シリアスというものは笑いの布石である。
お待たせしました。前回のグロに続きシリアスなシーンがポコポコ出ます。
主人公の思考回路がリアリティのために飛び飛びになり、読みづらいかもしれません。
昔、歴史の授業でかの有名なマリー·アントワネットが首を落とされた話を聞いたことがある。斬首刑は、死刑の中では「痛みを感じずに逝ける」という意味で良心的なものらしい。
ならば、私の首を狙ったあの男は、実は優しいやつなのでは…?
なんて、そんなわけ無いか。首を切る人間の技量で痛みが長引くこともあるらしいから一概には言えないよな。
私は、昔から死ぬときは痛みなく死にたいと思っていた。そう、瞬殺。交通事故とか他殺(刺殺、絞殺、溺殺等)とか病気とか、それらは総じて痛そうだ。だからもし私に殺意を抱いたやつが現れたら、『お願いだから痛みなく殺して』と言いたかった。
将来の展望はなく、死ねないから生きているだけの私は正しく“生ける屍”だ。ーーーそういえば、ソクラテスさんに怒られるかもとヒヤッとしながら倫理の授業を受けていたなぁ。
(※ ソクラテスさん...「ただ生きるな、善く生きろ(多分こんなこと言ってた気がする)」とか名言を残した古代ギリシャの哲学者。)
死のうと思ったことはないが、死んで解放されたいとは思っていた。
どう違うかというと、自傷行為に当たることは自発的に(ほとんど)行わない代わり、人生の終わりを心待ちにしていたのだ。
死にたければ死ねばよかったのに、それをしなかった。怠惰で臆病な厄介者…役立たず、穀潰し、etc…。
どんなに自分を責めても現実は変わらない。テンションが下がって無感情になるだけ。
…なら、こんな思考は消してしまえ。
忘れてしまえ。殺せ。こんな感情も、思考も、何もかも。
何も考えず、ただ時間に流されて。そうしていればいつかは死ねるから。
だから、今は奥底へ。私は殺せ。弱い感情は殺せ。
思い出すな、決して。
でなければ私は壊れてしまうから。
悲しくて寂しくて、けれど幸せにはなれない。
いつまで私は生きるのだろうか…
ーーーーーーーー
ふわふわと身体が浮かぶような感覚。でも押さえつけられるようでもある...。不思議。
あめ…の、おと…?
真っ白な世界に瑞々しい空気が入り込む気配。あと、遠くの方で誰かの物音がする。サアサアと水音も。
まど が あいた、の?
少し硬めの床と押し合う身体全体が重たくて、起きられずにうつらうつらと睫毛が交差する。
あれ、私、どうして...
あ、白い天井。まさか夢オチ...点滴や機械がないから病院ではない。けれど視界に入る見慣れない薄黄緑色のカーテンが、寝ている私を楕円状に取り囲んでいるから我が家でもありやせん。綴さんピンチ続行か?
どこだろ...ん?...一旦瞼をギュッと閉じてから霞んだ視界をクリアにする。
意識が浮上する。モヤが脳を支配して頭の回転が遅いが、しかし。
よし、わかってる。大丈夫...パチっと目を見開いて...
ここはどこ!?ーー知らん!!
私はだr..海凪潟綴だコンチクショーー!!
服装は...襟元がなんか気絶前より整っている気がしますけど制服なままだあーー!!
よし、ちょっと険しい顔になったが テンプレ制覇っじゃなくてえっ!
我が身に起こった一連の流れを再生、眉間に皺が深く刻まれるのはいつものことさ、オーケー、って
ーーー自分、死んでね?
ようし簡単な身体検査だ胸に手を当て鼓動...あり、目元に手を置き広げ瞳孔...手元に鏡も光もねえしそもそも眩しすぎて閉じちまうだろぉーが!
はぁ、はぁ、しんど。
それから、思考はできるとして言語の、聴覚あたりは大丈夫かな?最後の記憶あたりブルルルッ!
