01:都市伝説(1)
◇4月5日(木)◇
その翌日の事。
午前5時に目覚ましのけたたましいアラーム音で冬真は目が覚める。
そしてそれを仕掛けたであろう祖父が障子を開けて部屋へと入り、冬真の布団を一気に引き剥がした。
「んん……っせぇな」
「おはようさん、顔でも洗って来い。朝稽古を始めっど!」
「ああ……この歳になって朝稽古? 俺ぁまだ寝るわ……ん」
まだ寝ぼけている冬真は即答すると布団を奪い返して再び被るが、数秒と経たずにまた祖父に剥ぎ取られてしまう。
不機嫌そうに顔を顰める冬真。
「いいから付き合え。あまり年寄りを閉じん無くさせっとじゃなか!」
どうやら断っても布団を返してくれなさそうなので、冬真は観念して仕方なく付き合う事にする。
道着に着替えて隣の道場へ向かうと、既に準備体操を行なっていた祖父が元気に言い放った。
「漸く来おったか! まずは基礎がどれくらい固まっておるか見たかで、一から五の段まで!」
余り気の乗らなかった冬真だったが、目を閉じて短く深呼吸をする。
ここまで来たのならばやるしかないのだ。
「ふぅ……、一! 二ッ!」
利き手である右手で木製の杖の端部を持ち、大きく後ろに引いてから前方に突きを繰り出す【一の段・突】。
突き出したままの勢いで体を右に捻り、円を描く様に横薙ぎに振るう【二の段・円】。
まだ薄暗い早朝の道場の床はとても冷たかったが、空気が澄んでいて清々しい気持ちになれた。
「三! からの……四ッ!」
円を描き終わり、そのままの流れで利き手後方に杖を引きつつ、同時に左足を前に踏み込む。
そして杖の端部を床に叩き付けて棒高跳びの要領で跳躍しつつ、空中で杖を両手に握り直して振り下ろした【三の段・疾】。
その流れを崩さず床に叩き付けた杖を、更に床に突き出し、その反動で素早く後退。
【四の段・影】で相手の背後を取る様に移動する。
「っと、【狼】ッ!」
締めは利き手で杖の端部を持って、前進しつつ杖と蹴りの打ち降ろしを連続して叩き込む【五の段・狼】。
冬真は最後に合掌して一連の動作を終える。
それから五の段以降も見せる事になり、春先にも拘らず道着を湿らせる程の汗をかいた。
そろそろ学校の支度をしなければならない時間になり、祖父から声が掛かる。
漸く朝稽古から解放される、と冬真が安堵の息を吐いた。
「ほぅほぅ、鍛練は欠かさなかったようじゃな。以前にも増してキレは良かよ。……まぁ、そろそろ頃合いかの。家に帰って来たら五十の段以降を教える」
「げっ!? ……マジか。じゃ、学校の準備する」
と、思いきや祖父からのまさかの爆弾発言。
抗議しようとも考えたが、ふと視界に入った道場の掛け時計が既に七時半を回っていた為、悪態を吐きつつ冬真はすごすごと道場を後にする。
母屋に戻ると急いでシャワーを浴び、自室に戻ると登校の支度を済ませた。
予想した時間よりも準備が早く終わったので、朝食のトーストをゆっくりと摂ろうとしたのだが、間の悪い時に呼び鈴が鳴る。
「冬真ぁ? 準備出来たと? そろそろ行っが(=行こうよ)ー!」
「女子を待たせるた、男のする事じゃなかよー!」
その後にすぐ、玄関から華と幸村の声が聞こえた。
どうやら、わざわざ冬真を迎えに来たようだ。
「……たくっ」
冬真は無視してそのままトーストにかぶり付こうとするが、どうにも廊下の軋む音が気になる。
どうやら勝手に家に入って来た様で、居間の戸を開けると意地の悪い笑顔で「おはよー」と口を揃える。
結局、その2分後に冬真は玄関を出る羽目となった。
と言う訳で今は三人で登校しているが、これと言って特別な会話は無く、ひたすら無言。
そこで華が話題を持ち出す。
「そーだ、昨日のテレビ見た? ブジテレビの怖い話特集」
「あー見た見た。学校の七不思議とか、廃墟になった病院とかだったか。でもあんな番組って、だいたい夏にやるよな? まぁ内容はそこそこイケてたから良かけどさ。冬真も見ただろ? 何が良かった?」
「別に……見て無ぇ」
どうやら話しは弾み出したようだが、見ていないのでイマイチ話しの波に乗る事が出来ない。
そもそも見た前提で話するのは止めて欲しいと願う冬真だった。
――それよりも……。
さっきの話題で、冬真は昨日の事を思い出す。
テレビ番組にどうこう言うつもりは無いが「昨日の出来事」は実際、テレビ番組に取り上げられても可笑しくは無いレベルだ。
そう考えると、何故だか笑えて来る。
これ程身近に「不思議」と言うものが存在しているなんて、考えてもみなかったからだ。
「ところでさ、ウチの学校にも七不思議とか無いか調べてみん?」
「おお! 面白そうじゃん! また昔みたいにやっか? 「守浜探索隊」みたいなヤツを!」
華と幸村は妙に燥いでいる。
まったく、高校生にもなって何をやっているのだか。
冬真は呆れながらも、さっき考えていた事と二人の発言を重ねてしまった。
つくづく「平和だな」と、そう思ってしまう。
「そんじゃ、放課後に再結成の記念すべき第一回目の会議をしようぜ?」
幸村は俺らとは別のクラスである一年一組の教室に放課後が待ち遠しいのか、鼻歌を歌いながら消えて行った。