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神々の生け贄〜それでも生きて、わたしを導いてくれ〜  作者: 皇 りん
第一部 千里と安曇 編
5/5

未定

 少し休むように安曇は一歩を制したが、一歩は聞き入れる様子は無かった。


「その後、父は結局千里の言う通りに、私を海外に留学させた事にし、千里の体を皆の目から隠しました。母は予想通り、私の体にいるのが千里だと分かると、手の平を返すように、千里にこれまで以上の酷い仕打ちを重ねたのです。言葉にするのもおぞましい程です」



 過去を思い出したのだろう、彼女の手は怒りで震えていた。そんな一歩の様子を気遣い、安曇は彼女の手に自分の手をそっと重ねようとした。

びくっと身じろぎして、一歩は安曇を潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめ、その手を断るようにかぶりを振った。

自分には優しくされる権利などない、その目はそう語っているようだった。

気を取り直し、一歩はまた語り始めた。



「唯一の救いは、千里の心がその頃には遠に麻痺してしまって痛みを感じずに居てくれた事です。でなければ千里はとっくに狂ってしまっていたに違いありません。でも皮肉にも狂ったのは母の方でした。今では自分の過ちなど何もなかったかのように天使の顔で笑っていますよ。信じ難いですね、私はあの人を絶対に許しません!」




 今まで穏やかに話していた一歩の表情が一変して、憤りに震えていた。共に過ごした時間は僅かではあるが、この姉妹の絆は何よりも強いのだろう。その絆ゆえに一歩は魂だけの存在となっても、千里と身体を共有し合い、その全ての記憶を分けあって来れたのだろう。



千里だけでなく、一歩も憎しみのあまり家族の愛情に飢えた生を送るしかなかったのだなぁと安曇は二人が不憫に思えた。情愛を表す紫のオーラがこの二人に極端に少ないのもそのせいなのかもしれない。



「私から体を奪ってしまったという負い目からなのか、千里は決して母親の仕打ちから逃れようとしませんでした。それどころか他人から愛される事までも無意識に拒むようになっていったのです。まだたった十歳の子供だったのに。そしていつか私に体を返すその日まで、体を傷付けないようにすることが千里の唯一の望みとなってしまいました。あの日から千里はまるで自分を咎人のように扱うのです。私にはその事が悔しくて悔しくて……」



 瞳に涙を浮かべながら、一歩は言葉を詰まらせた。

安曇はすくっと立ち、タンスの引き出しからハンカチを取り出すと和穂に渡した。一歩は「ありがとうございます」と礼を述べ、そのハンカチで目元を拭った。



「分かりました、貴方の事は千里には内密にさせて頂きます。だいぶ複雑な事情がお有りのようなので…。ですので、俺はあくまで千里自身が話してくれるまではこれまで通り、何も知らない程でいたいと思います。その方が彼女も、楽に暮らせるように思うので。という事で宜しいでしょうか?一歩さん」 



 一歩は姿勢を正し、安曇を真っ直ぐに見つめてから、深々と一礼をした。つられて安曇も慌てて背筋を伸ばす。



「ご配慮痛み入ります。安曇さま、どうかどうか千里の事を宜しくお願い致します」


 母親に蝶よ花よと育てられたにも関わらず、一歩は礼儀を重んじる好人物の様である。そういう女性と接する機会の無かった安曇は、どういう対応をして良いのか分からずにオロオロしてしまった。


「いや、ほっんとに、俺になんか気を使わないで下さい。千里は爺さんの孫だし、俺にとっても身内なんだし、構うのは当たり前なんで、礼なんか大丈夫なんで」



 俺の態度を見て、間違いなく精霊どもは笑っているに違いあるまい、と面白くない安曇だった。姿を隠していても、笑いを堪えているのは雰囲気で伝わっているんだぞ、と安曇はまゆをピクピクさせながら必死で一歩に向けて笑顔を繕うのであった。




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