閉合した柵」をイメージすれば良い。混鏡世界の発生と同時にその柵が降ってきて、一帯を囲む。その範囲内は鏡世界と現実世界の双方から一部だけを切り取り、融合している状態――隔離空間――だ。現実世界の機器等は使い物にはならない上、稀人でさえも脱出するには元凶であるコアを破壊するか、範囲外に出るしかない」
「成る程! これなら(頭の悪い)あたしでも分かる!」
自分の頭を活用出来た事に少しだけ嬉しくなる華。
「ねぇ、君。ちょっと良いかな?」
朱雀との会話で理解が深まる中、華の背後から声が掛かった。
時刻は八時を裕に回っており辺りは暗い。
その上、突然の事だからか心臓が止まるかと思うくらい華は驚いた。
「ッ!?」
反射ですぐに声の方へと振り向くと、人相の良い二十歳前半の男性が立って居るではないか。
所謂草食系男子に類する、筋肉量の少ない、ひょろっとした体格。
上下の服装の色合いは暗い上に、頭髪も黒髪で長髪である。
これでは闇夜に簡単に紛れてしまえそうだ。
しっかりと目を凝らさなければ、ただ顔だけがぼうっと浮いているように錯覚してしまう。
恐怖心を駆り立てるような男性を前に、華は現状の整理を始めた。
この人ってもしかして、俗に言う不審者さんなのかな?
さっきからずっと挙動不審である事や、指をもじもじ弄っている所を見ると――明らかにおかしいよ。
あっ! そう言えば何日か前に担任の先生がホームルームで、最近不審者が目撃されているから気を付けろって言っていたっけ?
――これってヤバくない? いや、ヤバいよ絶対!
自分には関係の無い事だと――他人事の様に考えていた華であった。
けれど、ひとたび「恐怖」を認識してしまうとヒトの精神は案外脆いモノだ。
今更ながらに、彼女は自身の身体が小刻みに震えている事に気付く。
これ、ちょっとマズいかも……って、いやいや!
まだ例の不審者だと決まった訳じゃないんだから、しっかりと受け答えしないとあたしの方が可笑しな人に思われてしまう!
そう考え直した華は震える唇に、必死に「震えちゃダメ!」と訴えかけながら口を開く。
「な……なんですか?」
少し間を空けてしまったけれど、なるべく平静を装って対応しなきゃ!
そう意気込んで返答してみせたが、どうやら隠しきれてはいなかったらしい。
男性の方こそ焦った表情を浮かべると、両手を振って華の不審者疑惑を否定した。
「え!? ごめん、怖がらせちゃった? 僕はただ、道が訊きたかっただけなんだけど」
そして続け様に男性は恐縮した様に頭を下げ、スラックスのポケットからメモ帳の様なモノを取り出した。
「訊いても大丈夫、かな?」
そして男は、やんわりとした口調で華に声を掛ける。
最初は可笑しなヒトに見えたのだが、人相も悪くは無かったので華はひとまず安心した。
それよりも男性を不審者だと疑った自分に対して、徐々に恥ずかしさが込み上げてくる。
彼女は心の中で大きく深呼吸をし、一歩前に進み男へと近づく。
男は差し出したメモ帳に地図を描いてくれると助かる、と住所を述べた。
聞いた住所は、確かにこの近辺のモノに間違いなさそうだ。
そもそもこの男の人は、この薄暗い時間のこんなド田舎に、どういった用件があるのだろうか?
純粋に華はそう思ったのだが、赤の他人から立ち入った話を聞くのも余り褒められた行為ではない。
そう気持ちを切り換えて、男からメモ帳とシャーペンを受け取った。
元より華は、仕事である「人探し」をしに来たのだ。
こんな所で足止めを食らう時間は無かった。
「んー、分かりました!」
華はいつもの様に快活な返答をして、地図を書き込もうと受け取ったメモ帳を目元に近付ける。
というのも、辺りが暗いからだろう。
紙を近づけて、よく目を凝らさなければ、手元がよく見えない程。
メモ帳のグリッド線が漸く見えた――その時だ!
パァンッ!