さ、寒くないんだよ、ただ死のイメージが湧き上がるとどうしようもなく身体に力が入っちゃうだけで。ついつい拳に爪が食い込んで跡が付きそうとか、呼吸ができなくなるほどの緊張で、頭から固まりついでに目が閉じられないほど真ん丸だとか、おかげで今少し息してないのに心臓がのそりと脈打ったとか、喉が渇いて痛くて辛いとか、ーーー忘れろーーー
オーケー。無かったことに。心の画用紙を数枚ペリペリめくって残像は破って捨てて。無い。無い。白い真っ白に無に。何もないね。...なんで不安?不思議。
脳内で、某ゲームのキャラ;マリ雄の復活音が鳴った気がした。
「っふううぅぅ...」
思わずため息をつく。今こそ妄想オカンが”頑張ったでショー”と書かれた金メダルを片手に激励の言葉を掛けてくれるシーンだと思う。勿論そんな知り合いはいない。
ここで、これまで聞いたことのない声が近づいてきた。どうやら耳は正常(?)に戻ったらしい。眠っている間にアップデートでもしたんだろうか。
「まだ眠っているのか。随分長いな...。」
「あら?でも今呼吸音が不自然に聞こえた気が...。」
「!?起きたのかもしれん、見に行ってみるか。」
嘘っ、えええ、こっちに来るぅぅっ今私寝起き(普段他人には決して見せない姿)だし!見られたくねえ...。しかも敵味方よくわからん誘拐犯の一味(偏見)何だけどぅわぁっ!
思わずかけられた薄いブランケットを頭の上に引っ張ってきて、内側に折り曲げる形で端に頭を乗せ、隠れる。横向きに身体を縮めたことで全身が埋まる。...窒息死とかはこの際気にしないことにして。ドックンドックンと史上類を見ない(あの男の事は忘れた)鼓動の音が聞こえる。ホントにでかいな空気読めよいやだから余計にかクソが。慌てると口が悪くなるのよ許してちょ。
「ちょっ、何勝手にっ!」
どうでもいいけど足跡響くなこの部屋。止めようとする女性の声が縺れる足音と連動して、焦っているのがわかる。対して男の声は悠然と同じ間隔で響く足音からも察せる位無駄に余裕がある。ま、当然か。相手は無力な子どもだし。
いよいよか...
シャー
造りが安そうなベッドの周りにあるカーテンが開けられたらしい。視界はブランケットで覆われ人を直接見ることはないが、剥ぎ取られたらどうしようと呼吸が乱れ息苦しい。間違いなく不自然な息だ。でも、自分から姿を見せたくない。
呼吸する度に肩が収縮するから、相手方に起きていることや隠れていることはバレているはず。はぁはあ。いやしんど。私は寝汚い子どもかいっ。
ビクッ
「大丈夫大丈夫、怖くなぁい。」
「あなたそれ本気で言ってるの?震えてるじゃない!」
唐突に腕あたりに手を置かれさすられる。いや、怖いっていうよりキモい。知らない人間に触られて安心のあの字すら湧かんわ。とても呆れる。で、誰。
「そのままだと苦しいでしょ?僕らは君の敵じゃないよ。だから大人しく出てきな。」
怪しいやつなのはお互い様か。声だけ、布越しの接触だけでは判断がつかない。が、死後まで苦しみを味わうとは思わないから、考えられるとすればあの男の関係者...
「あ、君には従うしか選択肢はないよ!だってもう他に死なない道はないし。」
唐突。私の死刑執行はいつでもできるってか、ハッ!腹立つなぁ。こんなときこの無駄な聴覚機能が悔やまれる。いっそ無ければ...それはそれで困るから却下。
ていうか死なない道...?どういう...
「脅してどうする!」
「あいたっ!てて、仮にも治療室の人間が人を叩くなよなぁ、うおっと!」
女性が追いついたらしい。男を追う際に書類がバサバサ落ち(る音がして)、かき集めるのに手間取ったのだろう。一時的とはいえ助かった。これ以上あの気味の悪い奴の話ーーつーか声とか足音とか聞きたくない。たとえ奴が、私が助かる一縷の可能性を秘めた情報を持っているとしても。
「黙らないと追い出すわよっ!」
「わかった、わかったから...ああ、女の子なのに怖い。」
「出ていけ!」
「うわわわっ蹴るな蹴るな、ちょ、おい、本気!?」
ガタゴトと慌ただしい音が遠ざかっていく。女性は奴を追っ払ってくれた。ネズミ捕りの女。ではなくてネコ。でもなくて...とにかく、感謝しよう。敵でなければ良いんだけど。
そして、ココ何処問題が再発する。これからどうすれば良いのか、ヒント欲しいよ切実よ。
バタン
笑っていいかな?最後奴は蹴られた衝撃でお尻を打ったような鈍い音がしたんだ自業自得だ馬鹿野郎め。漫才みたいで直で見たかったような無いような。...あ、やっぱ良いです。好奇心は猫をも殺す、慎重にいかなければ。
「ふぅ、これでやっと落ち着いて話ができるわね。まぁでも、あいつにしては優しかったほうなのよ?普段なら容赦なくそのブランケット剥がしてるとこだから。」
女の人はそうため息交じりに告げた。なるほど一理ありますね。そして何やらコポコポと湯を沸かすときの効果音が。ええと?
