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3.28.騒動


 宿に戻ってみれば、周囲は大騒ぎとなっていた。

 その中を木幕とレミはかき分けて、何とか宿の入り口まで到達する。

 しかしそこには、見たくないものがあった。


「……!」

「え? え……? ルミア……さん? ルアちゃん……?」


 汚い布の様な物がかけられている二人分の死体がそこにはあった。

 何故外に出されているのかは分からなかったが、その死体はすぐに兵士が持って行ってしまう。

 何も出来ないでいた木幕とレミは、運ばれていく死体を見つめたまま固まっていた。


 半日も開けていなかった。

 宿を出たのは朝早くであり、今は昼を過ぎたあたりだ。

 時間にして数時間しか宿を離れていなかった。


 すれ違ったか?

 いや、だとすれば確実に目に留まるはずなのでそれは違う。

 だとすれば入れ違いか……。

 何時……出て行ったあとすぐだろうか。


 力の込められた拳が、何処にぶつけるでも無い怒りをため込んでいた。


「あの二人の死体を見つけた者は誰だ!!」


 突然の大声に、周囲にいた野次馬が押し黙る。

 それは兵士も同じであり、びくりと体を跳ねさせた。


 今木幕は凄い形相で周囲にいた野次馬を睨むように見ていた。

 それに怖気て数歩下がる者もいれば、身構える者もいる。

 だが今木幕にとってそんなことは些細な事でどうでもいい事だ。

 早く名乗り出てこい。

 出てきた人物を見逃さまいと、終始観察する。


 すると、兵士の一人が歩いて出てきた。

 それに気が付いて掴みかかろうとした木幕だったが、その人物が見知った者であったため、すぐに動きを止めて相手の目を見る。


「ロディ……」

「よぉ。ここにいるってことは、そう言う事だと思っていいんだよな……。犯人を追ってくれている用で助かるよ」


 ロディ。

 本当の名前はロディックだが、呼びにくいのであればそう呼んでくれて構わないと本人が言っていたため、木幕は呼びやすい名前で憶えていた。


 彼は木幕が一番初めに訪れた殺害現場で見張りをしていた兵士だ。

 まさかこんなところで再開するとは思っていなかった為、少し驚いてしまった。


 ガシガシと頭を掻いて、「何処から説明したもんか」と悩んでいたようだったが、すぐにまた木幕に目線を合わせる。

 その後、ロディックは先ほど起った事を説明してくれた。


「この宿に居たのが呪い子だという事は知っているか?」

「無論」

「では、彼女とその母親以外にも、十六人の死体が店の前に転がっていたのは?」

「な……!」


 ロディックから出た言葉は、木幕だけではなくレミも驚いた。

 確かにルアは呪い子であり、それも強力な力を持っている。

 しかし、それに気が付いていた彼女は喋ることは絶対にしなかった。

 そうすればまた自分が人を殺してしまうとわかっていたからである。


 だが、その死体は外傷も何もなく、突然死んでいたらしい。

 周囲にいた人物も、急に大勢の人が倒れたことにとても驚いたようだ。


「これは、呪い子でなければできない芸当だ。聞けばその子の声を聞いただけで呪いは発動するというし、彼女がこれをやったのは間違いないだろう」

「……そ、そうか……。だが何故」

「そこだ」


 木幕が言葉を続けようとしたのを遮って、ロディックは話を続ける。


「ここ数年、彼女は一言も喋ったことが無いという。叫び声すらも抑えていた様だ。そんな彼女が何の前触れもなく声を出すとは到底思えない。それに、彼女は死んでいた。首を落とされてな」

「では、やはりあの下手人が関わっているのか」

「おう。だけどそれも変な話なんだ」

「何故?」


 その言葉を聞いたロディックは、心底分からないと言った様子で手を広げた。

 体勢そのままに、その理由を説明する。


「恐らく彼女は、その犯人と接触し、声を出した。だが、宿の中には二人の死体しかなかったのだ」

「……呪い、が発動しなかったという事か?」

「それだと外に倒れている奴らの説明が付かん。奴が特殊なのか、知っていて襲った為に耳栓をしていたのか。更に、この宿から出てくる人物を見た者はいないという。死んだ奴らなら何か知っていたかもしれんがな」


 殺害方法は首を一撃で刎ねただけのもの。

 となれば下手人は西形で間違いないだろう。

 しかし、死んでいない。

 彼女の声を聞いたというのに、奴は死んでいないというのはおかしな話だ。


 耳に栓をしていれば確かに問題ないだろうが、この世界に疎いはずの西形がそんな情報を持って襲うとは思えない。

 恐らく、呪い自体効かなかったのだろう。

 それがなぜかは分からないままだが。


「……すまん、助かった」

「いや、いいさいいさ。それより、相手の目星は付いたのか? こっちゃダメダメだ」

「……こちらもまだだ」

「そうか。じゃ、俺たちは引き上げるとするよ。気ーつけてな」

「そちらもな」


 死体を回収して、そそくさと兵士たちは帰って行ってしまった。

 それを境に、野次馬も数を減らしていく。


 親族たちは死体と一緒に移動してしまったようで、既に周囲には誰もいない。

 外傷が無かった為か、周囲の掃除などもしなくてよかったらしく、比較的速やかに事態は収束してしまった。


 木幕は、静かに宿の入る。

 それに続いてレミも入ったが、そこには血も何も掃除されていない玄関。

 そして階段。

 あの二人が殺された時のままの姿が、そこには残っていた。


 その中に、水瀬が居た。


「……木幕さん」

「なんだ」

「……レミさん」

「はい」

「……兵は……何処に行きましたか」

「……帰りました」

「そうですか」


 次の瞬間、水瀬は手を合わせて力を籠める。

 足元から水が湧き、それが意思を持っているかのようにして外に出て行く。


「許さない……」


 額の血管が浮き出ている所を見るに、随分と無理をしているという事が分かる。

 汗も噴き出す様に出ており、体は震えていた。

 それに気が付いたレミが止めようとしたが、木幕に遮られた。


「師匠! 水瀬さんが!」

「分かっている。だが、今は無理をさせてやれ」

「どうして……」

「今西形は手の届くところにいるはずだ。それを逃したくないというのが一つ。そして、敵を討つ為に無理をしているというのが一つだ」


 水瀬は、また弟を止める機会を逃したことを深く後悔していた。

 ここにも水花を設置しておけば、こんなことにはならなかったのだ。

 多少無理をしてでも、最悪のことを想定して置けばよかった。


 もう、自分の弟が人を殺すのは耐えられない。

 もう、それを止められない自分が許せない。


 水花を周囲に展開し、声、音を聞く。

 その中で、付近に奇妙な歩き方をしている人物はいないかを探る。

 西形は石突を突きながら歩いている為、それを聞きさえすれば見つける事はできるはずだ。

 一定のリズムで、草鞋が地面を踏む音を探し出す……。


「…………見つけた」


 すぐに能力を解除し、大きく息を吐く。

 気が付かなかったが、どうやら鼻から血を流していた様だ。

 レミが急いで布を持ってきて顔に押し当ててくれる。


「大丈夫ですか?」

「ええ……有難う。それよりも、見つけたわ。行きましょう」

「うむ」


 休む暇もない。

 三人はすぐにその場を後にし、西形正和を追った。


【後書き】

 母親とこの世界の生まれではない者は、呪いの影響は受けない。

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