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珈琲

作者: 悠人




珈琲を一口飲む。

ただそれだけの事なのに、いつも想い出す人がいる。


強気な言葉、瞳。

気怠げな声。

マイペースな性格。

そして、凄く前向きな姿勢。


もしその人の事を説明するなら、そんな感じ。

あと重要なのが、お酒がすごく強いところ。


他にも沢山想いうかべればいろんなことが思い浮かぶ。

それはただ、僕自身が想い描く感想ではなく、その人の趣味や好きなこと、仕草とか。


会ったことは数回で、きちんと言葉を交わしたのなんか2回しかないのに。

それなのにこれだけ沢山の良いところでてくる。

もちろん悪いところも結構ある。

それでもそんなあの人…彼女の事が気にかかる。


出逢ったのはたまたまだった。

友達が困ってて声をかけた時に、丁度その隣で一緒に困っていた友達の友達。それが彼女だった。

その時に僕が少し力を貸して助けたのが始まりだった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




珈琲をもう一口飲む。

開けた窓からは生ぬるい風が吹いてくる。

雨が降るのだろうか…。


そう言えば、彼女は雨が嫌いだったな。

だからと言って晴れが好きなわけでもなく、曇りが一番好きだという。

でも、どこか景色を観に行くときは晴れが良い。


そんな我儘なことを彼女は言っていた。

そんな性格をしてるから、出かける時は良く悪態をついていただけどそんなところも彼女らしくて…。


目を瞑って想いうかべるのは、日傘を差して歩く後ろ姿。

「日光は敵。せっかく肌白で産まれんたんだから焼けたくない」と良く口にしていた。

自分で肌白というだけあって、たしかに彼女の肌は一般の人よりは白く、綺麗な黒髪と相まってそれが良くわかった。


そういった、ある意味自分自身の長所を自覚し、それを活かそうとする性格がとても光って見えて、

だからこそ僕はそんなある彼女の言葉をもっと聴きたいと想った。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




ぱらぱらと雨が降ってきた。

このくらいの雨だと、窓から部屋に入ってくることもないだろう。

見上げた空は暗く。星は雲で隠れている。


彼女は今頃どう過ごしているだろうか。


好きな人と電話をしているのか、

好きなテレビを観ているのか、

それとも明日の事を考え寝ているのかな。


そう思うと、既読の付かない返事がどこか寂しく感じる。


自分の時間が大好きで、こまめに返事を返すタイプではない。

だけど、そういう性格でも好きな人にはすぐに返事を返す。

そう思うと、僕はその対象ではないんだなって嫌という程思い知らされる。

そして思うんだ。


その対象の人はなんて羨ましいんだろうって。


卑屈になって悪い方へと考えてしまのは僕の悪いところで、

なにかそういう事を考えてしまうと止まらなくなってしまう。


思考を整えるために、一度深呼吸。


珈琲の香りと雨の湿気を感じる。

湿り気のある苦い香り。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




明かりの付けてない部屋に、携帯の光が点滅する。

通知の色をしめす光色。

その光に期待を抱くことが出来ればいいのだけど、そんなことはないと息を吐いては通知を消す。


期待に胸を膨らませる。

ここ最近は、そういう想いもしてないなと思い返す。

そう思うと、本当に僕は単純だなと笑ってしまう。


彼女と出かける日が決まった時、それはすごく嬉しかった。

最初はただの好奇心だった。

どんな性格をしていて、普段はどういった服を着ていて、

しっかりと話したこともあまりなかった故に、色んなことを考えた。


そしてはじめて一緒に遊んだ日。

それはすごく楽しくもあり、寂しい日でもあった。


久しく訪れてなかった水族館に行って、その後は食事をとり、

好きな映画の話で盛り上がっては、彼女の家で二人で映画を観た。


その日だけで沢山のことを知れたし、凄く充実していた。

友達としてすごく楽しい時間を過ごした。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




珈琲をもう一口飲んだ。

入れたコップを観てみるとまだ残り半分程入っている。

一気に飲むのではなく、少しずつ飲むのが僕の飲み方。


基本的に飲み物は少しずつ飲む。

それが水であったり、お酒であったり、ジュースでも。

喉が渇いたから飲むというのではなく、口が寂しいから飲むに近い。


そんな彼女も、よく口が寂しいと言っていた。


タバコは吸わず、どちらかというとグミや飴などを好む彼女。

お酒が好きなのもあってか、居酒屋に行くと摘みやすい枝豆を良く頼む。


そんな彼女はいろんなお酒が好きで、チェーン店ではなく個人経営のお店を好んでいた。


そこのお店にしか置いてないような地酒や洋酒、

そして店主さんや個人経営だからこそのお店の雰囲気等を楽しみつつ飲むのが好きで、

僕自身もそういったお酒の飲み方や、お店の開拓をしていたのもあって話しは盛り上がった。


お酒が入ると色んな話をするもので、

過去の恋愛の話、悪い遊び方、猥談、元々そういったモノに関してもオープンな性格で、

どこか人を惑わしてはそれを楽しんだりする部分もあった。


だからこそ、

「私は彼氏をつくっちゃダメだし、つくりたくない」と笑いながら話していた。


その言葉の裏にある想いや考えに、僕は気付かないように蓋をしながら、ただ笑いながら話をすすめた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




