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10.71.魔族領決戦・一番槍!!


 開戦の合図は、二匹の動物が駆け抜ける音から始まった。

 この世界にはそんなルールはない。

 それに相手は魔物だ。

 一騎討ちをして味方の士気を上げる方法など、一度として取られたことはなかった。


 これは、柳がこちらに合わせてくれているだけだ。

 それに今回、この一騎討ちで士気を上げるのは難しい。

 前回は西形が一騎討ちに勝利した。

 だが、全体的な結果は負けとなったのだ。


 どちらが勝っても負けても、結果は変わる。

 士気がどれだけ上がったと言っても、負けるときは負けるのだ。


「ま、そんな事は分かってるんだけどね」


 ではこれに何の意味があるのか。

 魔王軍には意味がある。

 だが人間軍に、これにメリットはほとんどない。


 魔王軍は統率することのできる兵がほとんどいない。

 さらに言ってしまえば、彼らは小隊長や中隊長などと言った区分分けされたリーダーがいないのだ。

 今走っているのは、ただ魔族の中でも強い戦士。

 ただそれだけ。


 武将が死んでも指揮統率能力が失われない魔王軍。

 だからこの一騎打ちは、魔王軍にメリットがある。

 一方西形は一つの軍を指揮している。

 彼が死んでしまえば、人間軍の指揮統率能力は落ちてしまうだろう。


 柳はそれを狙っていた。

 だが勝てるとは思っていない。

 運よく勝つことができればいい方だろうと、思っている程度だ。


 西形も、こちらにメリットがないということは分かっている。

 しかしそれでも、彼は槍を握って一番槍を掲げに向かう。

 その理由など、至極簡単。


「一番槍こそ誉なり!」


 走るレッドウルフの背中の上で立ち、槍を握って狙いを定める。

 敵は以前の敵よりも小さいが、機動力は向こうの方が上らしい。

 小賢しい程にちょろちょろとした動きで、巨大な鼠が地面を疾走する。

 その背には大鉈と思われる武器を担いだ犬型の魔物が乗っていた。

 二足歩行でしっかりと両手を使って手綱を握っている。


 今更奇妙な生物を見ても驚きはしない。

 ただ的を穿つ。

 それだけのために全神経を集中させる。


 左右どちらから攻撃が飛んでくるか分からない。

 しかし鼠の動きを見ていれば、その動きはなんとなく分かる。

 右に左に、それを追うようにしてレッドウルフの耳が動く。

 教えてくれているのか定かではないが、さすがにそれを直視するほどの余裕はない。

 視界内で捉えているだけだ。


 突然、犬型の魔物の体が巨大化する。

 的が一気に上へと動き、瞬時に狙いを定め直す。

 大きな鉈を振るうに丁度いい体躯となった魔物が、腕に血管を浮き出させながら大きく振りかぶる。

 単純かつ強烈な一撃が繰り出されるだろう。

 あの体躯から振り下ろされる大鉈で、地面は抉れるはずだ。


 レッドウルフは怯えていないのだろうか。

 そんな心配が頭をよぎる。

 だが、こいつは一切震えていない。

 足から伝わってくるのは心臓の鼓動だけ。


「ガルアァアア!!」

「はいはい……」


 レッドウルフは大きく吠えた。

 何故こいつだけがこんな所にまでついてきているのか。

 この声を聴いて、ようやく西形にも分かったような気がする。


 あの時協力してくれたのは、このレッドウルフの子供たちだったのだろう。

 これだけ分かれば、レッドウルフが何故故郷を離れて魔族領にまで来たのかが自ずと分かる。

 子を守るために、こいつは参戦しているのだろう。

 人間と同じ理由だ。


 レッドウルフの臆さない走りと咆哮に、ネズミに若干の恐怖を与えたらしい。

 動きが機敏になって狙いが更に定まりにくくなる。

 そこで相手の間合いに入った。

 大きい武器はやはり狡いなと思いながら、西形は体のすべてに力を入れる。


「ヂャアアア!!」

「ガッルウアアアア!!」


 ガヂィン!!


「!!?」

「はは、これはすごい!」


 レッドウルフと西形を一緒に斬り伏せようとしていた犬型の魔物の大鉈を、レッドウルフが顎の力だけで受け止めていた。

 分厚過ぎる鉄だというのに、罅も入って欠片が宙を待っている。

 完全に勢いを止めた大鉈。

 そこで西形の間合いに入る。


「君、いいね!!」


 シャシャン。

 西形は一切動かず、二連撃を放った。

 動作は一切なく、ただ構えていただけなのに静かな音が二度鳴ったのだ。


 首と、腕。

 鉈を握っていた腕は簡単にポロッと落ち、レッドウルフがそのまま持ち去っていく。

 こちらを鋭い形相で見ていた頭は、ポトリと落ちた。

 大量の血が流れ出ている。


 どうやらレッドウルフが、すれ違いざまに爪で肉を抉り取ったらしい。

 あの状況から攻撃と防御を成功させるとは思っていなかったので、西形は今自分が馬の代わりにしている狼がとても心強い奴なのだと知った。


 何本か歯が折れてしまったようだが、気にした素振りを見せる事はなく、咥えていた大鉈をブンッと振るって遠くへ飛ばす。

 それがどちゃりと落ちた音で、この一騎打ちは終わりとなった。


「いいね! 名前つけてあげたいくらいだよ!」

「グルル……」

「うん。そうだね。次の獲物……来てるもんね」


 西形とレッドウルフは、魔王軍を見る。

 一騎討が終わった瞬間に突撃をしてきたようだ。

 人間軍は弓を使って前線部隊を攻撃する予定なので、西形がレッドウルフに指示を出して後退させる。


「はははは! 二戦目だ! 弓兵ーー! はーなてー!!」


 西形の頭上を、大量の矢が通り過ぎた。

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