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10.29.柳格六


 魔王軍本陣は、非常に暖かい。

 炎を使う魔物が足場を整備し、常に炎を体に纏って周囲を巡回している。

 それによって暖が取れていた。

 しかし不思議なものだ。

 熱がその場に滞在するのだから。


 魔物たちに食料はほとんどいらない。

 魔力があればそれで十分なのだ。

 だがそうでない魔物もいるため、必要な数だけ物資を運搬してきている。


 柳格六は、心底楽しそうな様子で椅子に座っていた。

 お気に入りの紅茶を飲み、温かい格好をして腰に日本刀を携える。


「はよう、来い……侍よ」

「柳様、な、なんだか楽しそうですね……!」

「拙者以外の侍だ。どの様な人物なのか……興味が湧く」

「ぼ、僕にはなんだか分かりません……」

「フフ、素直なのは良いことだ」


 柳はティッチィの頭をポンと撫でる。

 自分に合わせて肯定する者よりも、己の考えをしっかりと伝えてくれる人物が家臣としては最高に頼もしい存在だ。

 それを今になって理解する。

 彼らがどれだけ大切な存在だったのか、今は身に染みてよく分かった。


 だが、ここでも同じ人物は存在する。

 それだけで彼は満足だった。


「ティッチィ。今向かって来ている侍を通しなさい。武器の取り上げは不要だ」

「よ、良いのですか? 危険ではありませんか?」

「問題ない」

「柳様がおっしゃられるのであれば、そのように!」


 コクリと頷くと、ティッチィは両腕を広げてパタパタと可愛らしく走って行った。

 あとは待っていれば、自ずとこちらへやってくるだろう。

 しかし何をしでかすか分からないので、監視はしておく。


天泣霖雨(てんきゅうりんう)


 キンッと切られた鯉口が、黒く光っていた。



 ◆



 魔物の群れが、武器をこちらに向けて待機していた。

 これ以上馬車を進めることができなくなっていたので、その場に留まって睨みあいが発生する。


 ここに居る魔物はトカゲのような生物ばかりだ。

 三つ又の槍を構えている。

 防具は貧相だが、その代わりに鱗がびっしりと体を覆っているので、付けている防具はあってないようなものなのかもしれない。


「魔王と話し合いをしに来た。通せ」

「……」


 警戒は解かれない。

 それ以前に、周囲からどんどん敵が集まってきているように思われた。

 もう暫くすれば囲まれてしまうだろう。


 だからどうしたという話なのではあるが。


「会話できないですかねぇ?」

「まぁ、見境なく攻撃しないだけでも、知性はあると見た方がよさそうね」

「確かになぁ……」


 槙田は面白がって閻婆を一歩前に踏み出させてみる。

 すると、一斉に一歩下がった。


 どうやらこの魔物たちは木幕たちを恐れているのではなく、ここに居る閻婆を恐れているらしい。

 脅威の度合いを知っている彼らは、容易に近づくことができないのだ。


「はーい! は、はーい! 皆さん止まってね~!」


 奥の方からパタパタと走りながらこちらへと向かってきた子供がいた。

 パッと見は普通の子供なのだが、目の色や頭から生えている角が人間ではないと教えてくれる。

 どうやらこれは魔族らしい。


 木幕たちの前で止まった子供は、一礼をして挨拶をする。


「は、初めまして! 僕はティッチィって言います! 侍の皆さんですね?」

「柳様に会いに来た。お目通りを願えるか?」

「勿論です。柳様も貴方様方と会うのを楽しみにしておられます! で、ですが馬車を持ってくるのはおやめください……。ここからは徒歩でのご移動をお願い致します」

「相分かった」


 話を聞いていた三人は、すぐに馬車を降りて木幕の後ろに着く。

 槙田は閻婆に待っていろ、とだけ伝えて座らせる。


 準備が整ったことを確認したティッチィは、すぐに案内を始めようとした。

 だが、それを阻止する魔族が現れる。


「待て」

「な、なな、なんですか……?」

「武器を置いて行かせるべきだ」


 声をかけてきたのは一つ目の怪異であった。

 面白い姿だなと、槙田は不気味に笑いながら観察する。

 これが世に言う一つ目小僧かとでも言わんばかりの表情だ。


 この魔族は先鋒を指揮する隊長だった。

 わざわざ敵を本陣にいる魔王の所に案内するのであれば、武装は解除するべきだと考えていたのだ。

 それをティッチィは否定する。


「駄目ですよ。柳様が武器は取るなと言っておられましたから」

「いいや、駄目だ。安全を考慮するのであれば、武装は解除するべきだ」

「でも柳様が」

「うるせぇぞお前。何様なんだよ」

「し、四天王ですよ! 言うことを聞きなさい!」

「ああん?」

「ひぇっ」


 この子の称号は何かわからないが、どうやら若いというのに随分上の立場にいる人物のようだ。

 そんなことも魔物の中ではあるのかと考えながら、成り行きを見守る。

 しかしこのままではティッチィが殴り飛ばされてしまいそうだ。


 助けようにも、ここで刀を抜けば何か勘違いされるに違いない。

 それにこれは向こうの問題だ。

 手を出すべきか悩んでいた所で、手を上げようとしていた一つ目の魔物の動きが止まる。


『やはり見ていて正解だったな』

「柳様!」

「や、柳様! 何故……」

『何かしでかす者がおるやもと、思ったのでな』


 彼らは柳と会話をしているらしい。

 だが残念ながら、その声はこちらに聞こえない。


「や、柳様! 武装は解除させていただきます! 貴方様の身に危険が及びますから!」

『不要だ。そのまま来させよ』

「し、しかし!」

『二度は言わぬ』

「……いや、ですが」

『……』


 その瞬間、一つ目の魔物の首が飛んだ。

 なくなった頭を探すように腕がしばらく動いていたが、直ぐにドサリと地面に倒れ伏す。


「ありゃー」

『……ティッチィ。そのまま連れて来なさい』

「分かりました~。皆さん、こちらです」


 四人はその死体を一瞥した後、ティッチィに着いていく。

 柳格六は既に違う闇へと落ちているのかもしれない。

 そんな不安が、木幕を襲った。


 以前までの彼はこのようなことをする事はなかった。

 加えて能力が分からない。

 あの奇術は何だったのだろうか。

 目に見えない斬撃が、宙を切り裂いた様にしか思えない。


「厄介かもなぁ……」

「……行くぞ」

「応ぅ……」


 一刻も早く、彼と話がしたかった。

 木幕は少しだけ歩く速度を上げて、ティッチィの後に続く。


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