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10.6.叩き直す


 船橋牡丹の最後の言葉に、その場にいた全員の額に青筋が走る。

 咄嗟に殺気を放ち、今目の前で切っ先を自分たちに向けている異分子に敵意を向けた。


 そんな殺気を当てられた彼女は無意識に一歩後退してしまう。

 だがそれも仕方がないことだ。

 なにせ、今目の前にあるはずのない恐ろしいモノが見えているような気がしたのだから。


 片目だけを開いてこちらを睨む沖田川藤清は、その殺気を久しぶりに全開にしてしまった。

 双眸のない髑髏が睨見つけるように黒くなった彼は、恐ろしいという表現だけでは足りないだろう。

 今は怒りだけが体の中に満ち満ちている。


 津之江裕子は笑顔で睨む。

 だが目は一切、一切笑っていなかった。

 口元だけ笑っており、目はうっすらと開いて首を傾げている。

 その様子に酷い違和感がのしかかった。


 葛篭平八は目を見開いて今まで出したことがないであろう圧を放つ。

 自分でもこんなにも怒りが渦巻けば力を発揮することができるのかと驚いたほどだ。

 鍔で作った眼帯の下でも目はかっぴらいており、失明している白い瞳が鍔越しに突き刺さる。


 石動はただただ彼女に嫌悪した。

 戦いをあまり知らない石動は力任せの剣か技しか使えない。

 だが彼の体躯から放たれる明らかな嫌悪感は誰にでも感じ取ることができた。

 今まで泣いていたか、笑っていたか、それしか表情をあまり表に出さなかった石動の顔つきは、職人とは思えない程の眼力を宿していたように思える。


 闇を行きかう西行と辻間は黒く静かな殺意を表した。

 地の底から静かに這いよる混沌を死の影に纏わりつかせ、やり場に困った怒りが手の中でギクシャクと動いている。

 槙田が鬼だとするならば、彼ら二人はその影だ。

 地獄から歩み寄る鬼……その静かな影がまず獲物に狙いを定めるだろう。


「ッ……! ッッ……!?」


 恐ろしさ、違和感、重圧、忌避感、悪寒。

 その全てが彼女に突き刺さる。

 声すらも出ないこの状況が恐ろしくて仕方がない。

 動かしたくても体は動かず、目だけは彼ら全員を捉えている。


 葛篭が立ち上がった。

 鍔と鞘を固定している紐を取り、それを適当に投げ捨てる。

 首の後ろで音も立てずに抜刀した瞬間、彼女は葛篭の驚異的な強さを感じ取った。


 ―何であいつ、この人に勝てたの?―


「久しくなかったけぇ(から)忘れとったわえ(忘れてた)どんどろけぇ()落ちんのはげな(こんな)感覚だったえなぁ(だったな)


 一歩、巨大な獣が歩み寄る。

 口を大きく開け、牙を剥き出しにして襲い掛かろうとしていた。

 だが体は動かない。


「獣や獣、おういおい」


 静かな口調には殺意がありありと込められていた。

 どの様に発音すればこのような恐怖を与えることができるのか、彼女には一切わからない。


「牙向く虎よ、おうい……おい!!」


 ズバキィイィイインッ!!!!!!!!

 咄嗟に動くことのできた刃すらも斬り伏せられ、折れた刀身はあらぬ方向へと飛んでいった。

 上段から斬り伏せられた船橋は、左右に体が分かれて沈黙する。


 地面すれすれでビタリと静止していた刀身を持ち上げ、刀を回して血を振るってから納刀した。

 その後、彼女の髪を掴んで少しばかり離れた場所へと投げ捨てる。


「次、行く者」

「さすがに黙っておれん」


 重い腰を上げた沖田川が前に出た。

 一刻道仙は既に鯉口が切られており、いつでも抜刀できる体勢が作られている。


 数秒の後、目を覚ました船橋が起き上がる。

 目の前に沖田川がいることに驚いたが、すぐに構えて切っ先を向けた。

 その瞬間、終わっていた。


「え──?」

「雷閃流、間潰し一閃」


 ゴトンッ。

 頭が自由落下して沖田川を下から眺める。

 目を動かしてみれば未だに立っている自分の体があった。

 そこで意識は薄れゆく。


 沖田川は試し切りのプロであり、研ぎのプロだ。

 二つ胴を易々とこなす彼が繰り出す一撃は、正確に骨の関節部を狙って放たれる。

 この初撃は最速の技だ。

 それを受け止めた木幕の動体視力は、この場にいる誰よりもいいのだろう。


「次は誰かの」

「私行っていいですか?」

「うむうむ」


 津之江が薙刀を振り回しながら前に出る。

 その器用さには誰もが目を見張るが、辻間だけは同じ匂いを感じるとなんとなく嬉しくなっていた。


 ざっと足を引いて、刃を右足の前に持ってくる。

 石突は天を向いていた。

 背筋をピンと伸ばし、レミに教えた基本姿勢の完全なる状態を顕現させる。

 ついでに、辻斬りの感覚を思い出していた。


 ぱちりと目を覚ました船橋は、次の相手が目の前にいることに驚いてまた構える。

 先ほどのは夢だったのだろうかと思うが、確かに斬られた感覚も、音も聞こえていた。

 そしてその二人は何食わぬ顔で圧をかけ続けている。


 幻覚ではない。

 幻聴でもない。

 今自分は二度、完膚なきまでに斬り伏せられたのだ。

 そんなことがあるか?

 この自分が?

 認めるわけにはいかない。


「無雲流……雲切!!」


 腕をクロスしてからの切り上げ。

 最速の切り上げ技だ。

 だが津之江はそれを紙一重で回避する。


 下段にあった刃が、船橋の眼前を通りすぎた。


「え?」


 腕に違和感。

 見てみれば……両腕が斬り飛ばされていた。

 目視した瞬間に激痛が走って叫びそうになるが、その前に津之江の次手が叩き込まれる。


 斬り上げた薙刀は遠心力を失うことなく動き続けていた。

 右下段から斬り上げられた後、今度は左下段から斬り上げられ、次に右から左下に薙ぎ降ろす。

 一度回転してまた同じ方向から。

 次に左からと何度も何度も攻撃を繰り出していく。


 決して倒れさせない。

 こうなった時の相手は酷い死体へとなり下がる。

 右から攻撃をして体が左にブレたのであれば、左下から攻撃をして体勢を立て直す。

 間に合わない場合は石突で突き上げ、体勢を無理やり起こさせ、攻撃を更に畳みかける。


 これは津之江が辻斬りをしている時に、好んで行っていた……遊びだ。

 そして今の彼女の表情は、狂気的で美しかった。


 ズドスッ。

 最後に胸部を貫いてこの遊びは終わる。

 その時の津之江は首を限界まで傾げ、目を見開いて口角を大きく上げていた。


「これよこれ。次はー?」

「おいはいいだよ。戦い方は知らないだ」

「西行」

「なんだい?」

「二人で拷問しねぇか?」

「いい案だ」


 船橋は槙田も傷つける言い方をしてしまった。

 木幕と戦ってはいない二人ではあったが、憤りは感じていたのだ。


 さて、と言った後、二人は持っている物を確認する。

 忍び道具は一式持っている。

 それに鎖も何本かあるようだ。

 これであれば、心行くまでに拷問をすることができるだろう。


 ちなみにその手法は辻間に任せられる。

 西行は脈を診てギリギリの線を常に責める役割を担う。


 この二人は、最凶の拷問官だったのだ。

 目を覚ました船橋は、耐えがたいという表現だけでは収まりきらない苦痛を、これより数刻与えられることになったのだった。


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