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on the hill

 二輪の花が風で揺れていた。白くて小さい花びらをつけた、背の低い花。花は小高い丘のてっぺんに咲いている。丘の頂上からは夕焼ける海が見えた。花は海のさざめき煌めくさまを見下ろしているようだ。


 丘の下には朽ちた街。灰色の街を潮風が吹き抜け、冷気がやってくる。乾いた土と錆びた鉄の匂いが、街を支配している。壁が崩れ黒ずんだ鉄柱がむき出しになった家の中には、誰もいない。


 忘れ去られたこの街にも、かつては人の営みがあった。不愛想なおじさんがいて、口うるさいおばさんがいて、走り回る子供がいて、大人ぶったカップルがいて。そして、あの少年と少女も、この街に生きていた。


 少年は、街の外に行くことを夢見ていた。褐色の焼けた肌と色の落ちた髪はいかにも海沿いに生きる男の子。彼の目は、いつだって未来への期待に輝いていた。


 少女は、本が好きだった。豊かな黒髪を垂らし、いつも目立たないところで本を読んでいた。町の外のことも本を読んで知っていたけれど、実際に見たことはない。興味はあったけれど実際に行く勇気はない。街を出ると言ってはばからない少年のことが少し羨ましかった。


 街が滅びると分かったのは二人が十六歳の時だった。隣国どうしの戦争で用いられた化学兵器。その兵器によって発生した物質が、渚のそばの二人の街まで飛来してきたのだった。その物質は人間の体に異常を起こし、死に至らしめた。


 それを知っても、意外なほど多くな人が街に残った。二人を含めて。親からは街を去れと言われたのに。


 最期の日、二人は丘の上で街を見下ろしていた。夕日が見える、二人のお気に入りの場所だった。街に残った人はみんな死んで、街は閑散としている。二人が最後の生き残り。


「成人したら、結婚式挙げようよ」


 少女が言った。


「そうだなあ。どうせなら、ここよりずっと大きい街の教会で挙げようぜ」


 少年は答えた。


「ううん、ここでいい。この街の外に行くのは怖いもの」


「そんなことないさ。街の外に行ったって、故郷はなくならない。帰る場所はなくならない」


 そんな会話の後で、二人は静かに見つめ合った。二人の肌には赤いあざ。物質による症状。夕日は今まさに地平線の下に隠れようとしていた。二人はキスをして、静かに目を閉じた。生気のない街のそばで、二人のまわりだけが暖かかった。


 ――それから何十年もの月日が流れた。七十年は草木も生えないと言われたこの街には、もう誰も住んでいない。けれど少しずつ、緑は戻りつつある。そして、二人が好きだったあの丘には、二輪の花が咲いている。

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