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10.45.問題発生


 ─後方、ローデン要塞─


 ミルセル王国に守備を任されたローデン要塞付近では、敵が攻めてきてもいい様に兵士が展開していた。

 東の門にはほとんどの兵士はいないが、南と北にミルセル王国の兵士が半数ずつ待機している。

 前回魔王軍が攻めてきた方角は北側が多かった。

 故にそちら側に兵力を展開しているのだ。


 南側も多かったが、そちらは敵の数が少ないと聞いていた。

 なので兵力の大半は南側に。

 西側は移動の際に通ってきたので、敵はそこから攻めてくる事はないと確信してこの布陣で待機することになった。


 南側にはミルセル王国勇者、トリック。

 北側にはミルセル王国第三王子、ハバルアとその直近の部下、ハボックが指揮を執っている。


「……暇だ」

「何もないということはいいことですよ、王子」

「……」


 未だに不満げな様子を露わにしているハバルアは、つまらなそうにため息をついた。

 本来であれば前線で指揮を執り、ミルセル王国で待っている父や兄たちに自慢の報告をすることができたはずだった。

 しかし、どうだ。

 今は前線にも出してもらえず、ましてやこんな何もない田舎で待機命令を下された。


 このような報告など父や兄などにできるわけがない。

 何か良い手柄を持ち帰らなければ、家族は残念がるだろう。

 それだけは何としても避けたかった。


 しかし彼も戦争という者を知らないわけではない。

 それなりの理由があってここを任されている。

 それは分かっていたのだが、やはり納得はできていなかった。


 そもそもだ。

 勇者のトリックがあそこでもう少し食い下がれば状況が変わったかもしれないのだ。

 だというのになぜ今回の指示をすんなりと受け入れ、防衛に回ったのかが理解できない。

 臆病者と捉えられても不思議ではない発言だ。


「……くそ、このままでは手柄を上げることができない……」

「……それは、確かに」


 ここに来たのは何のためだ。

 こんな小さな要塞を守るために来たのではない。

 魔王軍と戦うためにここに来たのだ。


 だというのにこんな所で暇を持て余していいはずがない。

 それにここはローデン要塞。

 守備力の高さは他の国よりも大いにあるはずなので、今率いている約五千の兵を前線へと向かわせても問題はないはずだ。


 こちらが前線へと移動することを勇者に伝え、彼の兵だけでここを任せる。

 それだけでも十分ここを守ることはできるだろう。


 そんな考えが、ハバルアの頭の中を駆け巡る。

 手柄を立てなければ帰ることができないという焦りが、彼を駆り立てた。

 その反面、自分が前線で活躍すれば勝手に指揮を執っている者たちを見返すことができるかもしれない。

 一種の闘争心が、彼の行動に火をつけた。


「行くぞハボック! 反対側にいるトリックにこの事を伝えておけ!」

「出陣なさるのですね!」

「そうだ。私たちは暇を持て余すためにここに来たわけではない!」


 この場にいる多くの兵士は、魔王軍を倒すために派遣されてきた兵士だ。

 それ故に、戦わずに後方で待機しているということに不満を持っている者たちもいた。

 そこで王子自らが前線へ出ると宣言したのだ。

 便乗した者たちは武器を手に、ローデン要塞東の門へと足を運んでいく。


 士気は十分。

 彼らもやはり戦いたいのだ。

 この世界のために、魔王軍討伐という誉ある名誉のために。


 自分の選択肢は間違ってはいなかった。

 そう確信したハバルアは、意気揚々と兵を連れて前線へと向かう準備を整えていったのだった。



 ◆



 南側で待機している勇者トリック率いるミルセル軍は、反対側で騒がしくなる雰囲気を感じて、首を傾げていた。

 こちら側にも魔王軍と戦えないことに不満を持っている兵士はいる。

 だがそれは勇者であるトリックの言葉で完全に払拭されていた。


 ここ、ローデン要塞は現在怪我人搬送の重要拠点となっている。

 医療班が設備を整えており、そこを守るのが自分たちの役目。

 これだけの大役を任されてくれている木幕には、感謝しなければならないと不満を持っている兵士に語り掛けていったのだ。


 トリックの言うことは最もであり、ここが落とされれば兵糧もなくなり、怪我人の治癒もできなくなる。

 その重要性に気付いた兵士たちは、黙って任務を全うするようになった。


 これで身勝手なことはする者はいなくなったはずだと思っていた矢先、後方での騒ぎ。

 嫌な予感がしたところで、ミルセル王国の伝達係が焦った様子でこちらに走って来た。


「報告いたします!!」

「どっ、どうしましたか!?」


 血相を変えた様子を見た兵士たちも、こちらに視線を集める。

 嫌な予感が当たらないようにと願いはするが、彼の言葉を聞いて当たってしまったと心の中で呟くことになった。


「第三王子、ハバルア様が兵を引き連れて前線へと移動中です!」

「くっ……!」


 これだけの重要な役目に気付いていなかったのか。

 トリックは歯を食いしばる。

 騒ぎのある方角を見てみると、確かに旗が東の門へと向かって移動している。


 今王子を説得しに行く時間はない。

 それよりも先に、抜けた北側に兵を送り出すのを優先しなければならなかった。


「一年前、魔王軍の兵は北に多く集まっていたと聞きます……。向こうが攻めやすい方角を手薄にするのはマズい! 第一陣営! 第二陣営! 今すぐに北へと移動を開始してください! 急いで!」


 トリックの指示を聞いて、選ばれた二つの兵団が移動を開始する。

 小さなローデン要塞と言えど、端から端までを移動するのにはそれなりの時間が掛かる。

 陣形を整える暇はないと思って良いだろう。

 どうしてそこまで焦っているかというと……。


「この期を逃す魔王軍だとは思えない!」


 トリックもその陣営に混じり、北側へと移動を開始した。

 もし魔王軍に別動隊が居るのであれば、必ず攻めて来るはずだ。

 そしてそのタイミングは、北に陣を敷いていた兵士が東の門から出ていった瞬間。


 今は吹雪いている。

 大軍であっても遠すぎれば目視することはできない。

 兵を隠すには丁度いい天候なのだ。


 考えすぎであってほしいと、トリックは願うが、彼のそう言った予想は尽く当たっていく。

 最悪の事態を避けるために、こちらの兵が北側に辿り着ければセーフ。

 もし遅れた場合は……。


「飲まれる……」


 トリックはひときわ大きな声を上げて、味方に移動を迅速に済ませるように指示を出した。

 それだけ逼迫した状況なのだと、その場にいた兵士も気付いて気を引き締める。


 頼む、間に合ってくれ。

 そう願いはするが、遠くから地響きが鳴っていることに気づいて、再び歯を食いしばったのだった。

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