グロテスク
人が壊れたらどうなるか、僕は知ってる。同じことを馬鹿みたいに繰り返すようになる。でも頭は働いている。「今」から抜け出そうと必死で考えている。けれど考えているつもりで、考えられていない。あるレベルに達すると、それ以上のことが分からなくなり、思考は振出しに戻る。
僕は壊れている。壊れていることを自覚しながら、元に戻れないでいる。毎日毎日包丁を持って気まぐれに民家を訪れ、人を殺し、「家」に帰る。これがいいことなのか悪いことなのかはもう思考の外にあって、ただ人を殺すことだけを考えている。どうやって、どれだけ人を殺したら元に自分に戻れるのか。それだけを考えながら。
仲間と過ごした時間はまだ、輝かしい記憶として残っている。「家」にまだ人がいた時。悪ふざけして、喧嘩して、一緒に泣いて、助けあって生きたあの時。けれどこの記憶は血塗られた記憶でもある。あの日、僕が「家」を抜け出したあの日、「大人たち」は仲間を全員殺した。家無し子なんて存在を社会から抹消するため。
殺された仲間たちの姿を見た。内臓がむき出しになり、顔が判別できないほど潰れ、血だまりと肉塊になって、それでも服装から誰の死体かを判別できた。どうしようもなく現実だった。
ひょっとしたら、誰かを殺したらその魂が仲間たちに宿って蘇ったりしないだろうか。そう考えたのが運の尽き。僕はただの殺人鬼と化した。
それから随分時間が経った。もう仲間が生き返らないことは分かってる。けれど僕は殺人を止められないでいる。
そして今日もやっぱり僕は、殺人をやった。三人家族だった。大人の男と女がいて、ベッドでは中学生くらいの男の子が寝ていた。全員殺したけれど、何も感じなかった。
殺した後はいつもやるせなくなる。僕は、どんどん冷たくなっていく少年の横に座ってため息をついた。
「お前はどんな奴だったんだ?」
そう言って少年の方を見た時、妙なものを見つけた。僕が割いた少年の腹の中で、何かが光っていた。それが気になって覗き込む。けれど、何も見えない。
突然、少年の腹の中から何本もの腕が伸びてきた。腕に鷲掴みにされ、そのまま少年の腹へと引きずり込まれる。僕は思わず目を瞑った。
目を開けたとき、視界に広がっていたのは一面真っ白な花畑だった。きょろきょろと辺りを見回す。こんな場所に心当たりはない。
ふと、名前を呼ばれたような気がした。辺りを見回す。遠くに、仲間の顔が見えた。確かに仲間の顔だ。とても楽しそうで、幸せそうで。僕は思わず駆けだした。いや、駆けだそうとした。
僕の足を誰かが掴んだ。この大事な時に。足元を見る。僕を掴む腕は、地面の黒い泥から伸びていた。泥から、目が落ちくぼんだ黒い顔が現れる。憎しみという感情を、僕は初めて理解した。
「みんな! 助けて!」
声を張り上げる。誰も気づかない。
「みんな!」
唐突に足を引っ張られ、僕は泥中に引き込まれた。仲間の姿が見えなくなる。これは罰なのだろうか。僕は考える。ただ、考える。しかし分かるのは一つだけ。仲間の顔は幸せそうだったということ。
息ができなくなり、朦朧としだした意識の中で、僕はただよかったと、そう思った。




