お茶とお菓子と歓談?いいえ、言葉を使った喧嘩です。
大変遅くなりました。
相変わらず外の天気は雨、激しい風によってザワザワと木々が揺れ、窓辺は川のように水滴が流れ落ちており、どこからか男女の別がない笑い声も混じっている。しかし建物の内側にいる三人はそれに気づくことなく会話を続けていた。
不安げで緊張した様子(その内心でさぁどうくるどうなる?同情か軽蔑、あなたの選択はどっち!?と構えた状態)の海凪潟に、”お優しいお兄さん”は「はぁ......君、かなり面倒くさいよね」と言って空いた椅子に腰掛けた。
「め、フッ......たぁしかにねぇ。ひゃっひっくぅっ...」
「え、え、えええ!?何言ってるの、二人共...ていうか変な笑い方するのねお嬢ちゃん... 」
驚けばいいのかお兄さんを嗜めるべきか迷った挙げ句に、私にツッコミを入れたお姉さんはなかなか混乱しているらしい。お兄さんが隣の椅子を指差しながらお姉さんに「とりあえず座りなよ」と言い、それに従ったお姉さんはおずおずと私とお兄さんを見比べながら「どういうこと?」と尋ねてきた。
それに対しニコリと微笑み冷めたお茶を飲む私と「あんたほんと騙されやすいよなー」と馬鹿にするお兄さんに答えるつもりはサラサラない。だって面白いし。と、密かに思っていればお兄さんの視線を感じた。げ、残念ながら私とお兄さんの趣味は似ているらしい、思わず眉間にシワを寄せた。
「そう嫌そうな顔をされると、もっと構い倒したくなるんだ。覚えておくといいよ、お嬢ちゃん。」
「ひぇええ、気持ち悪...ではなくて、ご忠告痛み入りますわ、お兄さま。」
「おにっ!?...くはっ、面白いね君......こりゃああの人が肩入れするわけだ!」
「お兄さまぁああ?!あんたにお兄さまなんて似合わないわよ、ぜんっぜん合わないからお嬢ちゃん、こいつを兄呼ばわりとかやめときなさい!ろくな目に合わないから!」
腹の立つアドバイスに思わず本音を漏らしつつ嫌味を返したら、一瞬目を見開いた後におもしろガール認定食らった...。ここは地獄?古くからの少女漫画でよくあるセリフの一つをまさか生で聞くとは。気持ち悪。ブルブルブル。嫌悪感で吐き気が...。そしてお姉さんは結構騙されやすいから気をつけてね、詐欺師の格好のカモだから。ただしろくな目に合わないのは同意する。
というか今、あの人が肩入れとか言ってたけど...
「あの人?」
「なんだ、聞いていないのか。君ら何話してたんだい、お茶とお菓子まで用意して。」
「しょうがないでしょ、このお嬢ちゃんが過呼吸起こして、とにかく辛そうで。」
照れるから本人のいる前で話さんでくれ。ほれみろ、お兄さんがニヤついてコッチ見てくるじゃないか面倒な。
「その節は誠に申し訳ございませんでした。今はもう安定しておりますので、大丈夫です。」
大人しく頭を下げた。その後今度こそ本題に入ろうと声をかける。
「先程の私の質問に、答えてはいただけませんか、お兄さま?」
「勿論。良いよ。今はさ、あの人...うちの隊のトップ二人が君の保護に動いてるんだよねぇ。俺は馬鹿じゃないから、他の皆みたいに君を攻撃する気はないって。心臓がいくつあっても足りないし。」
味方風に楽しそうな顔でさらっと爆弾を落とした。
「は??」
「あーやっぱりそうなんだねぇ。良かったね、お嬢ちゃん。あの二人に逆らう奴なんて陛下か組織のトップクラス、後は他の隊の隊長・副隊長レベル位だからね。」
海凪潟、混乱中。思わず本心から言葉が漏れた。目をぱちくりさせて口を開いてしまう。
(待って待って情報不足だから説明プリーズ。トップが二人?...一人はあの殺人未遂男として、もう一人って副隊長さん??)
