10.43.よく見れば劣勢
小型の魔物が兵士の合間を通り抜けて中をかき乱し、前方からは更に巨大な中型の魔物が進軍してきていた。
小型の魔物は弱いが、こうして軍の間に入り込まれると厄介である。
兵士は前に集中するし、中型の魔物の出現によって前方しか見ない者も少なくない。
吹雪、歓声、悲鳴、進軍時の足音などが、注意を散漫させるのに十分な効力を発揮した。
現在、中央の西形率いる孤高軍は、後方で待機していたリーズレナ王国とローデン要塞の連合軍と合流したようで、快進撃を見せている。
あの場所には雪国で鍛え抜かれたローデン要塞の兵士と、リーズレナ王国の勇者一行、そして西形と孤高軍の三強であるグラップがいるのだ。
指揮統制能力は全員が高く、そして個々が強い能力を持っている。
中型の魔物が衝突してきたからといって、そう簡単に崩れることはないだろう。
槙田率いる孤高軍は、その右に展開している。
一時的に炎魔法を使用するのを止めたようだが、今は躊躇なく使って敵を根絶やしにしている最中だ。
しかし被害は若干あるようで、中型の魔物との接敵で兵の五分の一をすでに失っている。
槙田が殿を勤めて現在は後退中ではあるが、その後方に待機しているルーエン王国の兵士が援軍に間に合うかが彼らの生死を分けることになるかもしれない。
そしてライア、水瀬率いる孤高軍は左に展開している。
しかしここでは、不利な状況が続いていた。
「重装歩兵! 前へー! 後続魔導兵! 撃てぇー!!」
ライアの指揮により何とか現状を維持はできているものの、既に小型の魔物が隊列の中に入っており、若干の爪痕を残し始めている。
見境はない攻撃なので、その対処にも少し苦戦を強いられる。
重装歩兵と、後続魔導兵は中型の魔物に集中しているため、細かい敵を殲滅する余裕はない。
それ以外の兵士が、その対処に追われていた。
「スゥちゃん!」
「っー!!」
スゥは奇術を使用して入って来た魔物を空へと吹き飛ばす。
土の円柱が一瞬だけ持ち上がり、それだけで小型の魔物を殲滅していく。
索敵能力も備えている彼女ならではの戦法だ。
危なくなった味方を幾度となく助け、敵を仕留め続けている。
「そいやぁ!」
一方、レミは重装歩兵に混じっての前線援護だ。
重装歩兵は動きが遅く、素早い小型の魔物を仕留めるのは難しい。
なので動きの速い兵たちが、前線の手助けをしている状況が続いている。
後方で小型の魔物の処理をしている者は、出遅れた者たちや支援をしている者たちだ。
水瀬とスゥなどがそうであり、水瀬は出遅れた者に入る。
ドガァアン!
「ぐあああ!」
「ぎゃああ!」
中型の魔物が一部を突破した。
それに気付いた者たちは援軍に向かおうと走り出そうとするが、それをライアが止める。
「待て!! 持ち場を離れるな!! 突破された場所を補うのは第三後続部隊だ!! かかれ! 急げ急げ伝達しろ!!」
「はっ!!」
一部が突破されたからといって、そこを補うために兵が向かってしまえば今度はそこが手薄になる。
何とか周囲にいる者たちで耐えてもらい、すぐに駆け付けて来る援軍と合同で対処してもらう。
最悪自分が走って行かなければならないが、突破された場所はまだ一つ。
それに後続の兵士も残っている。
だが怪我人、死人共に多い……。
「くそっ! 増援はまだか!」
「はーいはい、焦らない焦らない」
水瀬が水面鏡を手に持ち、水を作り出す。
大量に作られたその水を、敵へと流し込むようにして投げ飛ばした。
敵最前線より少し奥の方を狙った為、味方には一切当たっていない。
これにより、小型と中型の魔物をびしょ濡れにさせることができた。
水をかぶせられた敵は、目に見えて動きが遅くなる。
「ふふ、寒いからね」
どんなに暖かい水も、この場所に数分置いておくと凍り付いてしまうだろう。
今水瀬が投げ込んだ水は、既に氷水程の冷たさを有していた。
そこに追い打ちをかけるように吹雪が襲ってくるのだ。
動きが鈍くなるのも当然と言えば当然だ。
毛を有している魔物は、既に毛が凍り付き始めている。
敵増援の進軍速度が遅くなったため、今残っている敵の殲滅に集中できるようになった兵士たちは、一気に押し上げる。
だが数の減った兵士たちだけではその突破力は足りず、このままでは完全に部隊が壊滅してしまうのは目に見えていた。
現状維持もどれだけ持つか分からない状況だ。
「水瀬さん! 何か策はありますか!」
「今ので敵の進軍が遅くなったから、今じゃない? 撤退するの」
「確かに!」
「……まぁ適切な判断をしてくれてたから、説教は止めておきましょう」
「下がれぇー! 撤退だー! ルーエン王国兵と合流するぞ!」
大きな声を上げて、ライアは兵士に指示を出す。
後ろを見てみればルーエン兵もこちらへと向かってきているらしく、合流はすぐにできそうだ。
水瀬はライアの采配を見ながら、周囲を観察する。
小型の魔物軍をここまで対処できたのだから、仕事自体はしたと言っていいだろう。
しかし……ここからが面倒だということに気が付いた。
魔王軍は、先鋒を小型の魔物にした。
それ自体は分かりやすい戦略だなと思ったのだが、数が少ない。
そう戦力十万の敵だというのに、攻めて来た小型の魔物は味方の数より少し多い程度。
戦況を見て、水瀬はそう感じていた。
小さい魔物の方が数は多いはず。
だというのに小型の魔物は既におらず、中型の魔物がこちらまで近づいている。
あれだけで小型の魔物をすべて出し切ったわけではないだろう。
ではどこにいる?
そう思って敵を観察していると、謎が解けた。
「……混ぜてるわね」
迫りくる中型の魔物の後方に、大量の小型の魔物が居た。
中型の突破力に乗じて、小型が一気に攻め込んでくる戦法だろう。
西形と槙田の布陣では、広範囲攻撃をしてもろとも吹き飛ばしていたのであまり気にしなくてもよかったかもしれないが、こちらは大問題だ。
兵が足りなさすぎる。
今すぐにでも味方と合流して陣形を整えなければ、確実に押し負けてしまう。
恐らくだが、槙田の布陣もそのやり方で押し負けたのだろう。
炎を使っていない時にそれが起ったはずだ。
だからすでに撤退を開始している。
「さすが木幕さんの主様。よく考えていらっしゃる」
感心している場合ではない。
水瀬は撤退の援護をするため、再び敵に水をかぶせる用意を始めたのだった。




