取り合えず、一難は去った…か?
大変お待たせいたしました。
そう、私はパニックで忘れていたのだ。いや、気づけなかったといっても良い。
──普通、意識を失ってから最初に見るのは病院の白い(多分)天井のはずだ。勿論、それは命が助かったらという大前提を要するが…
あれ、私ってば、オレンジジュース飲み残してない!?
脈絡もへったくれもないが、私にとっては重要な話である。何しろ、生まれてこの方十数年、飲み続けてもはや愛しているといっても過言ではない大好物なのだ。
そういえば、この状況──美青年(推定二十代半ば)がちょいと失礼なことを呟いた後ガバッと起き上がったかと思えば『何者だ、ガキ…』と──
何故に、何故にこうなった??
「……おい、いつまで黙っているつもりだ。死にたいのか」
「待って、うっ、…下さいまってッ」
グッギュゥッ
押し倒されて両手を頭の上に押さえつけられたかと思えば、首に力を込められて物凄い形相で体が動かせなくなる。その赤い目が、鋭い…野生の肉食動物か…?見たことないけど。
世間一般でいうところのキャーキャーなシーンではなく、生命の危機だ。
「もう一度聞くぞ。お前は何者で、どういう目的で、どんな技を使い、誰に言われてこの部屋に入ったんだ。答えなければここで殺す。死体からでも情報を得る手段はあるんだぞ」
脅し。
その瞬間、ただでさえ困惑しきりだった私は頭が真っ白になった。
後からわかったが、この美青年はヤバイので、尋問などされたら成人男性でも一溜りもないのだとか。トラウマ生産機かテメェ…おっとっと、アンタッじゃなくて…。
「チッ、何で俺がこんなことを…」
男はその固い大きな手で私に止めを差すように力をさらに込めた。酸欠で視界に靄が掛かり揺れて、食われる、と思った。
「食べ、…ない、でッ」
ポロポロと生理的な涙がこぼれて息苦しさに拍車がかかる。
「ッ誰がお前みたいなガキを食うかっ!」
男は怒って噛みつくように吠えた。と、遠くでバタバタと足音が聞こえる。何だかこっちに近づいてくるような?
「入るぞ!」
「隊長!何事ですっ…って、子供?!」
数人の男たちがぞろぞろと部屋の中に入ってくる。それで少しだけ拘束が緩んだのでゲホッゲホッと咳き込んではまた涙が出る。
これからどうなるのか、そもそもここはどこで、どうして全く知らないヤツのベッドに寝ていたのか。
そもそもよく考えてみれば、この男どもは日本人ではなさそうだし、外国?でも日本語だよね?そういえば口の動きに違和感があったけど。
しかも、家の作りが日本のものではない。西洋とかの、大きなベッドだしホテル?でもこの男はまるで私が勝手に侵入してきたような様子だけど。
誘拐からの放置プレイかなにかですか?
更に思考の迷路に嵌まる私を他所に、頭上付近では男と男の仲間がちょっとした言い争いをしていた。
「隊長、何ですかその子供は。まさか連れ込んで変なプレイを強要…」
「お前、俺を何だと思ってるっ!どいつもこいつも、妙な疑りを向けてきやがって!」
何か、隊長と呼ばれている男は短気?っぽい。見た目が美しいので更に可笑しな…いや待てよ。さっきまで人を殺すと脅してきやがったこの男は、私の動きを恐怖で金縛りできるほどのご立派な殺気をお持ちだ。
死ぬ、怖い、食われる、嫌…
思考が回り始めたことで改めて死を感じる。
よくわからないが、とにかくヤバい。逃げたい、でもここがどこかわからないのにどうやって?金もないよ?
