18:特務(5)
想像だにしない力に成す術も無く、軽装備の兵達は一瞬にして体ごと吹き飛ばされる。
その威力は、放たれた銃弾さえ弾き返してしまう程だった。
推進力を失った数多の銃弾と薬莢は、雨と共に地面に降り注ぐ。
立て続けに反響する金属音は、現在の状況に反して耳当たりの良い音楽を奏でた。
「ば、化け物がぁッ! 撃て、撃てぇええ!」
隊列から遠く離れた場所から部隊長が叫びにも似た命令を下し、すぐさま信号弾を上空に打ち上げた。
赤弾が三発、遠目からでも確認出来る。
あれは何の合図だろう?
冬真がそう考えるのも束の間。
空を切り裂く音が聞こえたかと思えば、少年の居た辺りで複数の炸裂音が轟いた。
「この爆発の威力は、もしかして!?」
入射角度からしておそらく左から発射された筈。
素早く視線を左に走らせると、信じられない物が眼前に展開している。
雨音に紛れて漏れる排熱機関の音は、技術の進歩した現代であっても意外と大きい。
複数の砲塔からは硝煙が立ち上っている。
けれど降り続く小雨によりすぐに晴れていき、それらは姿を現した。
この廃墟に都市迷彩の塗装など無意味だ。
まさか平和な日本で生きてきた一介の高校生が、現役の米軍戦車部隊を生で見るなど夢にも見なかった。
ざっと数えて六台も配備されているではないか。
「おいおい、そこまでするか、普通……って、アイツは!?」
瓦礫の陰からひっそりと身を乗り出して少年の姿を探すが、着弾した場所には人影など無かった。
あんな爆撃を生身で受けて、元より生存など出来る筈が無いのだ。
雨音がいつもよりも嫌に大きく聞こえる。
その場に居た誰もが、そう感じていたに違いない。
目の前で人ひとりが跡形も無く消し飛んだのだから無理もないのだ。
そもそもの作戦目的を知る筈もない位の低い兵士達は、アホ面を晒してその場に突っ立っていた。
しかしながら改めて現状を見て、元が廃墟同然の工場跡という事を加味してもやはりこれはやり過ぎだろう。
素人目からしても、そう思える程の悲惨さだった。
「こりゃあ……肉片でも残っていればいいけど」
「もう! 不謹慎です! それより、あの子の検索をしなくてもいいんです?」
ぼそりと呟く冬真の頭にチョップを下したアリアンロッドであったが、まったくもって痛くはない。
まぁ仮に痛いと感じたら、冬真は全力でアリアンロッドにローキックをお見舞いしそうだが。
「いーからお前はコアの検索に専念しろ!」
ローキックの代わりに、両手の拳骨を彼女の蟀谷にグリグリと擦り付けた。
どうやら髪の毛の擦れる音が聞こえる程に力を込めているらしい。
「あうぅ、いーたーいーッ! でぃーぶいですよ! Domestic Violence!」
冬真が手を放した後も奇声を発しながらもだえ苦しむアリアンロッド。
苦し紛れに発した彼女の英語は、ムカつく程に発音が良かった。
DVとは家庭内暴力を意味する言葉であり、この状況は夫が妻に暴力を振るう事を意味する。
アリアンロッドの脳内では、つまりはそういう事らしい。
流石の冬真も発言の意図は理解出来たが、敢えてスルーする。
そしてすっかり赤くなった蟀谷を抑えるアリアンロッドに情報検索を急がせた。
「……ん、……」
冬真の脳内を様々な思考が渦巻く。
いくら赤の他人でも、目の前で死なれたら寝覚めが悪いか。
不意を突いたにしろ、一斉に六発はあんまりだろう。
苛立ちにも似た感情が彼の胸の奥底から湧き上がってきた。
冬真は暫く考え込んだが、こうなっては後味が悪い。
その上、名護への報告もどうしたものか……非常に考え物である。
そもそもあの少年が冬真と同じ稀人ならば、多少は体が頑丈になっている筈だろう。
そう考えると、少年が生きている可能性がゼロになった訳ではない。
「だーッそ! ロッド、あいつの居場所を検索しろ!」
「は、はい!」
冬真が怒鳴る様にアリアンロッドへと指示を変更する。
すると彼女は表情をパッと笑顔に変えて、すぐさま脳内でレファレンスの検索項目を変更した。
「あ! 良かった、生きています! 辛うじてですけど。場所は、あそこです!」
一分と経たずに、アリアンロッドは少年の所在を突き止めた。
小さなコアを探すよりも相対的に大きい少年の方が検索しやすかったのだろうか?
彼女が指で示したのは爆心地よりも数十メートル離れた鉄片の際だった。
少年はぐったりとうな垂れている。
それでいて鉄鎚はしっかりと離さなかったようだ。
もしかしたらあの金槌が少年の幻影なのだろうか?
ともあれ、鉄鎚は主人を他所に鉄片に噛り付いている。
「ったく、ガキが……」
「もう! ガキは関係ありません。急ぎましょう! 米兵も気付き始めたみたいですから!」
アリアンロッドの言う通り少数ではあるが、米兵が少年を捕えようと辺りを警戒しながら近づいているのが見えた。
「幻装・杖鎖刃。四の五の言っている暇は無さそうだ……多少は無茶する」
「了解です!」
小さな敬礼を冬真へ向けると、彼女はつま先から白銀の粒子となって宙を舞う。
それらは全て彼の右手に収束して、一本の棒を形成した。
そして先端に、三日月状の刃の付いた空色の長い鎖が付与する。
――毎回のように思うけど、杖鎖刃って釣竿と鎖鎌足して二で割った感じだな。
「とーま? 分かるんですからね?」
冬真がそんな事を考えていると、明らかに不満そうな声色でぼそりと呟く彼女。
どうやら彼女にとって、釣竿と称されるのは好ましくないらしい。
「バカ(な事を)言ってないで、とっとと行くぞ!」
「えぇ!? な、何で私が!?」
言うが早いか、冬真は素早く瓦礫の陰から抜け出すと廃墟を駆けた。