表は人形、裏は無邪気な
主人公の内面を表現するために、一部特殊な書き方をしております。ご了承ください。
海凪潟綴という不審者が現れてから3日目。つまり、生意気な海凪潟から従順な海凪潟に変わってから日本時間およそ49時間経った。
少女は未だに人形のようにただ言われたとおりに行動し、それ以外ではただどこか遠くを見つめているようだった。その表情はひたすら無で、その瞳に生気はない。まるでミンレイが抜けたようだと、見張っていた隊員や尋問に当たった第5隊特例査問官ルイス・ペンツェルヴィーナは報告した。因みに、その報告で第5隊副隊長ウォーカー・ブーファンドールは額に手を当てて溜息を付いた。
人の心が読めるわけではないため、彼らは少女の本心をまるで知らなかった。せいぜい、異国出身と思われる少女は誘拐まがいに遭い、危険生物であるフレイ・アーズシュベールに睨みを効かされてと踏んだり蹴ったりの泣きっ面に蜂。さぞや恐ろしかっただろう、おまけに生気がなく、心配は当然だ。流石の騎士らも同情を禁じえなかった位には。下手に問い詰めて倒れられても困るからと、放置するしかなかった。勿論、それは少女の無実を晴らすまでのことだが。
周囲の動揺はこの位にしておいて、当の海凪潟の内心はどうなっていたかをお伝えしよう。......まずはこの2日間程の出来事。
そう、始めは海凪潟が例の完璧な90度のお辞儀を繰り出した直後から。
「顔を上げろ...ツヅル・ミナガタ、だったか」
「はっ」
恐る恐るお辞儀のために曲げていた上体を起こし、目の前のーーに向き直る。頭上から肩や首、肘、背中、尻、太腿、膝関節、脹脛、足首、手足の指先へと連鎖的に意識が流れるとともに力が入る。ほんの少し視線が揺れた。瞬く。もはや自分以外に一切の注意を払うことを拒むかのようなその行動は、彼女の長年に渡って染み付いた防衛機制だ。
果たしてフレイはどう思うだろう。おそらくだが己の顔は今「無」という言葉にふさわしいものとなっているだろうし、このままではいけないとは自覚済みである。しかしながら、自分でもコントロールが効かないので/表情を動かすことを奥底から拒絶している。何故かはわからない。けれど、(理由は)何もない。(敢えて)見ない(ようにする)。ただ呆然と佇むだけである。
...(彼は)人だ。間違いない。何故だか様子がおかしい。(こちらを見て訝しんでいるのか、困惑しているだけなのか。)ふと気になってコクリとつばを飲み込みながら対象の人間(動いているのだから生きているのだろう。)に焦点を合わせる。
「おい、しっかりしろ!...チッお前達、治療室と副官へ連絡を入れて来い!大至急だ!」
「は、ハイッ!」
「只今!」
「......」
バタバタと音がした。何か存在が減った気がする...。
気がつけば、対象は目前...己の肩を掴み/軽く揺さぶられる。目の前には胴(体)。瞬く。じわじわと顔を上げれば乳首。(そういえばこいつ服着てなかった...)瞬くもスルー。鎖骨を越えてそのまま首まで覗き込み、とここで肩に乗せられた両手が後ろへと伸びる。そのモーションでガクリと首が上向きに倒される。若干かがみ気味にこちらを伺う男は、どうやら心配してくれているようだ。
ここまでの流れで彼女は自分以外の存在を受け入れた。
キョトン、と瞬くだけで一言も発しない彼女だが、既に(大袈裟に言うと)世界には自分だけではないとわかっているのだ。故に、焦点をひたすら相手に固定するーーー赤子が目新しいものに興味関心を向けるようにーーー。
一方のフレイは、やはり慌てているのかもしれない。わたしの顔を見て何かを必死に訴えているように見える。...何だろう。
お、い、 だ、い、じょ、う、ぶ、か
あれ、これしかわからないや。なんだか難しい言葉を話しているみたいだけど、ただでさえ日本語じゃないから唇読めないのに、頭がぐるぐる真っ白で固まってこれ以上読み取れないみたい。言語機能がもとの脳の容量パンクしてフリーズしたのかも。やっぱり無理があったんだよ、翻訳3本立ては...。どこぞの誰だか知らないやつの不手際で何か反って冷静になってきたな。
さて、頭やばいしなんでだかうまく言葉が紡げません綴さん大ピンチ。え?口動かそうとしても声が出ないんだよコンチクショー。辛うじて思考はできるんだけど、このまま何も答えなければ敵地?にて殺されてしまうのでしょうか。やだなぁ...。
会話できなくともやっぱり安心させたほうがいいのかな。どうやって?
