14:特務(1)
◇ 05月30日 (水) ◇
日は明け、球技大会の翌日。
いつも通りの騒々しい教室に入ると、全員の視線が一斉に冬真へと集まる。
そして一瞬の沈黙の後、祐紀を中心にして名も知らぬクラスメイト達が冬真に詰め寄ってきた。
「おはよう、冬真くん」
「あ゛?」
昨日の事件は「過ぎた事」として、あくまで自然体で接しようと意気揚々に挨拶を掛けてくる祐紀に対し、冬真は当然の反応を示す。
こうも朝からテンションの高い奴を見ているとブッ飛ばしたくなる。
そもそも奴(祐紀)は、自分のやった事がどれほど重罪か本当に分かっているのか?
それはそうと、祐紀の周りでニタついているクラスの連中を見ると苛立ちが増すのは、きっと自然な事だよな?
内心ではそう考えていたが、彼が敢えて口にする事は無かった。
どうやら「(彼の)態度で察しろ」という意味らしい。
「邪魔、通れねぇ」
「ご、ごめん」
「……、……」
冬真が無理矢理その通路を通ろうとすると、外野の連中はさっと脇に避けて道を作った。
そもそも当初は外野に対して怒っていた訳では無かったが、態度をすぐに切り替えられるほど冬真は(人間性として)器用な方では無い。
きっと、祐紀に対して苛立っていた表情を、いつの間にか周囲にも向けてしまったのだろう。
まぁ、そもそも些細な事を気にする冬真では無い。何食わぬ顔でそのまま自席に直進し、鞄からタオルを取り出す。
そして丸めて机の上に置いて枕代わりにし、昼寝の態勢をとった。
けれど、別の「奴」がそれを妨げる。
「冬真ぁ~……て、もう寝るの!? 早ッ! あんた……早ッ!」
冬真の到着より少し遅れて教室に入ってきた華が、彼の頭上でやんややんやと一人で騒ぎ出した。
安眠を妨げられた――そもそも寝入ってすらいないが――冬真は恨めしそうに華を睨み付ける。
なに「大事な事だから二回言いました」みたく、ドヤ顔で言ってやがる。
その瞬間、冬真の苛立ち度に、更に拍車が掛かった。
「血が足んねぇの知ってンだろ?」
ぶすっと不貞腐れた表情で冬真が言う。
「じゃー、休めばよかったじゃん。てか、あたしの血でよかったらあげよっか?」
ドヤ顔をやめたと思いきや、今度は真面目な表情で華は言う。
そんな事、間違ってもやってみろ。
死ぬぞ、俺。
冬真は内心、華の発言に対して冷静な突っ込みを入れる。
「血液型違ぇーだろ、バカ」
「ああ、そっか。冬真って、大雑把だもんね」
「おい全国のO型の人に謝れ」
すると華は、明らかに小馬鹿にした目で冬真を見た。
どう突っ込んでいいのだろうか?
そもそも血液型が違うから、何を連想したのだろうか?
……、今に始まったことではないが、そんな華を見ていると気が滅入ってしまう。
話すたびに苛立ちが増えるという不思議な現象。
正に手品だな。
冬真は内心、自嘲気味に笑った。
「って、電話鳴っているんじゃない?」
苛立ちの所為だろう、華に指摘されるまで冬真は自身の携帯電話の着信に気付かなかった。
バイブが早く途切れないのは電話なのだろう。
冬真が手早く携帯電話を開くと、ディスプレイには名護と表示されている。
仕事の内容だろうか?
現在発注されている仕事は無い筈だから、仕事の話なら新規なのだろうか?
そう考えながら冬真は席を立ち、誰にも聞かれないように廊下の窓から首を出して通話ボタンを押す。
「なに?」
「今週の土日、どうせヒマだよな?」
受話器の向こうからは、やる気も抑揚もない男の声が聞こえる。
「唐突だし、失礼だな。ま、ヒマだけど」
「お前、ホントに可愛くないよなぁ」
抑揚の無い声調で、不満そうなセリフを呟く名護。
そういう他人を小馬鹿にした態度が、事実気に入らないのだが?
冬真の蟀谷が思わずぴくりと反応を示す。
「切るぞ?」
「待て待て、本当に用事あるって。今日の放課後に一人でジプスに顔を出せ。ンで、この事は他言厳禁だ。良いな?」
慌てた様子で冬真を引き止めて、名護は必要な用件を伝える。
「一人で」という単語が妙に引っ掛かるし、なにより名護は頭が相当キレる人物だ。
何か重要な事を押しつけようとしているに違いない。
そういった考えを巡らせれば巡らせるほど、冬真の気は重く、気が進まなくなるのだ。
「……、それだけか?」
おずおずと、探りを入れる冬真。
十中八九、名護には裏があると踏んでいたからだ。
「そーだ。まァ、詳しい事は放課後、直接会って話をする。じゃあな」
用件を伝えた名護は、一方的に通話を切った。
「……、ん……」
複雑な気分だったが、ここまで言われたら直接会って内容を聞かない訳にはいかない。
いつも通りに残りの授業を流すように消化し、放課後を待つ事にした。