10.86.前進
アテーゲ領の援軍だと思われる船が、魔王城を攻撃している。
そのおかげで大砲が破壊されているようで、飛んでくる砲弾が少なくなっていた。
西形のお陰で最大の危機を脱した中央部隊は、柳を追い詰めるために勢いをつけて敵を屠っていた。
テトリスとティアーノが前線で道を作り、他の兵士に混じってレミとスゥが攻撃と防御を繰り返し、木幕が奇術で敵をどんどん削っていく。
彼らと後方からの爆発矢の援護のお陰で、死傷者は極めて少ない。
「西形は何処に行った!」
「分かりません! でもあの二人が道を作ってくれています!」
「レッドウルフの死体はあったが……」
串刺しにされたレッドウルフの死体は、さっき通り過ぎた。
何処かに西形の死体もあるのではないかと不安になったが、何処を探してもなかったので、奇術で遠くに行ったのだろうと仮定する。
「! 左翼注意! 右翼! 暫し持ちこたえよ! 弓兵! 左側に矢を放て!!」
音と敵の気配で兵士に指示を出す。
木幕が感じ取った通り、左側からこちらに突撃してきている小隊がいた。
指示通りに左側に矢が放たれると、突撃してきた敵の勢いが削れ、左翼だけで対処できるようになる。
それを確認した後、奇術で右翼の援護を行った。
指示を出して少し遅れてしまった。
すぐに走り出して前に追いつく。
奇術を使って敵を一掃し、再び前進。
この繰り返しを何度も行い、着実に柳へと迫っていく。
「ティアーノ!」
「了解!」
テトリスとティアーノが大型の敵と対峙している。
後方にも何体か混じっているので、これだけはしっかりと倒しておかなければならない。
「っ!! っ!!」
「! 地面から何か出てくる! 回避!!」
スゥが地面を踏みつけている姿を見て、レミが咄嗟に叫ぶ。
近くにいた兵が回避行動をとった瞬間、地面から巨大な蛇が現れて兵士を踏み潰した。
「っー!!」
スゥが地面を隆起させて、蛇の顎をかちあげる。
相当な威力だったようで、蛇はのけぞってそのまま倒れてしまった。
だがまだ死んではいないらしく、のそりと動いて兵士を睨む。
分厚い鱗に、もう一匹の大型の魔物。
高ランク帯の魔物であるので、対処するには時間が掛かりそうだ。
「師匠!! 先に行ってください!」
「任せた!」
「ええ!? 大丈夫なの!?」
「師匠だったら一人の方が強い!」
木幕は蛇の腹を通り過ぎて、大型の魔物の横を取って単騎で突っ込んだ。
一人になった人間を魔物が狙わないはずがなく、彼らは一斉に飛び込んでくる。
木幕は下段に構えていた葉隠丸を握り、奇術を唱える。
「葉我流奇術、広葉樹林」
葉が一気に舞い上がり、回転して周囲の敵を切り裂いた。
飛び込んできた魔物は葉を体にめり込ませる形となってしまい、体の中で葉が暴れて絶命する。
だがこれは防御をしただけだ。
次は道を作る。
走りながら霞の構えを取った木幕は、そのまま突きを繰り出す。
「葉我流奇術、針葉樹林」
松の葉が出現し、それが束になって突っ込んでいった。
前方にいた魔物はすべて串刺しにされ、その辺に転がるか、そのまま遠くに持っていかれてしまう。
魔物がいなくなったのを確認した後、そのまま突っ切る。
小型の魔物が何度か横から襲い掛かってきたが、葉によってすべて始末してしまう。
あと少しだ。
もう少しで、柳に届く。
ピタッ。
魔物の動きが完全に停止した。
味方からは随分距離を取ってしまったようだ。
今は完全に孤立しており、周囲には小型の魔物が大勢こちらを睨んでいる。
だが、一切の攻撃を仕掛けてこない。
それを不思議に思って立ち止まってみれば、ここはひどく静かな場所だった。
魔物は唸ることもせず、ただ息をしているだけ。
まるで何かに指示をされたようだ。
「木幕」
足音が聞こえてきた。
そちらを見てみれば、やはり柳が立っている。
彼の表情は真剣だが、何処か諦めた表情をしていた。
柳らしくないと木幕は思ったが、これは彼が絶望しているのではない。
ただ、悲しんでいるということを、今し方気付かされた。
「良い、仲間を持ったな。木幕」
「はっ。自慢の仲間です」
「そうか」
柳は刀に手を置いた。
既に、彼の家臣は天へと召された。
兵も少なくなっており、要であった大砲も破壊されてしまっている。
戦いは、負けが決定していた。
兵も疲弊し、四天王全員が死に、主力の大型を前線に置いていたために人間の奇策によって半壊させられ、混乱に乗じて壊滅させられてしまった。
中型と小型だけでは、もう勝てる見込みはない。
更には敵の援軍によって大砲で横矢掛けをされている状況だ。
ここからの逆転劇は、難しすぎる。
だが、勝負は決していない。
これが最後の勝負になるということは、二人には分っていた。
木幕は走ってきて若干疲弊しているが、支障は一切ないだろう。
彼はそういう男だ。
柳は多くの悲しみを背負っていた。
魔王覇気は、死んだ者を知らせてくれる。
だが彼らは貢献して死んでいった。
名誉ある死だと、柳は思って彼らを慈しんだ。
「構えよ、木幕」
「言われずとも」
双方、中段にて対峙する。
切っ先は喉元に向けられており、彼らからは確かな殺意が垣間見えた。
「木幕、劣ったか?」
「……某は、様々な人々と出会い、様々な仲間と出会いました。少し、変わってしまったやもしれませぬ」
「劣ったわけではなかったか。確かに、種類が変わったといった表現の方が正しそうだ」
一瞬の立ち合いで、柳は木幕のことを看破していた。
今までの木幕は敵となった相手となれば、身内でも確かな殺意を見せて圧で押し込んだものだ。
だが今は違う。
今の彼は確かに殺意は残しているが、それ以外の感情が混じっている。
柳にもそれは分からない。
だが、気分が悪くなるものではないということだけは分かった。
「参るぞ、木幕」
「いざ」
二人はザッを一歩前に出て、刀の柄を握り込んだ。