頭上(というか鼻先20センチ)には黄金比も真っ青なきれいな顔が、部屋の薄暗さのせいかひっじょーに陰影濃く浮かんで見える。故に周囲の状況が見えません物理的に。さっき例の二人組がこの御仁になにか言われて出ていったから、私がなんかおかしいんで対処できるやつ連れてくるってこと?それとも牢屋とかの準備?ああおっかね。
だから今見れるのはフレイの顔面凶器のみです離してくれや。いつまで覗き込んでるんじゃいこれでも妙齢18歳なんですが?紳士とか絶対知らないよねこいつ。は?どんな顔してるって?眉寄せて赤い目ン玉鋭くさせて凄まじいオーラ出しながら歪ませてるよ怖いよ。...せっかくの芸術作品がもったいないようならしいような。いやいや会ったばかりですがね。よくある実は前に会ったことありまして的な展開はございやせん。でもおっかない、さっきの誰か知らない顔じゃないとはわかる。ありゃ呪いっつーか神がかった?憑依されちゃった?そんな雰囲気があった。現在はちゃんと生きてる顔だな...。いやいや、野生動物に戻っただけだから。正気に戻れ、私。
瞬く。瞬きすぎじゃねって?こちとらドライアイなんだよ。ていうか、この人私を殺すっつってたよね?あれ、聞き間違い?なんでこのクソ野郎に心配されなきゃなんないのよ
...うグッ!いっっっつー......頭痛が始まりやがった。あれこのパターンやばいんじゃね?鋭利な刃物で抜き差し繰り返される痛み。既視感アリアリよ。吐き気が地味に...落ち着け、ただでさえ既に唾液入り自白剤...じゃなくて液体ぶっかけたのに、吹いてまだ10分経ってないくらいなんですけれど。だめよ、吐瀉物は死ぬ。罪悪感もさっきより増えるよ。ウォーカーさんにおもっきし怒られそうな予感。
ええと、考えないようにしよ。で、(どうしたらこの人を)安心させられるだろうかねぇ・・・痛っ!
「んぐっうぅっ...痛い...死ぬ...」
「どうした!?頭が痛いのか?!もしや、術の発動が...まさかそんな...それとも仕掛けか...?やはり殺すべきか...」
あまりの痛みに呻き声と涙がじんわり...やめていたい!涙がドライアイに滲みて刺すような痛みがっ!まさかの二重アタッククリティカルヒットぉぉぉっ!
かばうように両手で頭に触る。ついでにくらっとしたので豪華な絨毯とごっつんこ。膝から下が床にくっついているが、スラックスなのでどれほどの柔らかさかはわからない。うむ残念...とか言ってる場合じゃないよねわかってっから!!そしてフレイは私がしゃがみ込むと同時に両肩から手を引く。何か肩が軽くなったような...。いやそれはどうでもいい。こいつ何かブツブツ言いながら不穏な空気を出し。あらま、やっぱりこうなるの?
いっそ笑う?笑えばいいの?こんな展開は嫌だと思いつつも殺されて当たり前と思ってしまう。だって私は異分子だ。どういう経緯でここに来たか知らないけど、邪魔な存在は駆逐される。世の常だ。ああ、まだ18なんですけど。
馬鹿馬鹿しくなり自分を嘲ってみて、挑戦したものの口角に力が十分入らないからダメだ。瞬く。ズキッ...視界ごと豪華な絨毯が揺れる。ああ、ダメだ。音が遠くなっていく。頭が死んだ。
ドンッ
痛い...けど頬に柔らかな感触が...。瞬く。よくわからないけど何もかも壊れちゃった。オレンジジュース...
ミミコさん、あのままじゃ可哀想だなぁ...うちの人たちが直してくれればいいけど...無理か。もう、戻れないのか...な
ふと、喉元にキラリと光るものが降ってきたような気がした。
どうでもいい解説
綴はフレイのアレによって衝撃を受け、冷静さを取り戻すきっかけとなるのですが、さて、アレとは一体何でしょう?
ヒント:ちょっとお下品かもしれません。
よく昔の人は、テレビなどの電化製品を直すときに叩いたりしてますよね、多分。混乱状態にはさらなる衝撃が効くのかもしれません。
お読みいただきありがとうございました。