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浸喰のヴェリタス -破滅の未来ー  作者: フィンブル
第6話:球技と特務「B」
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13:空腹な少年

◇ ◇ ◇

 一方その頃、とある国の工業都市は異様な空気に包まれていた。

原子炉や送電鉄塔は見るも無残に倒壊し、至る場所で悪臭と黒煙が立ち上っている。

当都市をはじめ、周辺都市への電力供給を担っていた大規模なプラントであったが、現状がこの有り様では復旧の見通しもつかない。

一体、何故こういった状況に陥ってしまったのか。それは数時間前に遡る――。


 この日も普段通りに、早朝から各種の整備点検が厳重に行われていた。

点検自体は毎日のタイムサイクルに組み込まれているが、主要都市と隣接していた為に、気を抜く事を許されない重要な作業である。

この為プラントの規模を(かんが)みても点検だけで半日を要するのだが、そんな昼下がりの数十分の間に事件は起こった。


 最初はほんの些細な噂から始まる。

なんでも、厳重な警備で固められたプラント内に、少年が侵入したとの事だ。

どうやって入り込んだのかは定かではないが、悪戯をされる前に、とにかく早急にプラントから追い出す必要がある。

上からの指示で昼休憩も早々に済ませた一部の若手整備士が、少年の捜索に取り掛かろうと重い腰を上げる――その時だった!

