10.64.推理
「そんなことできるのか?」
「うん。まぁ、これは木幕さんから聞いた方がいいかもね」
「うむ」
リトルは木幕に答えを言ってもらうことにした様だ。
それに頷く、そのまま口を開く。
「某は魔王と直接会った。そこから魔王軍には物資がなかったということに辿り着いた」
「も、木幕さん凄いことしてますね……。さすが総大将……」
「その代わり、魔王もこちらが物資を遠ざけているということがバレた」
「なんでぇ!?」
ガリオルが更に分からないといった様子で、机を叩く。
驚いた者は数名いたが、木幕はそれを無視して理由を話す。
「物資がないことに気づいた某は、四人を差し向けて物資を燃やさせた。これにより、『敵はこちらが物資がないということを知っている』と教えてしまったのだ」
「いや、分かんねぇだろ!」
「本来物資は敵から隠すもの。それに、戦闘が終わった翌日の夜に狙ったかのようにして物資を襲うのは、明確な理由があるということになる。こういった強襲は普通できないし、しないのだ」
「……まぁそうか。味方も疲弊してるし、態勢も整えられてないからな。敵も警戒しているに決まってる。やったとしても敵情視察だけだ」
ガリオルはひとまず納得したようだが、まだ納得しきれてない部分が多くあった。
そんな理由だけで物資がないことを知っていると推理できるわけがない。
木幕の発言はまだ弱く感じられた。
「でもなぁ……」
「これらはすべて彼らの撤退という行動から、そう予想できるというだけだ。図らずも某らは、物資がないことを知っていると、敵に思い込ませることができた」
「……んえ?」
魔王軍が撤退。
これが今回の一番重要な点だ。
そもそも、魔王軍が撤退したからこそここまでの推理をすることができただけ。
昨日の段階では一切分かっていなかったのだ。
とはいえ頭の片隅にこの考えはあった。
確証がなかっただけ、と言った方がいいのかもしれない。
撤退するということは、敵側に何か不利益なことがある。
それを向こうの立場になって考え、自分たちが敵にしたことを照らし合わせてみれば、これくらいのことは簡単に想像がつく。
今回の不利益は、攻め入ったとしても物資の確保が十分にできないということだ。
魔族に供給するだけの食料がないのであれば、立て続けにルーエン王国まで兵を進めるようなことはしないだろう。
味方に無理がかかりすぎる戦いを絶対にしないのが、柳という男だ。
彼は自分の兵が優位に立つように常に動く。
よって柳が指揮した戦は、他のどの武将よりも兵を失う数が少なかった。
「えっと……じゃあなにか? 撤退したからそれが分かったってだけで……推理とかしてない?」
「うむ」
「分かるかぁ!!」
「向こう側が推理したことを今推理しているのだ」
「しらねっつの!」
思いっきり机を叩くガリオル。
その気持ちは分かると、他複数名も頷いて彼の感情を察した。
「っ?? っ??」
「スゥちゃんは分からないよねぇ……」
「いや、俺も分からん……」
「初めてグラップと気が合った。僕もです」
未だに首を傾げている彼らを見て、リトルはくすくすと笑った。
頭がいい人にはあの説明でも伝わるかもしれないが、そうでない者ではまったく分からないだろう。
まさかこんなに説明が下手だとは思わなかったと、また笑いが込み上げてくる。
そんなに分かりづらいだろうかと、木幕は後ろに控えていた西形と槙田を見た。
西形は申し訳なさそうに首を小さく横に振り、槙田に至っては「分からん」ときっぱり言い切った。
「何故だ」
「なんでそれで分かると思ったんですか!?」
「もっと噛み砕けぇ……。意味が分からん……」
「……そ、そう言えば師匠から漢字の話を聞いた時も……割と分かりにくかったような……」
レミまで彼らに頷いてしまったので、さすがにこれは自分が悪いのだろうと反省する。
「はは、んじゃまた僕がめちゃくちゃ簡単に説明するよ」
両手を顔の横で広げたリトルが、また説明をしはじめた。
「魔王軍、ご飯がない」
「……あ?」
「木幕さん、魔王軍本陣に行ってそれを知る」
「む?」
「ローデン要塞が奪われたあと、敵が食料不足だと気付いて残してたご飯を全部燃やす。魔族領以外では食料を必要とする魔王軍大慌て。でも待てよ、ご飯が燃やされたってことは敵はこちらが食糧不足だということを知っている! それは何で!? 木幕さんが本陣の様子を一度見ているから! 今攻めても敵は逃げてるからご飯は奪えない! かーえろ。って感じ」
「っー」
「スゥちゃん、感心しないで?」
子供に説明するくらいに噛み砕かれたこの説明を誰もが理解したが、何故かカチンとくる。
白い目でリトルを見る者は多いだろう。
馬鹿にしている様にも捉えられるからである。
だがリトルは至って真面目だ。
最後の最後だけは少しばかりはしょったが、撤退理由は大体これで完結している。
「薬師ぃ……馬鹿にしているのかぁ……」
「長ったらしい説明から理解するより、これくらい噛み砕いた方がいいでしょー? それにこれは作戦会議でも何でもないんだから、長く会議する必要はないんだよ。結果だけ知ることができれば十分だと思わない?」
「はいはい。じゃあ作戦会議を開始するよー。これからのことねー」
手をパンパンと叩きながら、ウォンマッドが話を進めようとする。
彼もあの説明で理解できてしまった自分が腹立たしいようだ。
ようやく本題に入ったことで、彼らの顔が真剣なものになる。
これからはもうおふざけは通用しない空気だ。
「んじゃ、とりあえずローデン要塞に戻ることを念頭に置きつつ、今後の行動を決めますかね」




