夕刻の焔色に燃ゆる空。
19××年7月11日
願ヶ淵と嶺本町を繋ぐ山道で、願峰岳の大規模な土砂崩れが起きた。
被害者は願ヶ淵に住む14才の少女、白沢 茜 一名、彼女は弟と共に通学中だったとのこと。
事の成り行きを見ていた老人の話だと、少女は弟とともに楽しく話していて、ふと見上げたかと思うと、「危ない!」と叫び弟を弾き飛ばして自身も逃げようとするも、すんでのところで間に合わず、土砂に飲み込まれたという。
「……? お姉ちゃんの顔に何か付いてる?」
無言でお姉ちゃんの顔を見つめていたせいか、怪訝な顔をしながら聞いてくる。
動いている、生きている、感情の昂りからか、私の目から涙が零れる。
「ど、どうしたの丹波!? お腹痛いの!?」
涙を流す私をお姉ちゃんが心配そうに見つめる。
「ご、ごめん、何だか嫌な夢を見ちゃって、お姉ちゃんの顔を見たら安心しちゃって……」
「そっかぁ、よしよし、もう怖くないよ……」
暖かい手が僕の頭を撫でる。
「でも学校に遅れちゃうから、早く顔洗って朝ごはん食べに降りてこようね?」
あやす様にそう言いながら、お姉ちゃんが部屋から出る。
布団から出て日めくりカレンダーを見ると、7月10日の月曜日、つまり明日お姉ちゃんが死んでしまうことを暗に示していた。
連日の雨が止み、今日が爽やかな快晴であることをテレビが告げる。
午前7時49分、ゆっくりと朝食を食べていては遅刻してしまう時間だ。
「丹波も茜も遅いわよ、食パン焼いといたから早く食べていきなさい。」
「「はーい」」
姉弟揃って返事をしながらパンを受け取り、素早く食べる。
「ほら、お父さんも新聞読んでないで早く食べて!」
「うーい」
父も生返事を返しながら、パンを齧る。
「「いってきまーす」」
「気をつけて行きなさいねー!」
母の怒声にも近いお見送りの声を聞きながら、僕達は家を出た。
ジャワジャワジャワジャワジャワジャワ
茹だるような暑さの中、クマゼミが五月蝿いくらいに鳴いていた。
毎朝散歩をしている山川さんに挨拶して追い越しながら、僕達は登校していた。
「とーこーろーでー、丹波、泣くほど怖い夢って一体何を見たのさー?」
イタズラな笑みを浮かべながら、お姉ちゃんが聞いてくる。
「な、何でもないよ!?」
「まぁまぁ、茶化したりしないからお姉ちゃんに言ってみなさい。」
「関係ないだろ!」
「おやおや〜? 丹波は反抗期かなぁ?」
ふと、脳裏に電流が走るような感覚がする。
「あの日」と同じだ、つまり今日は10日ではなく……
ふと願峰岳を見上げる。
すると、今まさに、運命の樹木が一本倒れたばかりだった。
「お姉ちゃん危ない!」
上を指差し流れてくる土砂を示すと、すぐに理解したお姉ちゃんが走り出す。
このままじゃ間に合わない。
そう思った僕はお姉ちゃんを突き飛ばして更に遠くまで逃がす。
もしかしたら、あと少し……
……!?
何かに強く足を掴まれるような感触と共に、歩みが止まってしまう。
そして僕は、そのまま流れる塊に飲み込まれた。