「あ、ごめんなさいね、置き去りにしちゃって。ちゃんと説明するから。」
「何で説明してなかったの、一応は知ってるんでしょ?」
「さっき言ったでしょ?お嬢ちゃんの体調が悪かったんだって!それに、どこまで話していいかこっちは把握してなかったのよ。この国の常識の説明から始めてたし。」
「はぁ?なんでそんな遠回りなの。」
「もう!いいからあんたが説明始めてったら!」
「うおっ、だからすぐ殴りかかるなって」
お兄さんとお姉さんが仲良くけんかしている間に、海凪潟はこう思った。
(この二人って、そういう関係??リア充爆発の呪文を唱えるべき??)
いやいや、そんなこと考えてる場合じゃないなと振り払いつつ、私の質問の仕方も悪かったと反省した。だって異世界って未知で溢れて好奇心とか疼いちゃんたんだもの。
まぁ言わないけど。
「あの」
「うんうん、お菓子持ってきてたしおやつタイムの続きをしましょうね。ほら、あんたも食べなさいよ。」
「ほーい。あ、俺これがいい!」
お兄さんがお姉さんの持っていた籠から何かを取り出した。ちょっと、ここは先にこのお嬢ちゃんに選ばせるべきでしょ!大人げない...とペシリと手を叩くお姉さん。お兄さんは大げさに「いってえ!」と声を上げたが、ここは笑うところだろうかと眉間にしわを寄せて考え始める海凪潟。この険しい顔を見た二人は、しばしお互いの顔を見合わせて「難しい子だ」とアイコンタクトを交わした。
何故和やかな雰囲気の中作られた険しい顔に動揺しなかったかというと、四六時中怖い顔のままのお偉いさんを知っており、慣れているからだった。そのお偉いさんというのは、国王陛下の側近であり、大臣の位を持っている爺さんだ。
それはさておき、二人から自分の処遇とこれからの予定を聞く海凪潟。頻繁に眉間にシワを寄せつつも真剣に質問を繰り返しては自分なりに理解しようとした結果、わかったことといえば。
「はぁ、とにかく私があの隊長さんとその部下に当たる治療室の筆頭医務官さんによって守られていて、そのうち特別室っていうお部屋に軟禁される予定なのは理解しました。まぁ、あの男...私を殺そうとした人の行動としてはどうかと思いますけどね。情緒不安定すぎるのも程々にしてほしいです。」
よりにもよって、である。腹立たしい。というか、術ってなんだ、それを調べたって服脱がされてたの?茶色の小瓶の謎生物の生態も謎だし。そいつらが私を診て安全と保証したから感謝しとけよとか言われても、会ったこともないのだから実感が湧かんのだよ。そして二人の話す様子から私は国の意思で招かれたわけではないこと、もしくは情報が秘匿されているようだということに気づいた。
「怯えていたかと思えば落ち込むくせに、意外だなぁ。もう受け入れたのか、自分の状況を?」
「カッ...、もういい加減にしてよそれ」
「ああ、ごめんよ。お願いだから機嫌直してってば、いじめじゃないから。お詫びに甘いもの持ってくるからさ!」
「フン!」
「イデッ!!」
興味深そうな目でこちらを見るお兄さんと私への数々の暴言にだいぶキているお姉さん。お兄さんの口調がぶれているのは対客人用の振る舞いから素に戻りかけているからだろう。話の途中にお兄さんの12番としての仕事の一つに接待が含まれていると聞いたのだ。最も、その相手は普通の貴族ではなく悪どい事をしている疑いのある人物らしいが。
『貴族に限らず、偉そうなやつを相手取るのは大変だからな。精神力のいる相手なら尚更、騎士が適任だったりするんだよ。といっても他の隊はうちほどじゃないけどね。』
『仕事が?精神力が?』
『両方だよ』
『へぇ...』
とこんな風にね。
「お姉さまもお兄さまも言っていたではありませんか。うちの隊長は尊敬できる人だ、ただしその強さで恐れられているとも。素人目から見ても強そうでしたし、あのとき殺そうと思えば殺せたのにそうしなかったのだから、何かしら意味でもあるのかと思いましてね。それに、無駄に怯えたり不安になるのは嫌なんです。だから、ひとまずは信じてみようかと。」