「そろそろおやつの時間よ。ベッド下にあなたの靴があるわ。ゆっくりでいいから履いてこっちで一緒に食べましょう。私お茶を入れるのは得意なのよ。」
靴?
あ、え、ん?
声の位置からしてこちらの姿は見えないはずだ。恐る恐るブランケットを持ち上げてベッドから下を覗き見れば、確かに私がよく履いているスニーカーがあった。でも待って、そもそもここが異世界の続きならなんで私は、...あの忌々しい男のベッドでも靴を履いてたの?私がミミコさんを倒したまま気を失ったのは家の中、そこで靴を履きっぱなしの文化はない。
ヘイヘイへエイ?!驚きで眉を目一杯持ち上げちゃったじゃないか。さらなる謎が増えましたよああ面倒な。
思わず肩と頭から力を抜きダレる。もうホント、何なの。私、一生分の脱力感を味わってる気がするわ、ミステリーに疲れた。さっきまで寝てたけどダルさが抜けないし。むしろ寝疲れか。
女性の位置近くの開きっぱなしの窓から外がよく聞こえる。それほど激しくはないものの弱々しくもない。傘を差して歩けば、さぞかし心地よいザアザア音と手に伝わる振動、外気はひんやり気持ち良いだろうに。...傘、あるよね?いや、捕まってる人間が外に出るとは考えられないんだけど、つい。
何はともあれ、拘束していないことから敵意をすぐには感じないので、靴を履いてあの女の人の元へ行きます。女は度胸だ綴さんファイッ!誰も褒めてくれないので自分を自分で褒めてます虚しいとか言うなし。
ヨイショヨイショと重い体を無理やり動かし、靴に亀の速さで足を入れる中、頭の中ではある疑問が駆け巡っていた。先程の続きである。
ーーーところで、私が生きてるってことは、あのとき”男が私を殺さなかった”ってことになるけど...ホワイ?
容疑者からの情報収集はわかる。けど、わざわざ複数回殺そうと動いたってことは私はいてもいなくても、むしろいないほうが都合が良かったってことだよね。それともこちらの反応を見て愉しんでた?趣味悪。
あの時...一歩間違えれば確実に訪れたであろう死ーーー振り回し慣れていた動きから、あの速度を加味すれば死せずとも苦しむのはわかりきっていたはずだ、素人でもわかる。奴は玄人、狩りをする野生動物...獲物をどうすれば仕留められるかくらい...
胸がザワザワして喉に圧迫感を感じる。また息が吸えなくーーー
...っはあ、っはあ、あっ、...はああっは、っあっ...あぁ、...はっはっはっあぁ...
「お茶を入れたから、そろそろ来てもらえるかしら?
...お嬢ちゃん、聞こえてる?」
おかしいわね、とか言っているのが聞こえるが、こっちはちょっとそれどころではないので無言を貫く。因みに個人的意見だが、初対面の相手に昔からの知り合いのような声掛けってどうなんだ...。敢えてなのか?
乱れた呼吸を整えようと、必死に頭を熱くさせ汗を流し、左手で胸元を抑え、ベッドのシーツを掴んだ右拳に力を入れながら耐える。
するとあちらは聞こえていないと判断したのか私の様子を見に近づいて来た。
「お嬢ちゃん、せっかくいれたお茶が冷めちゃうからせめて一口...
って、大丈夫?!しっかり!」
空いたままのカーテンの隙間から私がベッドに腰掛けうずくまる様子が見えたようで、急いで駆け寄ってくれる。背中を擦ってくれる女の人は予想よりも年が上のようだった。片手を私の背中に、もう片方を私の右手に乗せ、少し焦り気味に落ち着いて、大丈夫よ、と言葉を繰り返す。
声の切迫した雰囲気から演技とは思いにくいが、油断は大敵、...と思うと息苦しさが増してしまった。いかん、これでは第三第四の気絶パターンが現実になってしまう!