突如として大気を震わせるほどの爆発音が、遠く離れた管制施設まで轟いたのだ。


「一体、何事だ!?」


 敷地内に居る関係者らは一斉に、音のする方へと視線を向ける。


「これは一体……!?」


 思わず絶句する面々。数ある鉄塔の中でも取分け大きいモノが、見る見るうちに傾いていくではないか。

そうして一分も掛からずに、周りの小規模な鉄塔を巻き込みながら倒壊してしまった。

鉄塔の自重に耐え切れずに断裂したケーブルの端からは、高圧電流が火花となって(ほとばし)っている。

その場に居る誰もが突如起こった「この不可思議な現象」に唖然とした態度で立ち尽くしていた。

けれども「不思議な現象」は人間の脳の処理を待ってはくれない。

第一陣を皮切りに、様々な場所から立て続けに轟音が響き、悪臭と黒煙を立ち上らせる。

(かつ)て、このような状況に陥った事など一度たりとも無かった。


「一体何があった!?」


 などと無為な質問が飛び交う中、管理局長が現状の報告を(あお)ると、暫くして各所から次々と挙げられた。

全ての報告に一貫性はあるものの、到底現実的ではない。

報告者は皆、声が震えていた。

まるで悪魔でも見たかのように、絶望を顔に張り付けている。


「第三原子炉より報告です。例の子供がプラントを破壊しています!」

「第五冷却施設には紫の深い霧が掛かっていて、視界が酷く悪いです!」

「第二送電鉄塔付近には大きな地割れが多数! 近寄れません!」


 報告を受けた管理局長は「何を馬鹿な! そんな事があるわけ無い」と言いたかったのだが、言い切る前に激しい床の揺れにバランスを崩して椅子から転げ落ちた。


「局長、指示を! 作業員の避難と原子炉の隔離閉鎖の指示は終わっています!」

「どうしましょう? えっと、災害マニュアルは……っと――」

「地震ではないんですか!? ニュース速報は出ていなかったみたいですけど」


 他の職員らもこの激しい揺れには動揺を隠せないでいた。


「一体、何が起きてるんだぁあッ!?」


 その後、大揺れの第二波、第三波が管制施設を襲う事になる。


――これが数時間前に起きた出来事だ。


 ◇ ◇ ◇

 全てが瓦礫と化した現地時間午後六時頃、通報を受けた警察と救急車が漸く到着する。

何故これほどまでにも時間が掛かったのかというと、何も襲われた場所がプラントだけではないからだ。

この短時間で被害を受けた都市は実に五件に及ぶ。

そのどれもが、致命的な損害を被っているので洒落にはならない。

それに加え交通機関も甚大な被害を受けている。


「これだけの被害だ。生きている奴なんかいないサ」


 殆どの警官がそう思いたくなるのも無理はないが、誰一人として口には出さなかった。

口に出してしまったら、今の御時世だ。

すぐにネットを介して拡散してしまいかねない。

そもそも、人類の希望となるべき国家組織が「そんな言葉」を発して良い筈が無いのだ。

とは言え、それから小一時間ほど捜索を続けたが、死亡者数が想定を遥かに超えていた。

流石の警察もこの結果には気が滅入ってしまう。

結局、この工業都市には生存者がおらず、捜査は難航を極めた。

一人でも生存者が居れば聞き込みも出来ようものだが、この時点での生存者は皆無だった。


 と、そこへ瓦礫が崩れる音と共に一人の少年が姿を見せる。

疲弊しているのか足取りも覚束ずに、ふらふらとこちらに向かって歩いてくるではないか。


「おーい、生存者がいたぞ!」


 警官の内の誰か一人がそう叫び、周囲に知らせる。

これまでの捜索が無駄ではなかったと次々に歓声が上がった。

しかしその歓声を遮ったのは別の警官の悲鳴。


「に、逃げろぉぉおおッ!!」


 近くにいた他の警官も同様に叫びながら退却してくる。

月光が降り注ぐ場所に少年が差し掛かると、姿を青白く照らした。

キャラクターの絵柄入りの半そでと半ズボンを(まと)った少年は、至る所がみすぼらしい程に汚れている。

背丈からするにおそらく小学校低学年くらいだろう。


「良かった、生きているヒトが一人でも居て!」

「って、なんだアレ? 鉄鎚(かなづち)か?」


 彼の右手には、彼の五倍程の大きさの鉄鎚が握られていた。

重厚感のある鈍色に光るそれを引き釣りながら、少年は警官らの元へ歩を進める。


 一身に潰走(かいそう)を続ける警官らを尻目に、「事情」に気付かない数十名の警官らは悠長に少年を観察し始めた。

そもそも、その金槌が普通サイズだったとしても、こんな惨状で子供一人が生存出来るとは考えにくい。

その上、この「紫の霧」の成分が分からない以上、その場に留まる事を危険だと判断した警察本部は即刻、撤退命令を下したのだ。



◇ ◇ ◇

 完全に誰も居なくなった工業都市。


「なんだ、遊んでくれないんだ。……おなか、空いたなぁ」


 寂しそうな少年は一人、その場にへたり込んで空を見上げた。

すると、どこか遠くから腹に響くような重音が近づいてくる。

一体、どこからだろう?

そう考えた少年は辺りを見渡す。

 少年が暫く空を眺めていると、二台の戦闘機と金切音が同時に通過し、数瞬遅れて空から何かが降ってきた。

大型の榴弾だ。


「何だろう、あれ」


「それ」が何かも分からない少年は目を輝かせてその場に立ち上がり、鉄鎚を両手で担いで落下物への間合いを見定める。


「んー? お菓子、じゃない? だったら、壊れちゃえ!」


 食べ物ではないと判断すると少年は大槌を後方斜に構え、体重移動と遠心力を加えて大振りする。

そうしてスイングスピードがトップの状態で榴弾に大槌をぶつけた。

すると金属の軽快な反響音と共に、それは夜空に打ち返された。

間もなくして上空で大爆発を引き起こす。


「あははっ、飛んだ飛んだぁ! 大花火ぃ!」


 無邪気な笑顔で喜ぶ少年は、きっと遊びか何かと勘違いしているに違いない。

それ以前に、実際に榴弾を投下した戦闘機の機長らは驚きを隠せないでいた。


「バカな!? 榴弾だぞ!?」


 そもそも、着弾後に爆発を起こす筈のものが、どうして空に打ち返され、時間差で爆発したのか。

どうにも理解の範囲を超えている。

相手はたかが「人間」の子供一人だ。

出撃前に、巨大な金槌を扱う子供がいると、一応の報告は受けているが、実際に目の当たりにしてなお、現実を受け入れる事が出来ない。

その上、目の前で榴弾を打ち返した?

 これは、もはや人間業ではない……最初からおかしいと思った。

何故、子供一人に榴弾など高価な弾を打たなければならないのか、と。


「こんなもの、我々だけで対処出来る筈が無い。上層部め、一体何を考えてる?」


 機長は上層部の考えに対して、怖気が走るのを感じてならなかった。

情報の出回りが早い所を鑑みれば、おそらくこの事について知っていたか、大凡の見当が着いていたと考えるのが妥当だ。


「一旦、帰投するぞ」


 大きく旋回し、戦闘機二機は帰路へと着く。

その日、都市の開発が行われて以来、初めて静かな夜を迎える事になる――。

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