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小説家

「赤井裕二郎と最後に話した時、僕らはやはり旧校舎の図書室にいた。


 赤井裕二郎は大変な読書家だ。暇さえあれば本を読み、暇がなくても本を読む。国語の授業など、教科書の類は閉じたまま持参した本を読む始末だった。


 赤井と初めて話したのはゴールデンウィークが明けた最初の登校日のことだった。赤井ほどではないとは言え、僕も本は読む方だ。ゴールデンウィークの暇をつぶすため、数冊本を借りたのだが、それらを返却するため第一校舎の図書室に立ち寄った。そこで本棚を物色する赤井を見つけた。


 赤井とは同じクラスだった。なので面識がないでもない。だが話したことはなく、今後もないつもりでいた。しかしゴールデンウィーク明けのその日はなぜか、無性に彼に話しかけたくなったのだ。


「赤井くん、だよね」


 こちらを向いた赤井の不愛想な顔には、少しばかりの驚きと戸惑いが現れていた。その表情を見て僕は少し申し訳なくなり、だが話しかけた以上は、ええいままよ、と話し続けた。


「いや、その、普段図書室では見かけないから……」


 僕の言葉をどう解釈したのかは知らないが、赤井はああ、と呟き、


「普段は旧校舎の図書室にいるからね」


と言った。その言葉に、僕は少なからず驚いた。


 旧校舎の図書室は、一応生徒の利用は可能だ。だが、そこにあるのは堅苦しい学術書や哲学書、洋書と近代文学で、中学生が手に取るには難解なものが多いからだ。


 ともあれ、僕と赤井との繋がりができたのはこの時だった。僕はこの日のことを決して忘れないだろう。


 赤井とはその後何度か図書室で会った。そして親しくなるうち、僕は赤井に勧められるまま旧校舎の図書室に通うようになった。旧校舎の図書室にある本はやはり僕には難しかったけれど、いくつか面白いと思えるものもあった。


 よく二人で、小説の話をした。あの作家は面白い、あの作品は駄目だ、あの作家はミステリよりファンタジーの方がよほどいい、などなど。赤井の知識は尽きることがなく、僕は感心させられっぱなしだった。


 最後に会ったあの時、小説を書いていることをぽろりと零してしまった。慌てて今のは忘れて、と言ったのだが、赤井は興味を持ったようだった。


「君の小説は読んでも不快にならないだろうな。ぜひ今度読ませてくれ」


「いやいや、僕のなんてまだまだ拙いし……」


「文がうまいか下手かはどうでもいいんだ。なんなら話が面白いかどうかもどうでもいい。僕が気になるのはね、君の人間性だよ。小説っていうのはどうしたって、書いた奴の人間性というのが出てくるものだからね」


 そう言って赤井はにやりと笑った。僕は気恥ずかしさを紛らわすため、赤井に反論してみせた。


「そうでもないさ。作品ごとにがらりと作風が変わる作家もいる」


「それでもだ。作家の人格は現れるよ。自信のなさが現れたり、それを隠そうとするプライドの高さが滲み出たり、プライドの壁による寂しさを漂わせたり。文章には必ずその人が出る」


 やけに詳しく語る赤井に、僕は少し呆気にとられた。


「随分詳しいね」


「僕も書いていたからね。随分前にやめたが」


 そう言う赤井の顔はどこか悲しそうで、読みたいとは言えなかった。数多の文章を読んできた赤井だ、自分の文章と他人を比べて嫌気がさしたのかもしれない。ともかく、僕は深く追求することはしなかった。


 それから一週間ほど経った頃だろうか。赤井が亡くなったことを知った。赤井の病気については本人から知らされていたので特に驚きはなかった。ただ、そう、一抹の寂しさは拭えなかった。


 赤井の葬儀に言った時、赤井の両親から一冊のノートを渡された。どうやら赤井が生前、自分が亡くなったときにはこいつに、と言っていたらしい。ノートに書かれていたのは、赤井のいくつかの短編小説だった。


 赤井の文章は彼の性格をそのまま表したように気品高く、緻密で、気難しかった。そしてどこか寂しそうでもあった。赤井が前に僕に言った文章は、赤井自身のものだと気づいた。


 しかし、ノートの最後の短編はどこか装いが違った。字の濃さから察するに、最近書いたものであるらしい。短編の内容は、僕との図書室での一幕だった。文の難しさは相変わらずだが、どこか楽しげだった。僕は今でも、この文章が心に残っている。やはり赤井は凄い奴だったのだと、この時思った。


 それから僕は、真剣に小説家を目指し始めた。彼のような文章は書けない。彼の文章は彼にしか書けない。だが、彼の最後の短編。あの文章を、僕も書けたなら……。そう思って文字を打った。そして今、こうしてあなたたちの前に立っている。今回の僕の作品には、彼に対する思いがふんだんに込められている。どうかあなたたちにも彼の気品高さを知っていただきたい。そして今一度、小説家になれたことの感謝を彼に」

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