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神々の生け贄〜それでも生きて、わたしを導いてくれ〜  作者: 皇 りん
第一部 千里と安曇 編
3/5

3.千里の片割れ(1)

「なぜ、あのような嘘を?」


 誰もいなかった筈の空間に突如、楚々とした少女が現れ、心配そうに安曇を上空から見つめた。女装した時の安曇とどこか雰囲気が似た美しい少女であるが、その姿は人とは異なり、尖った耳と薄紅色の長く柔らかな髪が印象的である。


(オウ)か」


 安曇はその声に応えた。どうやら神社で会話していた、(オロシ)という声の主とはまた違っているようだ。



女子(おなご)の姿でいるのは、自身の身を守る為と、我らに力を与えて下さる為ではありませんか」



 少しばかり責めるような様子で安曇に問い掛ける(オウ)に安曇は困り、拗ねたように言い訳をし始めた。大人びた言動ばかりが印象にあるが、この姿こそが本来の安曇なのだろう。 



「ガキの頃に何度も命を狙われて、そのせいで正体を隠す為に歳も性別も誤魔化してるって?しかも精霊の依り代となる為に、普段から巫女の姿でいるって?そーんな事初対面の相手に言えるかよ」



 櫻と呼ばれた少女の表情が悲しげに曇った。



「我ら精霊たちの宿主となったばかりに、安曇どのには大変お辛い思いをさせてしまいました。いくら人間の破壊によって自然界の力が失われ、我らが住めなくなってしまったとは言え、まだ幼き身であった貴方さま一人に重荷を押し付け、本当に申し訳なく…」



 いつの間に現れたのか、上空には五体の人無き者達の姿があり、皆すまなそうに(こうべ)を垂れていた。


「おいおい、勘違いするな。別に俺は自分の人生を悲観しちゃいないぜ。第一、おまえらが力を使ってくれているおかげで、俺は普通に人として暮らせているんだからな。でなきゃ今頃とっくに力を持て余して、化けもんにでもなっちまってる」



 まったく此奴らときたら、馬鹿みたいに純粋で、俺の照れ隠しの口の悪さをいつもまともに取ってしまうから困る、と安曇は苦笑いを浮かべた。

いい加減付き合いも長いのだから、自分の意地の悪さにも慣れても良さそうなものなのに…。



「それにお前達がいなきゃ、俺は孤独だったさ。知ってるだろ?俺はすこぶる性格が悪いんだからな」



 照れくさくて安曇は顔を見られないようにと、枕に顔を埋めた。かの者たちへの愛情は充分に持ちあわせてはいるのだが、感謝の言葉はまだまだ面と向かっては言えないらしい。


「そりゃ、言えてるな。ひひっ」


 神社での声の主である颪が、頭の背後で両手を組み合わせて(おど)けたように頷いた。

見た目は10歳くらいの子供で、口から覗かせた八重歯が愛らしい悪戯っ子のような印象だ。

無論、精霊は見かけ通りの歳では無いのだろうが。



 しゅんとしていた櫻も、颪につられて申し訳なさげにくすりと笑う。他の者たちもそれに続いた。



 昼間千里と出会った折に、風を操り、花びらや安曇の髪を舞わせていた事を考え得るに、この颪という者は風を司る精霊なのだろう。そのせいか、性格も風のように掴み所がなく、飽きっぽくて気分屋のようだ。



「颪ぃ、お前後で覚悟しておけよ〜」


 責めるような口調ではあったが、安曇の目はあくまでも優しい。颪のこの子供のような無邪気さに、自分は幾度も救われてきただろう。赤子の時に捨てられた身でありながら、恨みを持たずに生きてこられたのは、親父とこの兄弟たちのお陰だと安曇は思っている。



「俺は物心も付かないうちに神社に捨てられてて、爺さん以外には家族もいねー。その上、人とは違う力まで持って生まれてきて、自分でも何者なのか解んねー存在だ。だからお前らが唯一の俺の生きる理由だ……」


