2.21.本物の槙田正次
ようやく侍らしくなった槙田正次。
やはり刀がなければ落ち着かない。
紅蓮焔も、心なしか嬉しそうにしているという事が、槙田にだけは伝わっていた。
「ぐぅぅう……!」
「さて……俺は貴様を殺すぅ。遺言はあるかぁ……?」
「返せぇ……!」
「寝言は寝ていえぇ」
これはもともと槙田の所有物だ。
奪ったのはアベンの方。
返せといわれるのは筋違いも甚だしい。
だが、殺すのはいいが相手は武器を持っていない。
さてさてどうしたものかと悩んでいると、アベンから行動してくれた。
「炎よ。我の前に姿を現し、敵を滅したまえ。ファイヤーアロー」
すると、アベンの頭上で炎の矢が生成された。
それは一気に槙田へと向く。
「ははっ! 無手でもこの世では戦えるのかぁ! では加減はなしだぁ!」
元から加減などする気はなかった。
だが、槙田は武器を持っていないというだけで加減をしていたのだ。
これから見る槙田が、本物の槙田正次である。
「はぁ!」
アベンが気合を入れて声を出すと、矢は一斉に槙田へと向かって行く。
その数はあまりにも多く、流石炎を使っていただけのことはあると感心する物だった。
だが、この世界の魔法を知らない槙田には、それが一切わからない。
戦えるという事がわかっただけで、槙田は十分だった。
「紅蓮焔ぁ……」
鞘を握って少し腰からだし、居合の構えを取る。
親指で鯉口を斬り、瞑想と同じように集中する。
鞘の中では炎が燃え盛り、今にも噴出しそうな勢いがある。
だがそれを抑える。
体の中で芯が一本になるまで集中する。
カタカタと鍔が小刻みに揺れ、切った鯉口からは炎の液体が零れ落ちていた。
炎の矢が槙田に接近する。
瞑想の時間は驚くほどに少ない時間だったが、槙田からすれば、この瞑想は数十分ほどの時間が過ぎたと思うほどの長かったように感じた。
ようやく芯が一本になる。
鯉口を鞘にわざと押し込み、居合抜きをした。
三日月を描くように、頭上を斬り裂く。
そこから出現したのは、恐ろしいほど轟々と燃える炎。
だが、先ほど見たアベンの炎より、綺麗で膨大だ。
飛んできた炎の矢を全て焼き払うほどの熱量と威力があり、上空数十メートルまで、その炎が吹き上がった。
「はっはっはっはぁ……! たぁまやぁ!」
その炎は、空中にある土埃を燃やしながら、下に落ちてくる。
まるで線香花火が上にあり、そこから火の粉が降り注いでいるかの様な光景がその場に作り出されていた。
アベンはその威力に口を開けて驚いている。
自分の時より巨大な炎。
そして、自分の攻撃を糸も容易く滅された。
アベンはそれだけで、戦意を喪失していた。
槙田は刀を振るって、アベンのいる左右に炎の柱を立たせる。
もう逃げ場は後ろしかない。
後ろに逃げようものなら、槙田の最大級の攻撃を撃ち込まれるだろう。
「ははははぁ……おいぃ。アベン……。立てぇ立てたてたぁてぇ……」
「…………」
アベンは立たない。
立つことが出来ない。
殺気を当てられ続け、ただでさえ精神に攻撃を喰らっている。
アベンは剣術をあまり嗜んではいない。
だからこそ、槙田の殺気に怖気づく。
だが、それでもここまで戦ったことは褒めるべきだろう。
しかしアベンを褒めることは絶対にしない。
「腑抜けめぇ」
「……!! う、うあわああああ!!」
アベンは逃げ出す。
なりふり構わず、勇者の威厳をすべて捨てて無様に走る。
だが、それを槙田が許すわけがない。
今できる最高の火力で、アベンを葬る。
「火炎焔ぁ……」
刀身が真っ赤に燃える。
炎の液体が滴り、地面を焼いていく。
脇構えの構えを作り、極端に膝を曲げて低姿勢になる。
腕に力を入れ、刃を縦から横に一瞬で向ける。
チャキッ。
その瞬間、炎が噴き出し、今か今かと解き放たれるのを待つ。
炎……いや、紅蓮焔は準備万端だ。
槙田の背後は火の海となり、正面には二つの火柱が立っている。
「炎上流ぅ……秘儀ぃ……ろくろ首ぃ」
右足を大きく踏み込み、それと同時に脇構えから斬り上げるように振り上げる。
そして、手首を返して振り下ろすと同時に、今度は左足で踏み込み、地面すれすれで刀を止める。
炎上流のろくろ首という秘儀は、刀が伸びてくるように見せかけた技だ。
その真骨頂は低姿勢からの踏み込みと、刀を斬り上げてからの振り下ろしで、腕ではなく腰を落として刀を振り下ろす動作。
受けに徹しない流派の者は、大体これで斬れる。
これは槙田個人の経験だ。
だが、この技は紅蓮焔の炎が加わることにより、更に強くなった。
炎は火に油を注ぐが如く、暴れて燃え盛る。
そして、あり得ないほど遠くまで伸びていく。
何処までも伸びていくろくろの首を、炎で再現したかのような剣撃だ。
そして、その炎も大きく、厚く、熱い。
「はぁっ! はぁ! はあぁああ!! ああああああああ──」
その炎に、アベンは飲まれた。
声は途中から聞こえなくなり、炎の轟音だけがその場を支配する。
暫くして、炎がようやく消えた。
後には焼かれた地面と建物しか残っていない。
生命がその場にいたのであれば、骨も残らず灰になっていることだろう。
実際に、アベンの骨は見つからなかった。
槙田は残身を残し、納刀する。
しばらく立っていた槙田だが、気が緩んだのかどさりと地べたに座り込む。
「……腹がぁ……減ったなぁ」
休息を取っていると、二つの足音が聞こえてきた。
その人物たちは槙田の恩人だ。
重い体を持ち上げ、二人に目線を配る。
二人も足を止めて、槙田を見つめる。
「満足か?」
「うむぅ。晴れ晴れとした気分だぁ……。紅蓮焔も、久方ぶりに暴れることができて、喜んでおる」
そこまで話して、槙田は口を閉じ、木幕を睨む。
木幕も、槙田を睨んでいた。
「レミ」
「……はい」
「見ていろ」
「はい」
木幕と槙田は、広い空間を選んでから、一定の間隔を取って立ち会う。
「正面がないな」
「月でよかろぉ……」
二人は簡単に決めごとをし、月に向かって礼をする。
そして、互いに向き合い、また礼をした。
一歩、二歩、三歩目で刀を抜き、四歩、五歩目で間合いを詰めて構える。
「レミよ」
「は、はい!」
「大声で、始め、と叫べ」
「わ、わかりました!」
初めての同郷同士の戦い。
レミは見るだけだというのに、とても緊張していた。
だが、この掛け声はおそらく非常に重要なものだ。
ここは真剣に、落ち着いて、しっかりと叫ぶ。
「始め!!」
二人は同時に踏み込んだ。