11.4.あの場所
目が覚めた。
そこは白い空間であり、木幕が初めに来た場所でもあった。
今回は腰に葉隠丸が携えられている。
キッと睨みを利かせた木幕は、上を見た。
シャンッシャンッ。
鈴の音を鳴らしながら、一人の女性が舞い降りてくる。
美しい女性ではあったが、今は一つの感情しか芽生えていない。
殺意。
すべての元凶を作り出した邪神。
敵を見つけた葉隠丸が、カチカチと鳴って殺意を露わにしている。
地面に舞い降りた神、ナリアは優しい笑みを浮かべて木幕を見た。
「ありがとうございます。これでこの世界の均衡は保たれるでしょう」
「……」
「あらあら、どうされたのですか? そんなに怖い顔をして」
「……願いを聞き届けてもらおう」
「はい、勿論です。お約束は守ります」
この時のためだけに考えていた、叶わない願い。
憎しみと殺意をもってして、その言葉をナリアに告げる。
「正々堂々、勝負しろ」
「……は、はぁ」
「できぬのか?」
「可能ですよ。まぁそれでいいというのであれば……止めはしません。ですが……」
ナリアは体中に散りばめられていた鈴を変形させ、小さな刃物に変えた。
神らしからぬ顔つきになった後、殺意を持って口を開く。
「後悔しますよ」
「せぬ。貴様を斬る。それだけだ」
「……神に向かってよくもまぁそんなことが言えますね」
「神? 愚神の間違いではないか?」
「……」
気配が変わった。
ナリアという美しい女性は鳴りを潜め、変わりに殺意溢れる恐ろしい人物に変わったような気がする。
表情はそのままでだが、恐らく心の中では怒り狂っているのだろう。
挑発に乗せられやすいのだなと思いながら、木幕は葉隠丸を抜刀する。
切っ先をナリアに向け、喉元を狙った。
神に刃を向けるなど、冒涜もいいところなのだろう。
この世界の住民のほとんどは、このナリアという神を信仰している。
今まで敵視された事のない彼女が怒りを覚えるのは至極当然であった。
更には刃を向けられている。
勝てるはずのない人間が、神に刃を向けているのだ。
なめるのも大概にしろ。
ナリアは表情こそ崩しはしないが、木幕の読み通り、その腸は煮えくり返っていた。
二度目だ。
こうして戦いを挑んできた人物は、木幕で二人目なのだ。
あの時は格の違いを見せつけてやったのだが、それでも諦めずに立ち向かって来たということを覚えている。
こいつも同じようにしてやろう。
ナリアは悪い笑みを浮かべて、変形させた小さな刃物の切っ先を木幕へと向ける。
「しかし、どうして私と戦うことにしたんですか? もっと願いは多くあったでしょう。元の世界に戻してあげることもできますし、富を与えることも造作もない……。地上にいる生物に飽きを感じましたか? では強い魔物を作り出しましょう」
「貴様は何を言っているのだ」
「……なにを、と言いますと?」
見当違いも甚だしい。
こいつは地上での会話を聞くことができる。
だったら知っているはずだ。
自分がどうして刃を向けているかということを。
「貴様のせいで殺された侍の、敵を討つために某は戦いに来たのだ」
「いえ、私は……」
「黙れ。十二人だと? 他にも多くいたらしいではないか。貴様のことだ、それを知らないはずはない。知っていなければおかしい話だ」
津之江に会って疑問に感じ、葛篭に会って確信に変わった。
十二人以上の侍を、ナリアは転移させて殺し合わせている。
もしナリアが転移をさせていない者がいたとしても、これだけ言える。
「貴様は、楽しむ側の愚者だったのだろう」
確信を突かれたナリアは、目を細めた。
この世界を知らない人間が、よくここまでたどり着いたものだと褒めるべきだろうか。
それとも神に対してのこの言葉遣いを怒るべきだろうか。
いや、もうやることは決まっている。
あの時と同じ様に、嬲り殺せばいいだけだ。
「話していても時間の無駄の様ですね」
「話の分かるやつだと思ってはいない」
「……どこまでも……!」
ナリアが動き出す。
腕を振るうと空中に浮いていたナイフが飛び出し、木幕を襲う。
それを一つ一つ丁寧に弾き、余裕の構えを見せた。
だがその刃は、弾かれるとすぐに軌道を修正して木幕に襲い掛かる。
「!」
すぐに奇術を発動させようとしたが、葉が出現しなかった。
仕方がないので葉隠丸を振り回し、そのナイフを下に弾き落して地面に突き刺す。
「アハハハ! 私が授けた魔法ですもの! 奪うのも簡単!」
「ようやく本性が出てきたな」
分かり切っていた事ではあるが、こいつを斬り伏せるのには骨が折れそうだ。
浮遊することができる上に、自在に操れるナイフ。
的も小さいので少しでも手元が狂えば体にナイフが突き刺さるだろう。
厄介な敵だと思いはしたが、葛篭ほどではない。
動きも遅く、沖田川ほどではない。
力強さも槙田ほどではないし、その回避のしにくさも西形や水瀬ほどではない。
戦ってきた経験が、今ここで発揮されようとしている。
「んなー? 何処だここ……」
「?」
「!!? なな、何故!? なぜお前が!!」
振り返ってみれば、いるはずのない人間が立っていた。
それにナリアは酷く驚いているようだったが、何故驚いているのかは分からない。
ぼさぼさの髪が後ろで結われている。
人相の悪い顔で周囲を見渡し、木幕を発見すると笑顔になって手を上げる。
「おお! 木幕! 何してんだお前ー!」
「……辻間……?」
「なんだあの綺麗な嬢ちゃん。でもこえーなぁ……亡霊が周囲に漂ってやがる……」
そこに居たのは、辻間鋭次郎だった。