安曇(どの)…」


「まっ、口煩いのは玉に傷だがなぁ」 


「そ、そんなぁ」✖️五


 傍に浮かぶ安曇の仲間たちの瞳が、潤んで光って見えた。その彼らの顔を一人一人見据えてから、安曇はキリリと表情を引き締めた。



「あいつを巻き込みたくないんだ、だから事情は話さない。爺さんにとって千里は血を継ぐ掛け替えのない存在だ。なら俺たちにとっても大事な家族だろ?守りたいんだ。それに俺たちを理解するのは、千里には荷が重すぎるさ…。まっでも、あいつの姉さんが、懸命に千里を守ってるって事だけは、伝えてやりてーがなぁ」



 安曇は千里の家庭の事情を知っている訳では無かったが、彼女が凍えるような魂の持ち主なのは感じられた。彼女の孤独感や悲しみを少しでも紛らわせでやれないか、とは思う。

それ故に独りでは無いんだと伝える事が出来れば、何かが変わる可能性もあるだろう。



「最初に千里さまにお会いした時際に、後ろにいらっしゃった方ですよね?」


 確認するように櫻もうなずく。本来、浄化されていない魂が、人を守護することはない。それを可能にしているのだから、あの二人の結び付きは相当強いに違いない。同じように守護する立場として、櫻はその姉の事が羨ましく思えた。



「出来れば、それはご遠慮頂きたいですわ」



 襖越しに突然、会話に割り込んでくる声が。

一同の顔が緊張するのと同時に、宙に浮かんでいた精霊たちの姿が一瞬で絶ち消えた。



「どうぞ、お入り下さい」と安曇。


 襖を開けて入って来たのは、千里だった。しかしそれならば、気配に敏感な安曇が何故気付けなかったのか?

突然の来訪者に驚きながらも、表面にはおくびにも出さず、飄々とした態度で安曇は相手を招き入れた。



「千里のお姉さんですね。ようこそ」


 安曇には相手が誰か既に解っていたようだ。

そこには一七歳の少年の姿は消え、人を自然とかしずかせる悠然とした様の青年がいた。


「ええ、そうです。一歩(かずほ)と、申します。流石ですね、話が早くて助かりますわ」


 千里の姉、一歩の方も正体がバレても、驚いた様子は全く無かった。

安曇は一歩に、側にある座布団へ座るよう促し、自分はベッドから降りて畳に直に腰を下ろした。

例え歳下であっても、亡くなった者に対しては礼を尽くす主義らしい。


「なぜ、言ってはいけないのですか?」


 安曇は率直に疑問を投げかけてみる。最初に会った時、黙っていてくれと言う仕草を一歩がした事に、ずっと安曇は疑問を抱いていた。

彼女は千里をとても大事に思いながら、なぜ自分の存在をひた隠しにするのか?、興味が湧いた。



 一歩は少し戸惑う。自分が話してしまう事で、千里と安曇のこれからの関係にどう影響してしまうか判らないからだった。また、彼は信用に値する人物なのか、とも思う。

しかし、何もかもを見透かしてしまうような、特殊な力を持ち合わせている彼の事だ。

隠したところでいずれ安曇は知ることとなるに違いない。それに一歩はこの青年が千里を救ってくれるのではないか、という確信に似た予感のようなものがあった。

意を決するように、一歩は語り始めた。



「なぜ、私の存在を隠さなければならないのかと、問われましたね?それは私の魂が現世に存在し、増してやこのように肉体を操れる事を知ったならば、妹は躊躇いもせずこの私に肉体を差し出してしまうからですよ」



 見ている安曇の心までも痛くなりそうな程、一歩の表情は、切なく悲しげであった。

この姉妹には一体何があったのであろうか。

安曇がこの二人に興味を持ったのには、もう一つ理由があった。姉妹の姿形から、二人が一卵性双生児なのは察していたが、二人の生態エネルギー(オーラ)までもがぴったりと重なり合っていてその境界が全く判別出来なかったからだ。

