22:球技と特務「B」
冬真は少年を地に降ろし、凄まじい速度で向かってくる砲弾に対して、銀杖を両手で持って後ろに引いた形で構える。
ただ唯一、砲弾が直線的に飛来するモノで良かった。
下手に軌道が変化されても、対応が複雑化するだけだから、事実骨が折れるのだ。
冬真は体がぶれない様に左足を強く踏み込み、上半身だけを大きく後ろに捩じる。
そして間合いを見計らうと右足で地面を蹴り、上半身を戻そうと腹筋に力を込めた。
この二つの力は互いに相乗し、体の重心を中心とした大きな回転力を生む。
「ぐっ……」
けれど想定していた不安が爆発を起こした。
銀杖を振るう速度が「あまりにも速くなり過ぎて」腕が千切れそうな程の空気抵抗を受けたのだ。
本来はこの速度で振るわなければならないが、冬真の脳内では、今のままでは使いこなせないと警鐘を響かせる。
やっぱり今の俺には無理なのか?
――だからなんだ?
どうせ砲弾を処理しなければ、どの道死ぬのだ。
なら、答えは一つに決まっている。
一瞬だけ判断を迷いはしたものの、冬真の意志は揺るがなかった。
これで決める!
九十七の段――。
全身に力を込める。
歯を食いしばる。
「葬列ッ!!」
水平一直線に飛来する砲弾らを目掛けて、冬真は渾身の力で横に一閃した。
空色に輝く刃が砲弾を一つ切り裂くたびに、冬真の腕への負担が段違いに大きくなる。
自身でも判るほど、ミシミシと筋肉の繊維一本一本が裂けるような感覚があった。
まさに筋肉の悲鳴だ。
「ぐっ……お、ぉおおおッ!」
決して無視できる悲鳴では無かったが、冬真は腹から声を出して自分を鼓舞し、精神力と気合で複数の砲弾を押し切る。
一つ、また一つと鋼鉄の塊を斬り裂き――そして振り抜いた。
結果として全てを両断して防ぎきる事が出来たのだが、結局は「根源」を叩かなければ――再度砲撃を受ける――まるで意味が無いのだ。
冬真は息も絶え絶え持てる力を絞り、高台に展開する戦車部隊に素早く接近した。
繊維の大部分を痛めた腕はずきずきと疼き、既に力は入らなかったのだが、それでもやりきらねばならない。
特務からの使命感と命の危機に対する切迫感、色々とトラブルがあり思い通りに行かなかった事への焦燥感が複雑に入り混じっていたが、それらをも次の一閃によって冬真は振り切った――振り払った。
「五十九ぅうッ!」
利き手下段から上段への切り上げと同時に、その流れに乗じて上体を反転し再び銀杖を構える。
攻防一体の稀有な技である、【五十九の段・屠雲】を冬真は連続で繰り出す。
まるで円舞でもしているかのような流れる足取りで、冬真は戦車部隊の砲塔を次々と根元から斬り裂いた。
あまりにも現実離れしているが、目の前で展開している事象は紛れも無い事実である。
その事実を理解する事が出来ない米兵達は、自問自答と否定を繰り返した。
そんな感情を抱いていたからだろう――米兵達の脳内に警鐘が鳴り響くのは、全ての砲塔が地に落ちた時だった。
最後までこの現実を否定していた者でさえ、認めざるを得ない状況になってしまったのだ。
軍用兵器が――生身の人間に破壊されたなど、前代未聞。
聞くは愚か、古い文献にもありはしない。
米兵達は、一気に血の気が引いていくのを感じていた。
まるで生きた心地がしないのだ。
「この黒尽くめの生物は危険だ!」
「早く離れなければ!」
個の不安が周囲の不安を増長させていく……警鐘がより強くなる――。
「に……にげ――」
腰の引けた一人の兵士が、上ずった声をあげる。
蒼白じみた表情を浮かべ、呼吸は浅い。
逃げようにも足が竦むのだ。
「逃げろぉお!」
それでも、叫ばずにはいられない。
人ならざる力を持つ生物への恐怖、命への危機感――その全てを受け、生存本能がとうとう各々の警鐘を叩き割ってしまった!
刹那――米兵らは我先にと潰走を始める。
皆、絶望を顔に貼付けていた。
悪魔だ! 死神だ! などと冬真の事を勝手に化け物呼ばわりしながら。
「ようやく、散ったか……ッ!?」
潰走する米軍の背を見ながら、ほっと一息吐く冬真。
けれどモノの数秒で現実へと引き戻される。
きっと先程まではアドレナリンの過剰分泌が麻酔の役割を果たしていたのだろうが、傷んだ腕の激痛が舞い戻ってきたのだ。
苦痛で顔を歪める冬真の掌から、銀杖がするりと離れる。
立っている事――ましてや意識を保つ事でさえぎりぎりの彼は、その場に崩れるように横になった。
「たく、仕様が無いのぅ」
激痛に耐えきれずにもがき苦しむ中、突如として冬真の脳内に声が響く。
聞いた事の無い女性の声だ。
まるで自分の意識とは別の意識が、そこに共存しているように思える。
――こんな時に幻聴だろうか?
そう考えるのが妥当かつ現実的だが、地面をのた打ち回る冬真には考えを纏める余力は無かった。
「イっ……、ぐぅ……ん?」
考えを纏める余力は無かった筈なのだが、ふっとした拍子に痛さが和らいだ。
全く痛くないと言えば嘘になるが、少なくともその場で立ち上がり、家に帰る事は出来そうだ。
とは言え現状は痛みが無くなっただけで、腕を摩ると皮の上からでもざらざらした感覚があった。
おそらく、筋肉の繊維はズタズタに裂かれているに違いない。
――考えただけでもぞっとする話だ。
ゆっくりと立上った冬真に、どういう原理かは解らないが情報が流れ込んできた。
現在展開している混鏡化の元凶である、コアの所在データが。
――真偽は定かでは無いが、試してみる価値はありそうだな。
彼はそう考え、すぐさま保護対象の少年の元に駆け寄り、ズボンのポケットを探る。
半信半疑ではあったものの、あった。USBフラッシュメモリーの形をした、半透明の人工物が。
あれだけ情報検索しても出て来なかったコアが、こんなにもあっさりと見つかってしまった。
余りにも呆気の無い解決だったが、まぁ結果良ければ何とやら、だ。
「にしても、一体あの声は……誰だ?」
「冬真、いったん帰りましょうよ」
「そう、だな」
色々と考える事はあるのだが、今は一刻も早く帰国するべきである。
というアリアンロッドの意見に賛同した冬真は、コアを地面に叩きつけた。
すると簡単にコアは荒く砕け、混鏡化していた世界が元に戻っていく。
混鏡化した際に立ち込める濃い紫の霧は徐々に晴れ、完全に現実世界に戻った時には、頭を揺するあの不思議な感覚も無くなっていた。
誰も居なくなった戦場に一人取り残された冬真は、少年を担いで水溜りに再び身を投じる。
鏡世界経由で日本へと帰る為だ。
少年を担ぐ時はもちろん激痛を伴ったが、元より任務の内容は「少年の保護」である。
「取り敢えずこれで……仕事完了、か」
鏡世界内でジプスへの通路を見つけた冬真は、早々に名護へと少年を引き渡した。
そして疲弊しきった体を引き釣りながら、帰路へと着くのだった。
第六話:特務と暴君「Beelzebub」 了