「隊長、この前のことで警戒するのはわかりますが、何も今すぐ殺さなくたって良いじゃないですか。それに、……ホラ」
男の部下らしき奴が私の頭を撫でる。だが、訳のわからない状況で触られたらたまらなく恐ろしい。知らず体が震えていた。止まらない涙で視界は相変わらずぼやけて揺れまくっているが、奴は然程気にせずに私の袖を手首が十分見えるまでまくった。
着替えずにいた、私の制服である。
「こんな細腕じゃ、いくら武器を持っていても隊長に危害を加えるのは無理ですし、ここは登録していない人間が術を使うのは不可能です。このことはその手の人間はよく知っているでしょう。それと、」
奴は、私の呼吸が大分落ち着いてきた──隊長なる男が首の手の力を殆ど添えるように緩めたからである。ただし両腕は相変わらずだ──ため、その人の良さそうな顔を優しく近づけてきた。
因みに、隊長さん(?)は奴の体を遮らないように横にずれた。
「フゥー…ハハッ、こりゃどう見ても、誘惑で来たようには見えませんよ。ね、お嬢さん?」
諸々で頭が一杯なので、もう困惑がマックスに到達した。知らん、もう知らん!
耳元に吹き掛けられた息はくすぐったいし怖いし意味わかんないし。また乾いたはずの目に潤いが戻ってきた。
「あ、…う…えっ…あの、と、」
ついでに今更、近づけられた顔の美男っぷりに男と話すこと自体少ない私は戸惑い、ほんの少しだが耳が赤いかもしれない。
「おい、お前までいじめてどうするよ」
「いやぁ、反応がかわいくてさ」
「アホ」
もう、勘弁してくれ。面白がってるんだろ、ほんとムカつく。あああああ、どうせ死ぬなら私らしく、自分貫いて死ぬわ、ボケが。
周りの様子が少し見えてきた私は、段々いつも通りの自分に戻っていくのを感じた。
と同時に、これまで晒した自分の醜態に恥ずかしくて死にたくなった。
くそったれが、そもそもどうしてこうなったか知らんが、私は被害者だ。何でオドオドする必要がある?
こいつらのペースで進んでいくのは仕方ないとしても、いきなり殺されるのはムカつく。
せめて説明しやがれ。
「おい、お前、」
「あのですね、先にお聞きしますが、ここはどこで、あなた方は誰なんです?どういった目的でどういった方法で、誰に言われて私を誘拐したんですか?答えてくれるまであなた方の質問には黙秘権…はあるかないかわかりませんけれど」
「ちょっおい、何を言ってる?誘拐だと、お前が自主的に俺の部屋に来たんじゃないのか」
「誰がアンタみたいな極悪人の元に来たがるもんですか、自殺志願者じゃないんですよ私はね!」
「ああ?!」
「お嬢さん面白い!」
「ぷっくふふっ!極悪人ですって隊長、このお嬢さんよくわかってるなぁ」
「おい、」
「この状況であんな啖呵を切るだなんて、それこそ自殺志願者では?」
「それはまぁ、ねぇ」
賛否両論、て感じかな?とりあえず喧嘩吹っ掛けてみたけど、今すぐ殺されることはないと思う。よくも悪くも、さっきの奴のお陰で私に対する警戒が緩んだからだろう。
因みに隊長さんは、未だ拘束は続けているものの殺気が薄れて食われるとまでは思わなくなった。けれど怖いものは怖いのだ。平和主義がいきなり戦場に立たされている気分。触れられている腕や近い息づかいが息苦しさを呼び起こす。
彼らの名前が飛び交わないのは、某かの意図があるのかな。初対面で私だって名乗りを躊躇したわけだし。それに、ある意味諦めがついた。
「まず、ここはどこかを教えていただけませんか?」
改めて切り出すと緩めの警戒はそのままに、一先ずベッドから起き上がる許可が降りた。ずっとあの体制は辛かったし、対等どころか一方的な力関係過ぎたしね。
それから、一人が報告のため扉近くのパネルのようなものに触れて少し話した後、また元の位置に戻った。
隊長さんは服を着ないのか気になり目と上半身の往復でそれとなく伝えてみる。
「お嬢さん、もしかして隊長に惚れたとか…」
「ありえません」
「えっ…」
「お前はそればっかりだな。後で俺の仕事部屋に来い」
「そっ、そりゃないですよ隊長」
「うるさい、話の腰を折るな」
見ただけで見惚れたと勘違いされるのか、ひどく面倒な話である。
「お前から目を離せないんでな」
乙女がこれまた泣いて喜ぶ台詞である。勿論私を除いて。お陰で泣き気味に眉間の皺が追加された。
しかし、副音声で『お前のせいだガキ』と言われている気がする。あと、やっぱり柄が悪いなこの人…
ベッドに腰かけたまま尋問は始まった。
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