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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第6話:球技と特務「B」
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19:特務(6)

 ――やはりそうだ。


 冬真は、混鏡世界(テスカポリカ)の中では体が軽い事に気付く。

今ならこの服装と荒れた地形でも、百メートル走を九秒台で走れそうな気分だ。

妙な高揚感が湧き出てくる。

強い空気抵抗を感じながらも、彼はあっという間に瀕死の少年の傍に到着した。

それもタッチの差で米兵よりも先に、だ。


「ヘイ! ここはテロがあった日から進入禁止ダロ。どっか行きナ!」


 ぐったりと横たわる少年を抱き抱えようとすると、八名の米兵に囲まれ、その中の一人から退避勧告を出される。

どの米兵も厳しい訓練を耐えてきただろうその体は、迷彩服の上からでも分かるほど筋肉が隆々していた。


 冬真は周囲を素早く見渡す。

他に接近している米兵は居るみたいなのだが、冬真達の今居る場所に到達するにはまだ時間が掛かりそうだ。

だとしたら、さっさとコイツ(米兵)らから逃げなければ!


「……、……」

「聞こえていないのか? だったらフードを外したらどうだ?」


 他の米兵が少しムッと腹を立ててそう言うと、近付いて来て冬真のフードの縁に手を掛けようとする。


「触るな」


 黒いコートの姿は晒してしまったが、正体がバレてはいけない。

なんとしても、どうにかしてこの場はやり過ごさなければ!

その一心で冬真は、咄嗟にその手を払い除けた。

確かに混鏡世界(テスカポリカ)では体が軽く感じるが、それでも少年を抱えて走ればそれなりに遅くはなる。

だとすれば冬真の取れる行動はただ一つしかない。

この場に居る米兵達を無力化させてから逃げる事。


「あ? やんのか?」


 他の米兵は乾いた笑い声を上げながら肩に提げた小銃を手に取り、手慣れた手つきで構える。

そして素早く照準器を覗き、目を細めて狙いを定めた。

銃口の角度からして、おそらく全員が冬真の頭部を狙っている様だ。

まったく、チンピラみたいな台詞吐きやがって……。


 あぁ、軍人だろうが中身はチンピラと変わらないのだろう。

まるで脳まで筋肉で出来ていそうな米兵達の下劣な思考にうんざりした冬真は一人で考える。

そして一人で納得してしまった。


「進入禁止の勧告が出てんだ。解っていて入るって事は、そこでどんな事が起ころうと覚悟してるって事だ。例えば敵との応戦時に「偶然流れ弾が一般人に当たった」とかな」

「……はぁ」


 脳筋のくせによく口が回る輩だな。

冬真からしてみれば呆れを通り越して、(あわれ)みの感情さえ抱いてしまいそうだ。

そもそも大の大人が、寄って(たか)って子供を脅す事などあってはならない。


「なんだぁ!? へへ、怖くてチビッちまったか?」


 一斉に引き金に手を掛けた米兵達は、ニヤニヤと下卑た表情を浮かべている。

その距離、銃口から冬真までは僅か二メートルも無い。

 そこでまた一つため息が零れる。


 ――そう、世の中にはいるのだ。


 人を殺すことに快感を覚える輩が。

退避勧告を出したのは所詮、建て前でしかない。

どうせ対象の少年の事も、ただ殺すには飽き足らず、玩具として惨たらしい扱いをするに決まっている。


「もう我慢ならねぇ。シカトしてんじゃねぇよッ!」


 激昂した米兵達には、この無言の間がどうにも耐え難いものだったらしい。

長きに渡る冬真の無反応に痺れを切らした米兵達は、一斉に引き金を引き絞った。

短く小さい発砲音が響き、螺旋回転を加えられた弾が銃口から撃ち出された。


「……下衆が」


 奴らの指に注意していた冬真は、引き金を引き絞る瞬間を見逃さない。

素早く身を低くして、反撃の予備動作に入っていた。


 と、そこへ鎖の擦れる音が小さく凛と響く。

それと同時に姿勢を低くするだけで十分にも関わらず、突如として冬真の上体は異様に強い力で下方向に引っ張られた。

杖鎖刃の鎖が勝手に動いて足首に絡み付き、引っ張ったみたいだ。

その所為(せい)で冬真は、顔面を思いっきり地面へと打ち付けた。

痛いものはどうしようと痛い。

冬真は苦痛に顔を歪めた。


「ったく、余計な事を! 七ッ!」


 アリアンロッドへの苛立ちが増えたのは言うまでもないが、だからと言って今は彼女といがみ合う時ではない。

素早く態勢を整えて姿勢を低く保ちつつ、水平方向に銀杖を大振りして反撃に出る。

平面に広範囲を薙ぐ技、七の段・旋を放つ。


 けれど相手も訓練と実践で鍛えたプロである。

米兵達の反応は早く、その時点で二発・三発目が発砲された後であった。


 ――チッ、しくった!


 そう確信した冬真は攻撃の手を止めて、本能に身を任せる。

腕を交差させて頭を守る態勢を取り、強く目を瞑った。

隠密行動を破った結果がこれだ。

自分の軽率さには反吐が出る。

冬真は死を覚悟した。

直後、激しい衝撃が頭部を肩を――次々に体中を襲う。


 けれど、即死ではなかったらしい。米兵らの話声が耳に入った。

脳はまだ活動を続けているのだろうか?

まったく、自分の悪運の強さには驚かされる。


「何故だ!? 確かに脳天を狙った筈なのに、血の一滴すら出ないなんて」


 冬真がおずおずと目を開けてみると、米兵達はホリが深く濃い顔に似合わない表情をしていた。

先ほどまでの彼らの威勢はどこに行ったのか、皆目見当も着かない。

けれど、どういった要因があろうと、結果は冬真に「生」を与えた。

到底「奇跡」という言葉では片付ける事は出来ないが、理由を調べている暇なども無い。

とにかく今は突破口を開くだけだ!

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