10.41.不利な奇術
左奥で戦闘が始まって、ようやく撤退を始めたようだ。
木幕の策を無視してえらい長く戦ってたな、と槙田は少し西形を羨ましく思いながら、目の前に迫ってきている敵を見据える。
完全に雪は炎で溶かされ、兵士たちは万全の状態で戦えるようになっていた。
最大限の力が発揮されるこの状況。
これで負けたら殺してやるからなと槙田は周囲に殺気を飛ばす。
自分が任された場所での敗北は許されない。
今までもそうだったし、槙田が挑んだ戦はほとんど負けたことがないのだ。
もしかすると、それは槙田が放つ威圧が関係しているのかもしれないが、それは彼の戦いを初めてみる孤高軍の知るところではない。
孤高軍の面々は威圧に少し怯えているが、そのせいか引き締まった顔で向かって来る敵を見据えている。
閻婆もやる気になって足を何度も踏み鳴らしていた。
「よぉし……。みぃなのものぉお!!!!」
槙田は振り向かずにそう声をかけた。
その声は大きく、吹雪の中でもよく響く。
そこで振り向き、彼らを見る。
「死ぬなぁ……!」
槙田は、これだけしか言わなかった。
そのあとはまた敵を見据えるために前を向く。
辛うじて言葉が聞こえた兵士の一人が、周囲に槙田の言った言葉を伝えていく。
それは次第に広がっていった。
彼の威圧から委縮していた者たちは、その言葉を聞いて驚く。
こんな言葉を兵士に伝えるとは思っていなかったのだ。
孤高軍総大将である木幕が抜粋した人物なのだから、それ相応に強い人物だとはわかっていたが、その喋り方と雰囲気で怖がられていた。
だが今の言葉で彼への印象が少し変わる。
槙田は閻婆を少しだけ歩かせ、前線へと立つ。
紅蓮焔の鯉口を切り、その刀身を抜き放った。
既にやる気満々と言った様子で炎が巻きあがり、熱風が冷え切った体を温めてくれる。
閻婆の上で下段に構えを取った槙田は、柄に握る力をどんどん増していき、ギュギュチッという音が鳴った。
「炎上流奇術……」
ヒョウッ!!
一瞬で切り上げ、空気を切り裂いた。
そして次の瞬間、炎が出現して迫ってきている魔物に襲い掛かる。
「化け提灯」
炎の塊が提灯の形を作り、それが燃え出すようにして前方へと噴出した。
巨大な炎の塊はその場にいたすべての魔物を焼いていき、雪もすべて溶かして焦げ臭い匂いを充満させる。
広範囲攻撃に特化した槙田の奇術。
その右に出る者は、一人としていなかった。
『『『『おおおおおおおお!!』』』』
強い、強すぎる。
孤高軍は今の一瞬で槙田が強者だということを認めた。
彼についていけば、この難しい状況を打開することができるかもしれない。
その安心感が兵士の心に火をつけた。
こんなので士気が上がるのかと、槙田は軽く笑った。
だがこれはいい。
これが戦であり、大将であることの喜び。
少しだけ気分が良くなってきたところだったが、そこで何かが飛んできた。
「ああん?」
「ギャワワワワッ!!」
その瞬間、閻婆が炎を口に溜め込んで飛んできた何かに吹き付けた。
確実に当たったと思われたその炎だったが、それは一瞬で掻き消えて槙田の方へと何かが回転して飛んでくる。
間合いに入った瞬間、紅蓮焔でそれを切り付ける。
ギャキイン!!
金属同士がぶつかり合った。
火花と炎が周囲に噴出し、ようやく飛んできたものを見ることができた。
「キシシシッ」
「……弱いなぁ……貴様ぁ……」
「ドーカナッ!」
小柄だが素早い動きをして、その魔族は後退する。
どこかの民族が被るような帽子を身に着け、腕には二振りの鉈を装備していた。
ちょろちょろと動き回るそいつに向かって、槙田が炎を使用して焼き尽くそうとする。
「キカナイネ」
回転して炎を巻き取ると、それは消え去ってしまう。
それに驚いていると、遠くの敵がこちらに迫ってきている音が聞こえた。
もう一度奇術を発動してこいつもろとも吹き飛ばそうとしたのだが……。
「サセナイヨ」
「チィ!」
炎がすべて巻き取られる。
こいつを倒さない限り奇術は使えなさそうだ。
(くそぉ……炎が見えてからこっちに飛ばして来やがったなぁ……?)
完全に槙田対策としか思えない人選。
これは面倒くさそうだと思いながら、槙田は構えて魔族を見据える。
それを見ていた孤高軍は少し不安になっているようだ。
これはいかんと、声を上げる。
「皆の者!! こいつは俺に任せろ!! その間、迫りくる雑魚を任せる!! 貴様らなら、時間稼ぎくらいできるよなぁ……?」
不敵な笑みを浮かべて孤高軍を見る。
それにゾワリとした感覚を覚えるが、彼らは腹から声を出し、足を踏み鳴らして敵へと突撃していく。
それでこそ俺の兵士だと言わんばかりの満足な笑みを浮かべたあと、魔族を不気味な形相で睨みつける。
魔族が一歩足を後退させるほどの……狂気。
閻婆から飛び降り、ぬらりと上体を起こして紅蓮焔を握り込む。
炎がないから戦えない槙田ではない。
逆にこっちの方が性に合っている。
この魔族はどちらかと言えば苦手な魔法を封じただけであり、槙田の身体的能力を消したわけではない。
その動きと笑みは、魔族に恐怖を覚えさせる。
何故こんな人間に怯えているのか分からない魔族は、柳に任せられた任務をこなすために鉈を手に構えた。
相手は武器一本、こちらは二本。
どちらが有利かなど、既に決まり切っていることだ。
冷静さを何とか取り戻し、素早い動きで槙田を翻弄するように動く。
槙田はその動きに一切反応しない。
それどころか、閻婆と会話をしていた。
「閻婆ぁ……お前の名は……地獄の怪鳥からとってつけたものだぁ……。犠牲者を空へと持ち上げ、落とし、肉片をばら撒くぅ……。その場所にはぁ……針があり、歩いているだけで怪我をするぅ……。更に犬っころがいてぇ……犠牲者を追い回すぅ……」
そこでギョロリと魔族を見据える。
「俺が犬ぅ……貴様が鳥ぃ……そしてこの雪原がぁ……針ぃ……」
瞬時に振るった刀は、魔族の鉈を一本斬り落とした。
「ナッ……」
「閻婆ぁ……」
「ギャワッ」
「狩りの時間だぁ」




