10.83.受け継がれたすべての技
一刻道仙を携えたライアが、ティッチィを睨む。
妙な破裂音がしていたので来てみたのだが、まさかこんなことになっているとは思わなかった。
鋭い目つきで怒りは頂点にまで達しそうではあったが、彼の集中力は並大抵のものではない。
怒りが体の中で渦巻きつつも、その力をエネルギーに変えて循環させ、体だけは脱力していた。
見るからに分かる強者。
ライアもティッチィも、同じことを思っていた。
「なな、なんで発動しなかったの……?」
ティッチィは痛みこそ少ないが、斬られるまで存在を認識できなかった彼に疑問を抱いていた。
いつもであれば敵が間合いに入った瞬間、自動防御の破裂が発動するはずである。
だというのに、ライアが攻撃してきたときは発動しなかった。
なぜだと考えている内に、ライアがティッチィににじり寄る。
咄嗟に手を向けて、破裂させた。
だがその瞬間、ライアが動く。
「雷閃流、横一文字」
チャッと鞘を横に向け、居合。
横一線に斬られた空気が、破裂をも切り裂いて霧散した。
ライアはすぐに納刀して再び居合の構えを取った。
ライアは不可視の攻撃が見えているわけではない。
だが空気の振動は感じる。
集中に集中を極めた彼だけが見分けられるその感覚。
攻撃の気配、とでもいうのが正しいだろうか。
それだけを頼りに、彼は一刻道仙を振るっていた。
ライアはティッチィの背中を斬った時、自動防御の破裂を切り裂いていたのだ。
敵が間合いに入った瞬間、居合が同時に行われた。
自動防御は不発などしていない。
ただ彼が切り裂いただけだったのだ。
戦闘経験の浅いティッチィはそれを理解することが出来ず、とにかく警戒して構える。
何度か破裂を繰り返し放ってはみたが、やはり切られて霧散した。
「だったら……直接、殴る!」
地面を蹴ったティッチィは、ライアに肉薄する。
その瞬間自動防御が発動したが、それと同時にライアも居合をした。
「雷閃流、逆大文字!」
大という文字を反対に書くように切り裂く。
それによってすべての破裂が切り裂かれ、霧散する。
だがティッチィは止まらない。
握り拳を作ってライアに攻撃を繰り出す。
抜刀状態からでは素早い攻撃ができないと、ティッチィは思っていた。
いままの攻撃全てが納刀状態からの攻撃だったからだ。
普通ではそうだ。
だがライアは違う。
「雷閃流極地居合、虚鞘抜刀術・虚の雷鼓」
ザンザンッ!!
横に連撃の素早い攻撃が、ティッチィを襲った。
拳が三枚に下ろされ、破裂が暴発する。
パンッ!!
「ぐっ!」
「うあっ!!」
至近距離で攻撃を喰らったライアだったが、暴発しただけだったのでダメージは少なかった。
しかし片目が使い物にならなくなり、血を無理矢理拭って視界だけは確保する。
ティッチィは地面に転がって痛みに耐えていた。
魔力が尽きかけている証拠だ。
魔族にとって魔力は痛覚をも癒してくれるものだが、魔力がなくなってしまえば麻酔効果は消え失せていく。
今の暴発が決定打となったようで、今まで平気だった体の至るとこが激痛に見舞われる。
大きく息を吸って魔力を取り込もうとするが、そんな簡単に回復はしない。
だがある程度はましになる。
これ以上破裂を使ってしまえば、本当に魔力が枯渇して活動ができなくなりそうだった。
(手を斬られたのが……失敗だったなぁ……)
使い物にならなくなった両手を見て、ティッチィは嘆息する。
もう自分に残っているのが、接近戦と自爆だけだ。
だがライア相手だと、自爆も成功するか分からない。
だがもうやるしかない。
あの速度であれば何度かは耐えられる。
それに乗じて体の一部を掴みさえすれば、あとは自爆で道ずれにできるはずだ。
柳が勝てば、自分も何とかしてくれる。
その為にこいつだけはここに置いておいてはならないと、ティッチィは覚悟を決める。
地面を蹴った。
肉薄し、ライアの首をへし折ろうと蹴りを繰り出す。
捨て身の攻撃だ。
何度か斬られたところで、この攻撃が止まることはない。
もし回避されたら自動防御を発動させて自爆する。
このまま蹴ることができれば、蹴った後に自爆する。
これでこの戦いは勝てるはずだと、思っていた。
「雷閃流奇術……雷神の雷鼓」
バヂヂバヂッ!
ライアの体に雷が走る。
その瞬間、数百連撃という数の斬撃が、ティッチィに向かって繰り出された。
勢いに乗って蹴りを繰り出していたはずのティッチィが、ぴたりと止まる。
どうしてそこで止まっているのか不思議なくらい、妙な光景だ。
だが次の瞬間、ティッチィは肉塊となって破裂した。
切り裂きはしたが、自爆の効果だけは残っていたらしい。
バァン!!
破裂に吹き飛ばされたライアが、地面を転がる。
何とか体勢を立て直して立ち上がるが、体に力が入らずに膝をついてしまった。
「ぐえほっ、がっはげほごほ……。顔が……」
ライアの左半分の顔が、抉れていた。
瞼はなくなり眼球は何処かへと行ってしまっている。
だが辛うじて致命傷だけは逃れることができた様だ。
「……あれ? うわぁ……げはっ……これはもう……」
激痛の走る顔を抑えようとして気付いてしまった。
ライアの右手の指が、親指を残してなくなっている。
だがしかし、師匠の持っていた一刻道仙だけは、手放していなかった。
それを左手に持ち替え、握りしめる。
「はー……これだけで済んだことに、満足しておかないとな。ね、師匠」
一刻道仙が一瞬、ライアの顔をその刀身に映し出した。
そこには亡くなったはずの沖田川が、笑っていたように思える。