「み、みず...」
「水なら、はい、どうぞ!」
案外近くにあったのか、彼女の身体が一瞬離れてすぐさまコップを渡される。透明の液体が入ったそれはガラス製の小さなもので、紙コップを彷彿とさせた。
ここで毒とか自白剤ならまずいかも。なんて思考は横に置き、5秒後には口をつけていた。
「ゴクッゴクッ...プハッ!ゲホッゲホッ...はぁ、はぁ...ゴクッ...ゴクッ...ふぅ。」
思っていた以上に喉が渇いていたらしい。そういやあフレイに無理やり謎の液体をぶち込まれたときにも大半を吐き出したし、その後体感的に数時間くらい何も飲んでいなかったのかもしれない。途中気管に詰まったが、大したことがなくすぐに追加で喉を潤す。正直もっと飲みたいのだが、たった数回の嚥下で空になったのだから仕方ない。
「ええ、凄い飲みっぷり...じゃあないわね、もう大丈夫そうだけど、どこか痛いところや違和感とかはある?」
落ち着いた私の顔を覗き込み、こちらの額に手のひらを当ててそう聞かれる。
誠実な目だ、多分。きれい。
「いいえ、特には...あの、お水、...ありがとうございました。」
「どういたしまして。あなたとっても偉いのね、きちんとお礼が言えるなんて。随分としっかりしているし...。まあそれは後ね。どうする?お茶飲む?それとももう一回寝る?」
何だかすごく若い子供への対応だ。一体いくつだと思われているんだろう。ううん、気にしない気にしない。
「お茶を飲みたいです。」
「そう、多分冷めちゃったから入れ直そうか。」
「い、いいえ、大丈夫です!」
とんでもないことだ、どんな種類であれ私は客でも何でも無いのだからそんな手間を掛けさせたくない。というか冷めたのは私が過呼吸になっていたからで。
いや、もしかしたら私に優しくしてある程度親密になってからなにか仕掛けるのかもしれないが...彼女にそれをするメリットを感じない。
さて、ずっと気になっていたが聞こうか迷っていたことを口にする。
「...あの、お姉さんのことは、...なんて呼べばいいですか?」
私は基本人見知り、とは言いたくないが、コミュ障である。初対面の不信人物(私に言えたことではないが)に対して言葉が詰まるのはよくある。ついでに今は表情が無から不安を彷徨っていると思う。
ただし、野蛮人どもは例外。命あっての物種だから、殺されそうなら抵抗するしよく喋る。不安そうな顔より無表情のほうがマシ、というか自然とそうなるので実はコントロールできていないのだけど。
それはそれとして、印象操作は生存戦略とすら言えない、人間社会では当たり前のことだ。この危機的状況では重大な場面。成功確率は未知数。
ターゲット、ロックオン!
目の前にいる、呆けた顔でおねえさん、と繰り返した女の人は、途端に目を輝かせて
「お姉さんで!いや、お姉さまでも...むふふ。」
と言ってきた。ニヤつきが凄い。口裂け女...とか思うだけでも失礼か。さっきまでこちらを心配していた優しいお姉さんがグシャリと潰れてしまった。
そしてなるほど、“妹”か“姉呼び”のどちらかに憧れていたのか。都合が良い。思わずこちらまでニヤけてしまったが、ちらりとその顔を伺うも見られていなかったのでいい。
では私からも罠を仕掛けていくとしよう。目標到達までには長期戦になるかもね。
「お姉さまって、呼んでも良いですか?」
精一杯のスマイル。プライスレスではない。表情筋が悲鳴を上げているから、ここ最近使っていなかった筋肉を鍛え直す必要があるだろう。そして自分の声がキモい。媚び過ぎて吐きそうだ。どっから出たよ今。自分で自分が信じられない。我慢だ。耐え抜け。
ただ、この顔で一人釣れそうというのはわかった。分かりやすくてやりやすい。あの極悪人共とは雲泥の差だ。
堪らないとうっとりしたお姉さんは胸焼けするほど可愛らしい。男どもは何人か落ちたかもしれない。知らないが。
”満面の笑みでお姉さまと呼んでくる妹分”。親密さを利用するのも、お互い様と行こうじゃないか。
「喜んでっ!!」
とは思ったのだが、筋肉痛でほっぺが痛んで辛すぎたのであの一瞬しか笑えなかった。...何たる不覚。まあ良い、滅多に笑わないというのも観客(今の所一人)を飽きさせない技と思おう。こんな状況でいつまでもネガってらんねえんだから。
ローマは一日にして成らず、これから毎日媚を売る練習をしようと思う。
お読みいただきありがとうございます。