20:特務(7)
銀杖を握る指に一層と力を込め、米兵よりも先に動く。
「二十二の段!」
銀杖を低く構えていた冬真は、そのまま上段へと払うように振り上げた。
付属した空色の刃は銀杖に追従し、軌跡が三日月の輪郭を描く。
二十二の段・月跡だ。
刃は「ザンッ」と爽快な音を立てて、米兵一人の構えていた小銃の銃身をいとも簡単に切り裂いた。
しかし、その振り上げた勢いを冬真は殺さない。
一対多数の戦いにおいて隙を与えない事が、冬真の中でのセオリーなのだ。
「まだまだ! 四十七ァアッ!」
対極に位置する米兵の小銃を目掛けて、今度は勢い良く振り下ろした。
撓る鎖は凛とした音を奏で、輝く刃は音も無く風を切る。
二十二の段・月跡から連携しやすい、四十七の段・逆月だ。
冬真は二丁目さえ一切の躊躇いも無く、まるで紙を裂くように銃身を切り落とした。
何が起こったのかも判らずに呆気に取られ、次の動作に戸惑う米兵達。
冬真自身、叩き落とす程度を予定していたのだが、まさか切断してしまうとは思いもしなかった。
あまりにも衝撃的過ぎたが、相手も戦闘のプロである。
すぐさま態勢を立て直して、冬真へと一斉に殴りに掛かってきた。
この距離では、流石の冬真も避ける事は不可能。
迫る六つの拳。
しかし、意外にも足元は留守のご様子。
体調は悪くないし、月跡と逆月も上手く動けた。
なら、これもやれるだろうか?
冬真は丹田に力を込め、米兵達の足元を掬うように銀杖を一閃する。
「三十四ッ!」
体重移動により遠心力を高め、振るう速度を加速させた!
力は質量と加速度を掛ける事で表す事が出来る。
回転速度を上げる程に力は強くなるのだ。
米兵を一人、二人と反時計回りに体勢を崩していく。
相手の足元を狙い、態勢を大きく崩す、見た目とは裏腹に隙の少ない技、三十四の段・戒雲だ。
けれど残り二人を残した所で、米兵に銀杖を鷲掴みされて止められる。
「っ!? マズッ!」
振りほどこうにも固く握られていて、完全に逃れられない。
今、間合いを支配しているのは米兵達だ。
「調子に乗るなァア!」
詰め寄ったもう一人の米兵の、渾身の右ストレートが冬真の後頭部に炸裂した。
「ぐっ」
冬真は前のめりに倒れ、銀杖であるアリアンロッドを手放してしまう。
地味な痛みがずきずきと後頭部を刺激する。
奪い取られた銀杖は投げ捨てられ、遠くで金属の反響音が聞こえた。
とうとう冬真は米兵の一人に襟元を掴まれた。
逃げ場はない。今度こそ絶体絶命だ!
「へへ、苦しむ顔ぐらい見せろよな!」
言うが早いか、米兵達は冬真のフードに手を掛けようと手を伸ばす。
刹那、上空からアリアンロッドの声が聞こえた――。
「見よう見まねのぉ、七十八の段――」
それが彼女が意図していたかは分からないが、米兵達はまんまと上空から降ってくる声に一瞬気を取られる。
「な、今度は何だ!?」
遥か上空からの奇襲――それも生身の人間一人による奇襲――は、百戦錬磨の米兵達でさえ初めての事。
騒然とした空気で彼らは狼狽える。
長い白銀の髪を舞い踊らせ、やや丈長の白いスカートを靡かせながら、武器化を自力で解いたアリアンロッドが急降下してきたのだ。
「烈噴ッ!」
彼女はそのままの勢いで逆手両手に持つ「程良い長さのL型アングル」を、米兵と冬真付近の地面へと垂直に突き立てた。
朝から降り続く雨は未だ降りやまない。
雨により地盤がぬかるんで支持力の低下した事と、混鏡化して地質が変化した事により、L型アングルの全てを地盤が飲み込んでしまった。
「あ、あれ? 沈んじゃった」
想定していた事態とは百八十度変わってしまったが、まぁ時間稼ぎにはなっただろう。
そういう発想しか出来ない天然幻影の彼女は、どうやら事態を軽視しているようだ。
考え込むフリをするものの、特に何も考えてなどいなかった。
結局の所、答えは出ないという「答え」に到達したらしく、ケラケラと呑気に笑っている。
「へぇ、こりゃ良い女が……」
突如として空から美少女が舞い降りたのだ。興奮した男達は、下卑た声を上げながらアリアンロッドへ近づいて行く。
結果として米兵達全員の意識が彼女へと向き、冬真自身も暑苦しいマッチョから解放された訳だ。
とは言え、彼らの視線は無論アリアンロッドに釘付け。
「あいつら……アレ(異変)に気付いてないな」
ぼそりと冬真が呟く。
本当に些細な変化だが、アリアンロッドの足元が――もっと言えば、L型アングルが沈み込んだ場所が微かに盛り上がっている。
――ロッドめ、考え無しに大技を使ったもんだ。てか、烈噴はまだ見せてねぇし。