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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第7話:闇夜と制裁「N」
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03:特務の代償(2)

 ◇ ◇ ◇

 一通りの治療が終わった今、カッターシャツの下から透けて見える程に包帯を手厚く巻かれている。

だから中間服が許可された六月の今でも、冬真は学生服を着ていた。

ただ例年よりも気温は低いし梅雨に入った事もあり雨続きで、学生服を着ていても特別に目立つような事は無い。


「ねぇ!」

「あ?」


 痛めた腕を忌々しく見つめていると、突然現れた華の掌が冬真の腕に軽く触れる。


「い゛ッ!? ぐ、あぁッ!」


 華からしてみれば、何の悪気も無い「ただのスキンシップ」だったのだろう。

しかしそれは冬真の顔を苦痛で歪めさせるには十分の衝撃だった。


「え!? ええッ!! どしたと!?」


 呻き声を上げる彼に対して、華はどうする事も出来ずに当惑する。


「べ、つに……」


 必死に無表情を取り繕い、やっとの事で絞り出せた冬真の言葉は「いつもの口癖」だった。

正直に言うと、真琴の様に術で傷を手当て出来れば良かったのだが、生憎と彼はそんな便利な術は持ち合わせていない。

その上、真琴は冬真とは別の場所に混鏡世界(テスカポリカ)の調査へと向かったので、現在は音信不通。


 つまり、傷の手当てを頼む事も出来ないのだ。

結局の所、病院では気休め程度の処置で終わったワケだ。


「別にじゃないよ!」


 頭の中の整理が終わった華は憤慨して冬真に言うと、まずは彼を逃がさない様に袖を優しく掴み、学生服にそっと手を掛ける。

それからワイシャツの袖を捲ると、血の滲んだ包帯が露わになった。


「ちょっと、血っ! 何で? どうして!? あたしそんな強く――」

「い、いーから……騒ぐな」

「あ……、うん」


 取り乱す華の声がやけに大きくて、冬真の頭に重低音の様にガンガン響く。

騒がしさが容体に障ると感じた冬真は、余り口を動かしたくは無かったので短い言葉で華を制した。

暫くすると包帯の上からでも、感覚的に止血したのが分かる。

それと同時に腕の痛みも引いていた。


「い、痛む?」


 自分の所為だからと言い張り、痛みが引くまで華は冬真に付き添った。

起因は確かに華だが、実際は必要以上に腕を力ませた冬真が原因だ。


「ごめんね」


 しゅんと元気を無くした華は、彼の前の席の天板に正座している。

気にするなとは流石に言えないが、とやかく叱る(いわ)れもない。


「……ああ」


 複雑な心境の冬真は、ただそれだけを発した。


「でも、どうしてこんな怪我を……?」


 冬真の許しにより、少しは救われたのだろう。

顔を上げた華は、悲愴な表情でおずおずと問うた。


「杖術の練習でヘマした」

「――嘘だよ。ここまでの怪我なんて、そうそうせんよ」


 冬真の苦しい返答に、華が珍しく的確に指摘する。


「ねぇ、何したの?」

「別に」


 出た。華の質問地獄だ。

痛みに耐えつつも、冬真は内心溜め息を吐き出す。


「もう! はぐらかさんでよ。危なかこい(あぶないこと)しとっとじゃなかと(しているんじゃないの)?」

「さぁな」

「心配しとっとよ? あたしは!」

「……」


 ――そんな事、お前の目を見りゃ判るさ。

だけど、それを言ってどうなる?

言えば、もっと心配する事は目に見えている。

だから言わないんだ。

何故それが分からない?


 冬真は頭を悩ます。

特務の事を言うべきか、否か……答えは決まっている筈なのに。

華はうっすらと涙を浮かべ、制服の袖口でそれを拭った。

その涙が偽物でない事も、彼にはハッキリと判っている。


けれど、だからといって特務の存在を教える訳にはいかなかった。

話したら絶対に首を突っ込むのが、華の悪い癖なのだから。


あれは……特務は危険過ぎる。

身を以て知った冬真が、特務の存在を自分から言える筈も無かった。


「ちゃんと話し……――」


 何度問われても冬真の答えは変わらない。

けれど、このままでは(らち)があかないのも事実。


「後でだ! 後で、時期を見て話す」


 声に熱を帯び始めた華の声を、冬真は語気を強めて遮った。

きっとこのままでは、華の質問地獄から逃れる事が出来ないからだ。


「これは嘘じゃない、か。……うん、じゃあ、待つ」


 それに対して華は、やけに素直に納得してくれた。

これはきっと理解力が齢をとるにつれ、昔よりも成長したと捉えて良いのだろう。

いつの間にか正座を解いて自席に向かった華は、よろよろとしたぎこちない動きで引き出しからタオルを取り出す。


紙が挟める程に眉間に皺を寄せて、慎重な足取りを踏んでいる様は滑稽を極めた。

その様子は、誰が見ても足が痺れたのだと即答出来る。


「じゃあ、六時頃には切り上げてくるから。それまで待ってて! 一緒に帰ろう!」


 そんな不安要素の尽きない華は、覚束ない足取りで部活に戻って行った。

後から聞いた話だが、部活を抜け出して忘れたタオルを取りに来ていたらしい。

そんな彼女に適当に短い返事をして、冬真は再び痛めた腕を見つめる。


「どうしたんです? そんなに思いつめた顔をして」


 鏡世界(ヴェリタス)内の冬真の席に腰掛けているアリアンロッドが眉を顰めて訊く。


「別に……そーいやお前の左手、義手か?」

「そうですよ。でも何で今更訊くんです?」


 窓に近寄ってきた彼女は不思議そうに聞き返し、自身の服の袖を捲り上げる。

そして冬真の腕と自分の腕とをまじまじと見比べた。


 包帯でグルグルに巻かれた痛々しい冬真の腕――。


 精巧に作られ無機質で赤く塗装された彼女の腕――。


 そんな彼女につられて、冬真も彼女と一緒になって二つの腕を交互に凝視する。


「気になったんだ。幻影(ファントム)って、人間の潜在能力を具現化した存在だろ? 目に見えない「力」そのものが百歩譲って――容姿や性格、性別に種族――多様な姿があるとしても、外傷を負う理由はなんだ?」

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