例え双生児であっても、本来ならばオーラは一人一人異なっていなければならないからだ。



「恐らく貴方は何かを感じていらっしゃると思いますが、この肉体はもともとは私のものだったのです」



 遠い過去を振り返るように、一歩は真っ直ぐ一点に瞳を凝らす。そうして覚悟したかのように深い吐息を一つ漏らすと、安曇に向き直り、自分たちの身に起きた長い長い物語を語り出した。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 一歩と千里の二人は、朝から緊張して、互いの胸がドキドキするのを止められないでいた。

おかっぱ頭で瓜二つの可愛らしい少女たちだ。片方は好奇心旺盛でキラキラした瞳をしており、もう片方は少し引っ込み思案のようだ。


「大丈夫かなぁ?」


 不安げに千里を覗き込む一歩に、

「絶対うまくいくよ!いっぱい練習したもん」

と、千里は力強く頷いた。



 二人はかねてから父親に、十歳の誕生日に何が欲しいかと尋ねられていた。

一歩と千里は双子だけに考えが通ずる事が多く、今回も相談しなくとも二人の意見は『海に行きたい!』と言う事で一致していた。



 しかし問題は二人の母親であった。元気で活発で人の意見を聞こうとしない千里に比べ、一歩は優しい為に母親に反発する事が出来ず、ピアノや絵画教室など沢山の習い事に通わされている。

それ故に一歩は母親のお気に入りなのだが、近頃はその偏愛も度が増して、一歩の友達や普段の遊びにまで口を出す始末だ。

 


 やれ、あの子は野蛮でダメだ、その子は知識が低くて釣り合わない、やれ、指を怪我するキャッチボールはやるな、等々である。



 そんな有様なのだから、一歩が海に行きたいと言えば、烈火のごとく怒り狂い、未だ自分の教育が足りていないとばかりに、一歩を部屋に軟禁しかねない。



 そこで二人は思案し、両親をうまく騙す計画を立てた。内容はこうだ。海行きはあくまで千里の意見で、一歩は乗り気では無いのだが、誕生日には姉妹で一緒に過ごしたいので渋々同行する。なので一歩は海に入らず近くのテラスで読書をするという顛末だ。



 よし、と勢い付けて二人は両親の待つリビングへと向かった。


「やあ、おはよう、愛する娘たち。誕生日のお願いは決まったかな?」


 二人を見るや否や父親は駆け寄り、娘たちの顔を代わる代わるに眺めた。

母親の方は一見、朝食の準備に忙しく無関心そうだが、その実二人が何を言い出すのか聞き耳を立てて窺っているに違いない。

緊張しつつも一歩に不安を与えまいと、千里は努めて平気そうににっこりと笑って言った。


「わたしたち、海に行きたい!」


 途端に母親の目が鋭く光る。それに気付いた千里は素早く次の言葉を続けた。


「でもね、一歩は危ないから海では泳ぎたくないんだって。でもわたしたち一緒にいたいから、一葉は別荘のテラスで読書をする事にしたの。ねっ」


 両親に見えないように一歩に目配せをしながら、千里は一歩を促す。


「うっ、うん。私は泳ぎが苦手だから、け、見学してるの。そ、そうそう夏休みの宿題に海の絵でも描くのはどうかしら?」


 震える手を誤魔化すために、一歩は隣にいる千里の手をそっと握りしめた。

そんな二人を父親は微笑ましそうに眺め、もう一度確かめるように言った。


「二人のやりたい事は違うけど、行きたい場所は海辺の別荘なんだね。一歩は見てるだけで、退屈しないのかい?」


「うん、私、千里が笑ってるのを見ていられるだけで、すっごく幸せなの」


 今度は詰まらず、にこやかに言えた。嘘や誤魔化しのない、それこそが一歩の心からの気持ちだからだ。仲の良い姉妹を満足そうに見つめ、

「さっ、じゃあ朝食を早く済ませて出発の準備だ!」と二人を父親は促した。  

「やったぁ」

二人は互いに抱き合い喜びの声をあげた。





「ねぇあと、どれくらいで着く?」

嬉しくて待ち切れずに千里は車を運転する父に尋ねた。車内にいるのは、父親と一歩と千里の三人だ。海に行く事以上に、母親に邪魔されずに姉妹で一緒にいられる事が千里の心をより弾ませていた。



