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10.24.真冬のローデン要塞


 しんしんと降り積もる雪が、このローデン要塞下町を覆い隠していた。

 まだ本格的な冬ではないというのにこの積雪量には驚かされる。

 遠くを見やれば山は雪で見えず、移動するために除雪された雪は人の背を越える程に高く積もっていた。

 それにより、クープでなければ満足に進軍することができない。


 ここ最近は毎日雪が降っており、ローデン要塞が孤立するのも時間の問題だった。

 援軍が到着したとしても、これでは進むことができない。

 今でさえそうなのだ。

 他の馬車はクープを待ってその場に滞在していた。


 だが、木幕たち一行は違う。


「溶かせばぁ……問題ないぃ……」

「ギャワワッ」


 槙田と閻婆が一緒になった進行の妨げになっている雪を溶かしていく。

 溶けた水すらも蒸発させるほどの熱量だ。

 これで後に凍ることもないだろう。


 その後ろには、待機していたはずの馬車も付いてきている。

 これで物資が届くのであればお安い御用だ。


 さすがに今は閻婆を疾走させるわけにもいかないので、ゆっくりとできる。

 馬車の中にいる者たちは外套を羽織り、かじかんだ手を温めていた。

 手に吐息を当てながら、西形が呟く。


「うぅ……寒いですねぇ……」

「槙田さんが炎を使ってくれているおかげで、他のところよりは暖かいですけどね」

「お陰で進むのが楽だ」


 この速度であれば、今日にでもローデン要塞へと辿り着くことだろう。

 雪が本格的に始まる前に到着した者たちは、既に向こうに滞在して策を練っているはずだ。

 そこに合流して、作戦を聞きたい。


 あとはできるかどうか分からないが、一度柳に会ってみたかった。

 開戦前、この戦が本当に必要なものなのかどうかを考える議論の場が設けられる。

 今回は相手の本陣に向かって事を確かめることになるのだが、そこで柳の本心も聞ける事だろう。


 だがそれは後だ。

 今は早くローデン要塞へと辿り着くのを優先させなければならない。


 木幕は後ろを振り向く。

 完全に雪が除去された進みやすい道を、多くの馬車が突き進んでいた。

 どうやら彼らは兵士ではなく、物資輸送を任せられている者たちであるらしい。

 ルーエン王国とミルセル王国から来ている様だ。


 となれば、ルーエン王国にいたバネップがここに来ているかもしれない。

 彼は老人ではあったが、あの場所で寛いでいていいような人材ではなかった。

 どうせ昔の血が滾るだなんだの言いながら、使用人の話を無視して来ているに違いない。


 ミルセル王国からはどうだろうか?

 残念ながら知り合いと呼べる人物が一人の兵士しかいない。

 だが兵を出している以上、強者がここに来ているはずだ。

 そこに期待しておこう。


 水瀬も木幕と同じ様に外を見る。

 少し考えこんだようにしてから、木幕へ質問した。


「木幕さん、兵士は既にローデン要塞に滞在しているでしょうか?」

「恐らくな。ルーエン王国とミルセル王国の兵士はいるのではないか? 今はクープが居ないから、物資を運ぶ者たちが足止めを喰らっていただけだろう」

「そのくーぷとやらの数は少ないのですか?」

「見たところ多くはなかったな」


 クープは雪国に棲む動物である。

 温厚で知能も高いので、こうして雪の多い国の馬の代わりとして用いられているのだ。

 体が大きいのでその飼育は大変で、数を揃えることはできないらしい。

 だがその代わり力が強い。

 一匹で五台以上の馬車を牽引できるのだ。


 だが今は槙田が雪を完全に溶かして道を形成してしまっている。

 クープは今必要なさそうだ。


 しかし、この道も二日ほどすれば完全に閉ざされてしまうだろう。

 この通路の確保はこれから重要になってくるかもしれない。

 兵士たちが溶かしながら来てもいいとは思うのだが、見ていた限りあれは相当体力を消耗する作業となっていた。

 もう少しばかり楽な方法を考えなければならないだろう。


「……槙田が閻婆に乗って雪を溶かせば、一日も経たずに済む話か」

「あぁ……?」


 自分の名前を呼ばれて振り返った槙田だったが、すぐに前を向いてまた雪を溶かし始める。

 雪で森も湿気っているので、彼の炎が少し当たった程度では燃えはしない。


「そういえば、この先って結構な下り坂でしたよね。このまま行っても大丈夫なんですかね?」


 レミが前を覗きながらそう言った。

 そういえばそうだ。

 あの時は馬車を前に、クープを後ろにして下山して行ったことを覚えている。


 だが今回は一台だし、問題はないだろう。

 他の馬車も馬だけではそんな器用なことはできないだろうし、そのまま行くつもりだ。

 間違っても馬車が坂道で勝手に進んでいくという程のものではない。

 勿論重量が増えればその限りではないが、一台だけであれば問題はないだろう。


 そういっている間にも、坂道に辿り着いた。

 大体ここが折り返し地点だ。

 その場に積もっていた雪を槙田が完全に溶かすと、比較的なだらかな坂が現れた。


「あれー?」

「ふむ、雪が踏み固められて勾配がきつくなっていただけのようだな」

「そんなことありますぅ?」

「山頂の方が雪が多く積もるのは普通ですよ、エリーさん。あと、風の吹きつけも関係があるでしょうね」

「そっかぁ……」


 安全に進むことができるのであればそれでもいいかと納得して、エリーはまた縮こまって体の熱を逃がさないようにする。

 彼女はこうした寒い場所に来るのは初めてなのだ。

 その為、他の人よりも少し着ぶくれしている。

 どうやら寒がりだったらしい。


 もう少し進んでいけばローデン要塞へを見ることができるだろう。


「フー……」


 白い息が宙を舞う。

 あと少しだ。

 だがその少しが、とてつもなく長く感じられた。


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