10.82.三強VSティッチィ
ティッチィは掴まれていた手を無理やり引き剥がし、西形を蹴飛ばして遠くへとやってしまう。
何度か咳き込んだあと、落ち着きを取り戻して周囲の状況を確認した。
ティッチィは機動力に長けていない。
翼は持っているが、飛んでもあまり早くはないのだ。
どうしてこの人間は死ぬ覚悟でこんな所に自分を運んできたのだろうか。
何かしらの理由がありそうだが、まぁこの近くにいる敵を始末すれば貢献はできるだろう。
だが腕を斬られたのは誤算だった。
首を狙っていれば確実に腹部に自動防御の破裂が入ったのだが……。
「あ、あの人間、洞察力が凄くあったなぁ……」
自分が使う魔法は、あの手がなければ強力な物は使えない。
三日すれば魔力が回復して再生するが、その為だけに撤退して柳に貢献できないのはティッチィ本人が許さない。
手がなくなったとしても戦える方法は持っているのだ。
問題はないだろう。
「魔族!! はあああ!」
「干渉」
ティッチィに目を付けた兵士数人が、襲い掛かって来た。
兵士としては十分な能力を持っていた様だが、ティッチィの能力の前では簡単に往なされてしまう。
剣が弾け、体がのけぞる。
その瞬間に蹴りを数発入れ、襲い掛かって来た兵士すべてを吹き飛ばした。
今ではこれくらいが限界だ。
しかし敵がこれだけ弱ければ、干渉を使う必要もないだろう。
「ま、魔物たち」
ティッチィがそう呼ぶと、中型と小型の魔物が集まってくる。
統制が取れた部隊となり、柳が教えてくれた戦法で敵部隊へ突っ込んでいく。
中型の突破力に応じた小型の差し込み。
これをこの小さな空間で行って行く。
敵が押されれば、増援が来るはずだ。
それすらも潰してしまえば、挟み込んで始末することができると考えていた。
だが今回、その考えは浅はかだったらしい。
走って行った中型の魔物が吹き飛ばされた。
次の瞬間、魔法が飛んできて近くにいた小型が吹き飛ぶ。
小さな部隊だったので味方は散り散りになり、各個撃破されて行ってしまう。
「っしゃー!」
「グラップ。何かいますよ」
「お、ありゃ魔族じゃねぇか?」
戦斧を構えたグラップの隣りに、レイピアの周囲に魔法を纏わせているローダンが立っていた。
彼ら二人が先ほどの部隊を壊滅させたようだ。
これは自分が出なければならないなと、ティッチィは飛び上がって残っている手を向ける。
「干渉」
「! 水よ、防げ!」
瞬時に水を出現させて防衛すると、その水が大きく弾けた。
だが威力はそこまでない様だ。
水で威力がずいぶん軽減されたらしい。
「短略詠唱は便利だなぁ!」
「咄嗟の戦闘では尚更ね……。ライアさんは……いないか」
「まぁあれくらい俺たちだけで何とかなるっしょ!」
「だといいんですけど」
会話を終えた瞬間、二人は姿勢を低くしてティッチィに迫る。
グラップが大上段から戦斧を振り下ろし、ローダンが横からレイピアを突き出す。
こうなれば回避する方向は決まってくる。
ローダンの反対側へと回避すれば、問題ないだろう。
そう思ってティッチィは動く。
だがその瞬間、水が勢いをつけてぶつかった。
「ふぶっ!」
「水魔法って残っていれば、詠唱なしで自在に操れるんですよね」
「んんんんおらああああ!!」
大上段から振り抜いた戦斧の勢いを殺さずに回転したグラップは、今度は横薙ぎに振るう。
確実に当たると思われた戦斧だったが、数発の破裂がグラップを襲って軌道を無理やりずらされた。
「ぐおぁ!?」
「なに!?」
「……あぶない……」
ティッチィの自動防御。
自分にもダメージが少し入ってしまうが、人間よりも撃たれ強いティッチィは普通に動ける。
だがグラップは腕を損傷してしまっており、片腕からは血が大量に流れ出ていた。
鎧もいくつか壊れてしまっている。
「いっでぇ……!」
「戦えますか!?」
「ああ、なんとかな! だが……どう攻める!」
「魔法主体の方がよさそうです」
「……」
「!! グラップ走って!!」
「んな!?」
パパパパパンッ!!
すっと腕を上げたティッチィは、空気を破裂させてグラップを仕留めた。
咄嗟に動いたローダンは無事だったが、重い戦斧、防具によって動きが鈍かったグラップはその攻撃をもろに喰らってしまい、四肢を吹き飛ばされて沈黙した。
「!! クソッ!」
仲間が死んでも集中を欠かないローダン。
一瞬目を見開いたが、すぐに現状を理解して戦闘に戻る。
もし一秒でも隙を見せてしまったら、ティッチィの破裂魔法の餌食になっていた事だろう。
現に、先ほど自分がいた場所で破裂が起きている。
不可視の攻撃なのでとにかく走り回らなければならない。
幸い命中率は低い様だが、それは相手がまだ子供だからだろう。
空間把握能力ができるようになれば、この子共は本当に人間の脅威となる存在になりかねない。
「水よ! 穿て!」
ローダンのレイピアに纏わりついていた水が、鋭利な弾丸となって飛んでいく。
だがそれはティッチィの前で破裂し、地面に吸収されてしまう。
(くそ、走り続けているのもそろそろ……)
何とか接近したいが、軌道を変えてしまえばすぐに破裂の餌食となるだろう。
魔法で相手の視界を奪うかとも考えたが、味方がいない以上むやみな行動は避けたい。
「ローダンさん!」
「この魔族が!」
「!! 待てお前たち!!」
二人の兵士が、武器を振りかぶってティッチィに肉薄する。
武器を振り下ろそうとした瞬間、彼らは破裂によって肉が抉れて絶命した。
体の中の臓物が飛び出し、返り血で若干ティッチィが汚れる。
「はぁ……はぁ……」
「す、すばしっこいなぁ……。んじゃ僕も」
地面に足を着けたティッチィが、地面を蹴ってローダンに肉薄した。
この瞬間、勝負がついた。
パパパパパパンッ!!
ティッチィの自動防御による破裂が、ローダンを襲う。
腕や足、首が変な方向を向いて踊りながら倒れてしまった。
まだ辛うじて息はあったが、既に立てる体ではなくなっている。
「ハーー……ハァー……」
他の兵士よりは強かったかなぁと、ティッチィは頬を掻いて止めを刺した。
これで先ほどの作戦を行えば、今度はしっかりと敵に刺さることだろう。
シャンッ。
「うえ?」
「……貴様……殺す」
ズシャッ。
背中に大きな切り傷が付き、そこから血が噴き出した。
なんだと思って距離を取って見てみれば、そこには武器を鞘に仕舞っている男が立っていた。
「ライア・レッセント……。師匠、お借りいたします!」
沖田川の持っていた武器、一刻道仙がきらりと光る。