ただし、2割程度ですがね。残りの8割は警戒とか疑心ばかりで埋め尽くされております。宣言するときには顔は固まり微笑みが作れなかった。長時間人といると気力が削がれてしまう。もう引きこもりたい。軟禁は嫌だけど、少なくとも部屋にいる限り顔を作らなくていいことだけは嬉しい。
すっかり諦めモードな私を見て、二人はやや困っているような、呆れているような様子だった。
「守られているんだから、喜んでもいいと思うんだけど...」
「わかってないな、仮にも自分を殺そうとした相手が後見人なんだぜ?何企んでんのかわかんなくて不安に思うのは当たり前だよ。」
「そ、それもそうね、にしても何で訓練用の剣で切りかかったのかしら。隊長は強すぎて普段覇気だけで相手を失神させるって聞いたのに。」
こそこそと話し合っているところ悪いが、丸聞こえだ。わざとか。嫌がらせなのか。あの男を味方だなんてホントは信じられないしありえないと思う。嫌いというより怖い。首締めるし何度も斬りかかるし迫力で固まらせてくるし。
「そういえば、一つだけ気になることがあるんですけど。騎士隊にせよ治療室にせよ、それぞれのトップは共通なんでしょうか。それとも、それぞれ独立しているんでしょうか。」
指揮系統がバラバラだと集団でのトラブルが起きやすそうだし、かといって統一すれば指令が間接の上司から下されるということで不満が出そうだし。
「え、またその話?私の弟なんて勉強のこととなったらすぐ脱走しようとするのに。」
「あんたの弟ってあれだろ?剣に憧れてて家を飛び出そうとして連れ戻されることで有名な。先輩が前に話してましたよ、いたずら坊主って。」
「質問への回答お願いいたします、お姉さま方。」
「はぁい、無視したわけじゃないのよ!信じてね!」
話の脱線をいきなり始めないで欲しい。キツめに遮ってしまい申し訳ない。子供っぽさが出て恥ずかしいな。そう思いつつも答えを聞いた。
「元々は騎士も治療室員も固定じゃなくて、一つの軍隊に配属されるという意味では同等の地位にあったけれど、武力に秀でた人、回復や治療に秀でた人と才能にはバラツキがあったわ。だからある頃、軍の中で役割を分担するために、それまでなあなあだった戦闘員と後方支援部隊を分けて育成し、それぞれが支え合う制度が生まれたの。」
「これが世に言う軍事革命。つっても第一次から結構色々あるけどな。んで、今は騎士の方が治療室員より立場は上ってことになってるけど、あくまで風潮だからさ、実際うちの国軍の治療室筆頭はめちゃつえーって噂だ。そんでお前の質問への答えは、各騎士隊の隊長は全員同格、治療室の場合は第5隊の、つまりお前の保護に動いてる一人がトップで、それ以外は次期筆頭候補一人と続くが。」
「えええ、それ、大丈夫なんですか?!」
一つの隊に治療室のトップが常駐って、権力偏らない?大丈夫なのそれ?
「大丈夫よ、多分ね。これまでも問題はなかったし、基本的に騎士隊長が治療室の人間に要請する形だから上司は実質彼らよね。」
「そうそう。おっと、長話をしていたらあっという間に時間が過ぎてしまったね。そろそろ帰ってくるんじゃない?」
ガチャリ
「おや、随分と仲良くなったようだね、お前たち。12番くんも、わざわざいてくれたんだね、ありがとう。」
あ...び、美人さんだわ。これが噂の。
「こんにちは、お嬢ちゃん。私があんたの主治医みたいなもんだよ。隊長から仰せつかったんでね。名前はレイアヴィア・フォロキーラ。好きに呼んでくれて構わないよ。」
な、なんて滑らかな自己紹介だろう...目を大きく開くほど驚いた。ここに来て初めてまともに名乗る人を見た気がする。皆渋ってたのに。何故?
「......あ、私は、み、海凪潟綴と申します、先生。どうぞよろしくお願いします。」
あまりの衝撃に名乗り遅れてしまった、ナンテコッタイ、人として情けない。思わず両手を握りしめて唇を噛んだ。その様子を見たお姉さんは私の肩をたたいて「お優しい方だから大丈夫よ」と、お兄さんは「ほらほらどうした?あんまり美人だからって惚れるなよ?」とからかい混じりに声をかけてきた。
益々微笑ましい光景が繰り広げられ、レイアヴィアはその美しい相貌で面白そうに小さく笑った。
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