「う〜ん。あと一時間くらいかな?母さんも一緒に来れば良かったのになぁ?」


カーナビを確認しながら、父親は後部座席に座る姉妹をバックミラー越しにチラッとみる。


「……そうだね」

二人はそう答えながらも、心の中は全くの正反対だった。

一歩と千里がいく場所を海に決めた最大の理由はがそこにある。姉妹の母親は幼い頃に母親を海で亡くしており、海に近付くのをひどく嫌っていたのだ。



 だから父親と結婚してからも、父の知り合いが持つこの別荘には一度として訪れた事が無かった。その事実を知る姉妹は、海を選べば母親が付いて来ないだろうと計画したのだった。



 父の視線から逃れると、一歩と千里はにっこりとお互いを、見つめ合った。

父親は医師としての仕事が忙しく、二人とこのように出掛けるこのは殆ど無かったし、母親は一歩を自分の分身のように溺愛して止まなく、千里の事は問題児のように毛嫌いしていた。だから一歩と千里はお互いこそが、何もかもを解り合える唯一の存在だった。



「今日一日は、何にも考えずに楽しもうね」

と、千里が言うと一歩も、

「私、たとえ今日で世界が終わったとしても悔いはないわ」とにっこりと笑った。



 この時は二人とも、その言葉が現実になるとは思いも寄らなかったのだ。この時言った言葉を、一歩は今でも悔やまずにはいられなかった。





「どういう事なの!」

何度この母の言葉が繰り返された事だろう。

その度に姉妹の父親は、青ざめて『済まない。済まない』と答えるばかりだった。

その二人の会話を遮るように、看護師たちの慌ただしい足音や医療用器具が奏でる無機質な音が病院内に木霊している。



 千里は未だに状況を飲み込めずにいた。なんでわたしたちはこんなとこにいるの?なんで一歩は目を覚まさないの?



 一通りの治療を終えた担当医師が、姉妹の両親のもとへと報告にやってきた。曇った表情をしているのを見ると、一歩の病状は芳しくないのだろう。



「助かりますよね?一歩は大丈夫なんでしょ!」

一歩に何があったら、絶対に許さないとで言いたげな、脅すような目で詰め寄る母親の勢いにすっかり飲み込まれ、若い医師は返答に窮した。

そこでやっと若き医師に気付いた父親が、母親を宥めようと試みたが、逆に妻に衣服を激しく掴まれ、


「元はと言えば、あんたが一番悪いのよ。親のくせに、子供一人満足に守れないの?一体何してたのよっ!!」


 と、狂気の眼差しで睨まれる事となった。

父の犠牲で漸く解放された医師は、やれやれとばかりに口を開いた。


「お子さんの一命は取り留めましたが、心肺停止状態が長く続いた為、脳にかなりの損傷(ダメージ)を与えた筈です。精密検査の結果を見なければ何とも言えませんが、最悪の場合、このまま目を覚まさない可能性も考えられます」



 夫の服を掴んでいた手を放し、母親は人目もはばからず泣き崩れた。その時間は数分にも、数時間にも感じられた。

そしてふと我に帰ると、病室の隅に座り込んでいた千里を見咎め、恐ろしい鬼のような形相で喚き散らした。



「なんであんたがピンピンしてるのよ。あんたが一歩の代わりに溺れるべきでしょう?それともあんた一歩を殺すつもりだったの?」


 聞くに耐えない罵倒だった。とても十歳の少女に吐く言葉とは思えない。それほど母親にとって一歩は掛け替えの無い存在であり、唯一の希望だったのだろうが……。



 母親の言葉と視線に抗う事もせずに、千里はただ項垂れるばかりだった。そして一歩を一心に見つめ、狂おしいほどに姉の無事を祈った。それこそ自分の命と引き換えにしてもいい位に……。






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