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透明人間

 人には誰しも悩みがある。例えば僕の前では毎日小指を壁にぶつけるおじさんが歩いているし、その隣では他人にパンツを見せたい欲求を抱えた女子高生がどうにか普通を装っている。僕の後ろでは結婚したい彼女とはぐらかし続けている彼氏のカップルが喧嘩してる。朝から元気いっぱいでよろしい。


 そしてこの僕にも悩みはある。僕は透明人間なんだ。比喩とかじゃなく、本当に他人には僕のことが見えない。


 透明になれたらいたずらし放題なんじゃないか? それこそ、覗きもし放題……なんてことを考えながら眠りについて、起きたら透明になってた。透明人間になってすぐはラッキー、って思った。元の体に戻れないと知るまでは。興奮はやがて不安になり焦りとなって絶望へと変わった。


 一番つらいのは、他人に触れることさえできないってことだ。透明というより、世界から僕という存在がなくなってしまった、っていうのが正しいかも知れない。幽霊、みたいな。僕は僕がいるってことを誰にも知らせることができない。


 透明になってから、僕は他人のことをよく見るようになった。まさか僕に見られていない、街行く人々は、ふとした瞬間に本当の表情を見せる。こっそり変顔してみたり、にやにやしながら動画を見たり、友達と別れた後すごく怖い顔になったり。みんな仮面をかぶっているけど、仮面はとてもはがれやすい。


 そして、仮面をかぶるってことは誰かと関わりがあるってことだ。他人と関わりを持てなくなった僕にとっては、とても羨ましいことだ。仮面をかぶれるって、案外幸せなことなのかもしれない。


 だから僕は、みんなには他人を大事にしてほしい。他人を大事にできるって幸せなことだから。


 そして欲を言えば、僕が元の体に戻る方法を見つけてほしいかな。僕は渋谷駅のハチ公前で、座って君を待っている。

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