雨が止んできた。

通り雨だったのだろうか。

わざわざ天気予報を確認することもなく、再び空を見上げる。

雲はまだ星を隠していた。


彼女はあのとき何を想い僕を部屋に泊めたのだろうか。

ふと、彼女の家で映画を観た日を想い出す。


映画の話で盛り上がりそのまま映画を観た夜。

観終わったころには、終電まで時間があとわずか。


「なんなら泊っていけば?」そういった彼女の本心はいったい…。

その時はお酒を一緒に飲みに行く前だったのもあり、彼女のそういった部分は知らなかった。


ただ流れるようにお風呂の準備をし、パジャマを準備してくれた彼女。

「よく友達が遊びに来てそのまま泊っていくから」と彼女は言った。


お風呂上りには一緒にお酒も飲んで彼女はベットへ、僕はソファーで寝た。


なにを想い、なにをしたかったのか。

ただ友達として泊まらせたのか、それとも…。

それだけが今もなお僕を苦しませる。


その日はあまり良く眠れなかった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




夜中の道を走る車を見送る。

この時間にどこへ行きなにをするのか。

仕事なのか遊びなのか。

ふと、そんな他人の人生に想像を膨らませては時間をつぶす。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




少し寝ていたようだ。

気付けば雲は薄くなり遠くの方では薄っすらと月が見える。

時刻はまだ夜中。

なにか夢を見ていたような気がしたけど、どこか虚しくなるような夢だった気がする。


椅子に座りながら寝ていたのもあって少し体が痛い。

軽く足や手を伸ばして体をほぐす。


彼女は今頃しっかり寝て休めているだろうか。

考えても仕方のないことなのに、そんなことをただ考えてしまう。


ため息とともに考えを吐きだそうとしても、

すっきりとしたものはでず、ただ悩みの溜息しか零れない。


はじめ飲みに行った、二回目の彼女との食事。

その日は宅飲みではなく、僕のお勧めのお店を連れて行った。


いろんな地酒が置いてあるお店で、料理もひとつひとつ丁寧で、

お酒が強い彼女は気になる銘柄のお酒を飲んでは、楽しそうに過ごしていた。


彼女は次の日が仕事なのもあり、飲み始めた時間も早かったが、それでも数時間は一緒に飲んでいた。

「明日は仕事だし、今日は部屋を片付けてないから玄関までね」と、彼女は店を出る時に言ってきた。


基本的に無理強いをしない僕は、それを承諾してマンションの入り口まで送った。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆


マンションはオートロックの自動ドアタイプで、彼女が鍵を取り出すまで隣にいた。


もし自動ドアが空いたら一緒に入ってやろうか。

そんないたずら心も芽生えたが、それをすることで彼女を困らせたくもなかった。

ただ、もう少し一緒にいたい気持ちはあった。


そんな葛藤を抱いている間に、彼女は鍵を取り出した。


「今日はありがとう。楽しかったよ。またね」


そう言う彼女の表情、声には何が含まれていたのか。

それを読み取るには、まだ僕は彼女の事を知らなかった。


「こちらこそ今日はありがとう。しっかり休んでね」


そう虚勢を張って笑いながら手を振る。

そうすることしか出来ない自分にどこか腹が立ちつつも、

自動ドアの向こうへと足を向ける彼女の背中を見続けるしかなかった。


あの時、自動ドアにもし僕も足を踏み込んでいれば。

またなにか変わっていたのだろうか。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




好きになるのは一瞬だと誰かが言った。

好きになった方が負けだと友達は言ったし、僕もそう思う。


最初は好奇心。

そしてその次は独占欲だった。

想いは歪なモノで、更に彼女の事が知りたくなった。

そして、浅はかにも好きになってもらいたかった。


ドアを潜り抜ける勇気もなく、口説きおとす勇気もない。

そんな僕が、我の塊のような彼女に好かれようと思うのが間違っているのにね。


彼女の考えや好みを少しは知ってる。

でも、少しだからこそ、中途半端だからこそ不安にもなる。


臆病な気持ちを誤魔化すように、残りの珈琲を一口飲んだ。


彼女を想い起こす珈琲。

彼女がとても好きだった珈琲。


本当は豆から選び抜いて、きちんとで珈琲を入れては楽しみたいと言っていた彼女。

そして、そんな彼女が入れてくれた珈琲。


昔から心を落ち着かせるために、

どこか気持ちをさっぱりさせるために愛飲していた珈琲。


飲みなれているはずなのに、今夜はいつもよりも苦く感じた。




◆ ◆ ◆ ◆ ◆




そして今夜も月の光だけが部屋を照らしている。




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