10.61.放火
ボオン!! ドオオン!!
遠くから聞こえた爆発音で、ローデン要塞にいた魔物が目を覚ます。
その場にいた多くの魔物が音のした方向へと走って行った。
「ウォンマッドさん速すぎない……?」
エリーは黒い闇を纏いながら、髪をかき上げた。
倉庫に到着したあと、すぐに油を撒いて火打石を準備する。
ウォンマッドが派手に爆発させてくれたおかげで、もうこの辺りに魔物はいないようだ。
無事に逃げ切ってくれればいいがと思いながら、火をつける。
ぼうっと燃えたあと、だんだん火が広がっていく。
完全に火が回り切る前に脱出し、次の倉庫へと目を向ける。
「影沼」
足元に黒い影を出現させ、その中にすっと入り込む。
するとすぐに目的地へと移動することができた。
本当に一瞬だったので頭が追い付かないが、すぐに状況を確認して無理矢理飲み込む。
「うっへぇ……師匠よくこんな技使ってましたねぇ……あっ」
「くっちゃぐっちゃ……ガ?」
魔物は既にいないだろうと思って来てしまったので、索敵をしていなかった。
だが一匹。
これなら何とかなるとは思ったのだが……そこに居たのは食料をむさぼっているトロール。
エリーからしてみれば、この程度の魔物を始末するのは何ら支障がない。
しかし……。
「うわぁ……魔王軍ってただでさえ物資不足なんでしょ? なのに、食べてるぅー……。これ私が何もしなくてもこいつ殺されるんじゃないかな……」
よく見てみれば、この倉庫のほとんどの食料がトロールの前にかき集められていた。
初めて見る食料の山に興奮して食べてしまったのだろうか?
「ガガッ!!」
「いや遅い。影沼」
トロールの足元に大きな影を作る。
落ちていく途中でその穴を閉じ、体を両断させた。
移動した下半身は外に落ちたらしく、ドスンッという音と共に屋根に積もっていた雪が落ちた様だ。
両断されたトロールからは、脂肪の塊と油が大量にこぼれ出ている。
これであれば、持ってきた油を使わなくても大丈夫そうだなと思いながら、エリーは火打石で火をつけた。
弾けるようにして燃え始めた炎に驚いてしまい、エリーは速攻でその場を後にする為に影沼を使用する。
一瞬で移動してきたあと、後ろを見てみるとボンッと倉庫が爆発した。
あと少しあの場所に留まっていたら巻き添えを喰らっていたところだ。
ほっとしながら、目的を達成したエリーは撤退する。
残り二人だが……。
「ふんふ~ん、ふふふ~ん」
ミュラは堂々と町中をステップして歩いていた。
隠密もクソもない行動ではあるが、彼女に襲い掛かる魔物は一匹としていない。
何故なのか。
ミュラの隣りに、大口を開けて襲い掛かろうとしていた魔物がいる。
だがそれは綺麗に氷漬けになっており、既に絶命していた。
それが周囲に数十個と転がっているのだ。
襲われる前に殺してしまうミュラは、家々の物資を尽く氷漬けにして破壊して回っていた。
氷漬けにしてしまえば匂いは出ないし、埋めて置けば探すことも難しくなるだろう。
そんなことを楽しみながら延々と繰り返していた。
「寒い場所では~氷ちゃんが~調子いい~♪」
びっくりするくらい下手くそな歌を歌いながら、ステップを踏んでまた違う家に入って物色する。
食料を凍らせて床下に埋めたあと、外に出た。
「わぁ」
すると、数百近くの魔物に囲まれていた。
やはり魔物は多く潜伏していたらしい。
だがそれに動揺する事はなく、ミュラは両腕から鎖を出現させる。
「えっへへへ、闇よー、操れぇー! だっけ?」
ミュラがそう言うと、鎖に黒い靄がかかる。
それは自分で意志を持ったかのように動きはじめ、迫りくる敵を次々に両断していく。
不規則に暴れる鎖を回避することは容易ではない。
素早い鎖の動きとミュラの氷魔法が敵に突き刺さり、あっさりと壊滅していく。
また楽しそうにゆらゆらと動きながら、今度は帰路についた。
もうここまでやったら十分だろうという、彼女の独断だ。
それに大きな倉庫は既に破壊したということは分かっているし、問題はないだろう。
そんな怪物じみた魔法を使うミュラを、ティアーノは屋根の上から見ていた。
意外と近くにいたのだ。
力量を見てみたいと思って仕事を終えたあと、後をつけていたのだが……あそこまで規格外だとは思わなかった。
自身の身体能力は自分よりは良くなさそうだが、魔法を使ったあの攻撃は到底捌ききれないだろう。
「……私より強い人って、ゴロゴロいるのね……」
ティアーノは火の玉を手の中に作り出し、倉庫へ向かって投げた。
すると爆発して中にあった物がすべて吹き飛ぶ。
それを確認したあと、屋根から飛び降りて帰路につく。
目的は達成した。
ウォンマッドとミュラが敵を引き付けてくれたので、こちらは非常にやりやすかった。
これであれば撤退も容易だろう。
ミュラはどうなるか分からないが……。
「まぁ、自分で蒔いた種だし……ね」
彼女は彼女なりに上手くやるだろう。
そう思いながら、木の上に飛び乗って来た道を帰って行ったのだった。




